Lの戦い ルーク
チームLの戦いが始まる少し前。
同じ見た目の、けれど決して交わることのない円形闘技場では、狼獣人が、敵と相対していた。
「へぇ、俺の相手はアンタか」
獣人特有の野性味を有する相貌に、騎士の服をピシッと着こなしたイケメンーールークが犬歯を見せつつ、笑う。
「そのようですねぇ。ハハッ、ランダムとは言え、神もなかなかの試練をお与えになる」
相対する男が身に纏うのはぶかぶかの法衣で、手には錫杖、頭にはミトラ。その発言や風体はまるでーー
「聖職者、なのか?」
老獪な相貌をした男は、ルークの問いかけに小さく首を振った。
「これはただの趣味。私はただの魔法使いですよ。ハハッ」
「魔法使いか……」
ルークが苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
獣人の弱点は耐久面の低さだ。その代わり素早さは高めだが、魔法使いには劣っていると言わざるを得ない。
……が、ルークの顔が曇った理由はそれではなかった。
彼の脳裏を黒ずくめの魔法使いの姿が過ぎる。自分から挑んでおきながら、手痛い敗北を喫したその姿が。
「まあいいや、やろうぜ。魔法使い」
頭を振って思考を切り替え、ルークは槍を構える。
「血気盛んな獣だな」
「獣じゃねぇ、ルークだ」
「……なるほどなるほど。ハハッ、自ら名乗るとは日本人らしい少年だ。実に素晴らしい」
皺のある顔に優しげな笑みを浮かべ、男が笑う。
「私は、グランツ。あぁ、覚える必要はありませんよ。ハハッ」
「そーかよ。てか、早く武器構えろよ」
「ハハッ、本当にせっかちだ」
ルークの催促を受け、グランツはゆっくりと錫杖を持ち上げた。
「なら、行くぜ。グランツ」
「望むところーーなんて、言うわけないでしょう!」
踵を返し、グランツが逃げる。
「なっ、おい、なんで逃げんだよ」
「あなたの得意な接近戦をするわけがないでしょう。距離を取らせてもらうんですよ」
グランツの言い分は尤もだ。
そして、距離を取られるということはルークにとって、相手の得意な間合いでの戦いを強いられるということになる。
「逃がすかよ!」
ルークは攻撃よりも追いかけることを優先した。
とはいえ、素早さで劣るのは獣人である。広い闘技場ゆえに逃げ場所がなくなるということもなく、彼我の距離は開くばかりだ。
ルークが立ち止まり、槍を振りかぶる。
「ふっ、諦めましたか」
その動きを一瞥して確認すると、グランツは振り返って、錫杖を掲げた。声高らかに紡ぐのは魔法の詠唱。
たが、ルークの方が一手早い。
「ジャベリン!」
詠唱が終わるよりも早く、槍が放たれた。
「何ッ……!」
槍投げのような構えとは裏腹に、槍は引き絞られた弓から放たれる矢の如く、真っ直ぐに飛んで行き、グランツに命中。
小さな爆発を発生させた。
高威力ながら、武器がーーバトル終了までーー回収出来ない。
それがこの技の弱点ーーだった。
爆煙を貫いて戻ってくる槍を、ルークが迎えに行く。不自然に思えるほど自然に、槍はルークの手の中に収まった。
「ホントにスゲーなこれ」
槍をまじまじと見つめながら、獣人はため息をひとつ。
槍の名前は【回帰槍】。回帰の名の通り、手放しても手元へ帰ってくる槍だ。
投擲技である【ジャベリン】との相性は最高と言って差し支えなく、落としてしまった時も任意のタイミングで引き寄せることが可能という優れものだ。
どこで手に入れたかは聞かなかったが、ライトには感謝しかない。
「いやはや。遠距離技があるとは、油断しましたなぁ。ハハッ」
槍を中段に構え直し、ルークは敵を見据えた。
「ですが、図には乗らないことです」
グランツは不敵に笑って、メニューを開く。
「作戦を変えるとーー」
「させっかよ!」
一息に距離を詰め、ルークは男の胸を貫いた。
