ジュエリー・ジャンキー
「せっかくだ。正式に名乗らせてもらおうか」
楽しそうにステップを踏みながら、ロキが指を鳴らす。
「ヴァーチャル系ビジュアルバンド【JJ】のリーダー。ラグナロクの炎が如きルビーがシンボルの、【トリックスター】ロキだ!」
無駄に格好良く、ロキがポーズを決めた。
「次は僕の番だね」
ロキの動きがピタリと止まると、天使が身構える。ここがライブのステージだったのなら、スポットライトがロキから天使に切り替わっていただろう。
「今はこの姿しか見せられないけど、いつかは本当の姿を君に。そして、その時は、僕の魅力でクラクラにしてあげるよ! 煌めくトパーズがシンボル、君だけのクラッキーさ!」
きざったらしく、それでも格好良く天使ーークラッキーがポーズを決める。
「そして、お次は」
「アメジストのダンテ」
天使のウィンクを受けて、スポットライトは堕天使に移った。堕天使ダンテは、他の2人のように動き回るのではなく、斜に構えて、空を見上げる。
「今宵、宴へ誘う漆黒の翼。この身は仮初なれど、この邂逅は必然の運命。悠久の果ての再会まで、僕の真名を記憶に刻印して欲しい」
「……………………」
どこを突っ込んだらいいのだろうか。
3人とも決めポーズで固まってしまってこちらの反応待ちなのはわかるが、突然のこと過ぎて反応に困る。
「え、と。3人で、そのヴァーチャル系ビジュアルバンドとかいうのをやってるのか?」
口をついて出た感想に、ロキが首を傾げた。
「あれ、そういえばチェリーは?」
「終焉の獣の供物にされた」
斜めに構えたまま、ダンテが答える。
「うっそ、いつ?」
「君が助っ人を呼びに行くと行ってから、割とすぐに」
「故に、僕らは逃避行」
「回避と回復に専念して、なんとか首の皮一枚ってことだよ」
「あ、ホントだ。HPギリギリじゃん」
「いま、気がついたんだね……」
「てか、チェリーが死に戻りしたんなら、狩りは終わり?」
「そうだね。また、あんなのが出てきても困るし」
「潮時という神の啓示に相違ない」
3人の会話のおかげで、おおよその流れが理解出来た。
4人で狩りをしていたところに、さっきの狼が現れ、ロキが助っ人として俺を探しに来て、たまたま近くにいたレフトの姿を使って呼び出したというわけだ。
「って、あの狼は?」
HPが少ないなら、ほのぼのと会話してる場合じゃない。
「何言ってんのよ、ライト。さっき倒したでしょ?」
「さっき?」
「見事な裏拳だったよ」
「裏拳?」
何のことだ。
「あー、激おこ過ぎて周りが見えてなかった系ね」
「激おこって……あ」
そういえば、ロキを問い詰めている時に何かを攻撃した気がする。よく覚えてないけど。
「いやー、かっこよかったなー。偽物だと気がついて、本気で怒れるとことかーー」
パチパチと手を叩きながら、ロキが耳元に顔を寄せてくる。その姿は、いつの間にかレフトに変わっていた。
「俺への、【愛】に溢れてたな」
脳裏を腐ったゾンビ使いの顔がよぎる。
「って、やめろ! 余計なことを思い出させるな!」
「余計なことってなんだよ?」
「それは……まあ、色々あったんだよ」
俺は顔を背けて誤魔化した。
思い出させるなっているのに説明しろとか悪魔の所業だろ。実際にいるのは天使と堕天使だけど。いや、ドッペルゲンガーは悪魔の一種と考えられなくもない、か。
「って、そうじゃない!」
「じゃあどうなんだよ?」
ロキはニヤニヤと好奇心に満ちた目を向けてくる。
こういう時はあれしかない。
「俺のことは気にするな。大したことじゃないから、本当に大したことじゃないから。それよりも、そっちの用事は済んだんだろ。なら、人を待たせてるから俺はもう行くからな」
早口で捲し立て、口を挟んでこないことを異論なしと判断して、背を向ける。呆気にとられてるだけかもしれないが、余計な話が始まる前に退散するとしよう。
「なあ、何してるんだって聞いてもいいか?」
目の前に、黒いローブと三角帽子を身につけた魔法使いが立っていた。
思わず振り返ると、同じ容姿の、けれども青ざめた顔をした偽物がいる。天使は苦笑いを浮かべ、堕天使は顔面を押さえて、小刻みに震えていた。
もう、1度前を向こう。
そこには、色のない瞳で笑顔を浮かべる本物のレフトがいた。
それから何分経っただろうか。
俺とロキは草原に正座させられ、こってりと事情聴取を受けていた。
そういえば、正座をすると足が痺れるのは、神経を圧迫して血流が悪くなるからだという話を聞いたことがある。それが本当ならば、ゲームの中で正座をしていても痺れることはないということだろう。
つまり、足の感覚はなくなっているような気がするだけだ。いきなり動いたとしても、何も影響はないはすだ。
「何があったのかは、理解した」
と、現実逃避気味で思考している間にロキへの尋問も終わったらしい。なお、ここにいるのは3人だけだ。
クラッキーとダンテは無情にも俺達を見捨て、チェリーなる人物を探しに行った。
「まずは、ライトだが」
レフトは神妙な面持ちで頷くと、しゃがみこんで視線を合わせてくる。さらに両手で頬を挟まれて、完全に逃げ道は塞がれた。
「偽物如きに騙されるなよ」
「無茶言うな。同じ見た目で見分けられるわけないだろ」
「昨日は見分けられただろ」
「アレはモンスターだったから」
「中身が違うのは同じだろ?」
「……ごもっとも」
それでも、見分けがつかなかったんだからどうしようもない。俺が言うのもなんだが、ロキの物真似が上手だと