だが、まだHPはなくならないらしく、決着はつかない。それでも優劣は明らかなはずだが、男は不敵な笑みを崩さなかった。
「対戦を始めよう。ルーク!」
錫杖を天に突き上げて、グランツは高らかに宣言する。
「何を言ってる?」
名前を知っていることに不思議はない。最初に名乗りあったからだ。彼が疑問に感じたのは、このタイミングで対戦を始めようという提案そのもの。
手負いのグランツはともかく、無傷のルークにはメリットが全くない。
「俺がそんなの受けるわけないだろ」
「ハハッ、あなたの意思は関係ありませんよ」
「頭大丈夫か? 対戦ってのは互いの同意の上でーー」
本来ならば、ルークの言い分が正論だ。
だが、ここでの現実は違った。グランツの言葉に答えるように、カウントダウンの表示が現れる。それと同時にルークの手から槍が消えた。
「どう……なってる?」
「ハハ、ハハハッ、ハーハッハッハ!」
戸惑うルークの前で、グランツがゆらりと立ち上がる。
「自由に対戦が出来るチートか」
「ご明察! さらに、条件を2つほどつけさせてもらいましたがね?」
「条件だと?」
「えぇ、条件です。特別に教えて差し上げましょう」
得意げに笑い、グランツは指を1本立てた。
「ひとつ、私が勝った暁には、あなたに対する命令権を獲得する」
「命令権だと?」
「命令権です」
理解の及ばぬルークに、グランツが告げる。
「それも、絶対服従の命令権。対戦の結果により、システムに保護されたね。それを獲得すれば、私は手を下す必要すらない。ただ一言、自害しろ、と言えばいいわけです! ハハッ!」
「この……人でなしが」
「獣に言われる筋合いはありませんがね」
恨み言を皮肉で返し、グランツはもう1本、指を立てた。悪辣な笑顔にピースを添えて、グランツが続ける。
「ふたつ、あらゆる槍を装備不可能。私には関係ありませんが、あなたはまさに牙を折られた獣ということです。武器がなければーー」
「そういうことか」
ルークの瞳に光が戻った。
「ち、違う武器!?」
「驚いてる暇なんてないぜ!」
狼狽えるグランツに、ルークの剣が迫る。
荒々しく、猛々しく、それは慣れてない武器の動きではなかった。彼我の距離の近さ故に、グランツは逃げられない。
対戦の開始によって満タンになったHPを、ルークは容赦なく削り取る。半分を切ってゲージの色が黄色に変わり、ついには、1割を下回って、ゲージが赤く染まった。
「……なっ!」
その瞬間。ルークの手から剣が消えた。
「ハハッ! 形勢逆転ですな!」
武器を失ってバランスを崩したルークを、グランツが蹴り飛ばす。魔法使いの蹴りでは大したダメージは入らないが、反撃出来る間合いではなくなった。
「いやはや。もう少し遅ければ無駄死にするところでした」
「何をした」
ヘラヘラと笑うグランツを、ルークが睨みつける。
「ハハッ、条件を変更したまでですよ。【あらゆる槍】から【あらゆる武器】にね。他の種類の武器がない保証はありませんから、ハッハ」
その言葉を証明するように、せせら笑うグランツの手からは、錫杖が消えていた。
「ルールの変更まで自由自在かよ……」
「おや、対戦中のルール変更は元からある仕様ですよ?」
「知ってんだよ、そんくらい」
グランツのおどけた態度に、ルークは拳を握り締めた。顔には隠しきれない苛立ちが浮かんでおり、武器がなくても手が出てきそうな怒気が滲みだしている。
「あぁ、それも危険ですね」
「あん?」
「追加です。【素手や蹴りによる攻撃ではダメージを与えられない】ということにしましょう!」
槍や剣が消えた時のような目に見える変化はない。
「やりたい放題だな」
「えぇ。ですが、卑怯などとは言わないことです。これが、私のチートですからね」
「厄介だな。殴り合いなら俺のチートが生かせるってのによ」
「野蛮ですな」
「獣だからな」
皮肉を得意げに引用され、グランツの顔が歪んだ。が、それは一瞬。
「では、憐れな獣に神より慈悲を与えるとしましょうか」
慈しむような笑みを浮かべ、グランツは無慈悲に宣言する。
「ルークの勝利条件を追加。命令権です。【私に、命令される権利】を与えましょう! ハッハ!」
誰が見ても不平等な提案を受け、システムは賭けの内容の変更について同意を求めるウィンドウを、2人の前に表示した。
「いらねぇよ!」
反射的にルークは【拒否】を選択。
「は……?」
グランツが固まった。
「なぜ、拒否出来る……? いや、それ以前にウィンドウが現れるはずなど……まさか、チートを無効化するチート使い?」
「そんなんじゃねぇよ」
「なら、なぜーー」
「知るかよ。どーせ、回数制限でもあったんだろ」
「有り得ない! 私のチートに回数制限など、存在しない!」
喚き散らしながら、メニューに指を叩きつけるグランツ。
「有り得ない! 有り得ない! 有り得ない! なぜ、ウィンドウが出るのだ! 有り得ない!」
「いい加減諦めろよ」
申請と拒否の攻防で溜飲を下げ、ルークの顔に笑みが戻る。
「有り得なーーいや、待てよ」
一心不乱にメニューを操作するグランツの手が止まった。顔を上げ、ルークを見て、ゆっくりと口角をつりあげる。
「お見苦しいものを見せてしまいましたね」
そこには余裕を感じさせる男の姿があった。
「回数制限は追加されたのでしょう。仕方ありませんね。枷をつけられるのは、強者の性ですから。そう、負けた時の保険など必要ないのですよ! 勝つのは私ですから!」
「そうとは限らないだろ」
「いいえ。今のあなたは牙を抜かれた獣です。武器もなく、攻撃することさえ許されない無力な獣。万が一、魔法が使えたとしても、本家に勝てるわけがない」
「そうだな」
負けることは否定しながらも、無力であることは否定しない。
あらゆる武器は装備出来ず、素手や蹴りによる攻撃も不可能だと認めてなお、ルークの笑みは崩れなかった。
「で、それがどうした? やれるもんならやってみろよ」
「いいでしょう。後悔しても遅いですよ!」
距離も取らずにグランツは腕を突き出した。
それは、少しでも早く決着をつけようというよりは、攻撃されないのだからという慢心からだろう。
瀕死のHPを回復しないのは、仕様でアイテムを使えないからか、回復魔法を覚えていないからかわからないが。
「突き抜けろ、光線。フォトンレーザー!」
開いた掌から光の線が迸る。
「やれるもんならな」
魔法使いの渾身の魔法を、ルークは宝石のような盾で受け止めた。
「なっ……」
「俺がコレクションしてるのは武器だけじゃないんだわ。ついでに、もうひとつーー」
笑いながら距離を詰め、ルークは赤く輝く盾でグランツを殴りつける。
「シールドアタック。これ、基本技な?」
盾の一撃が、グランツの僅かなHPを削り切った。
対戦が終わり、グランツはHPが開戦前の値まで回復した状態で復活した。
その数値を見ることはルークには叶わないが、対戦中の減り方から多くないことは察しがつく。
「まだやるのか?」
槍を取り出して、ルークは問いかける。
グランツは小さく首を振った。
「チートも使えませんからね。私の負けですよ」
「降伏するのか?」
「えぇ、降伏致します。あなたの勝ちだ、ルーク」
屈託のない笑みで、グランツは両手を上げる。
そして、消えた。
【 獣人連合(仮) VS 魔法協会 】
【 ルーク(Lv17)VS グランツ(Lv16)】
【 WIN VS LOSE 】
こんにちは、銀です。
今回はグランツのセリフの補足をしに来ました。
彼は最初、チートに制限なんてないと言っていましたが、回数制限は存在します。
ただ、その事を理解していないのも、仕方のないことなんです。それが設けられたのはほんの1時間前のことなんですから。
と、珍しくチートの解説を担当した銀でした。




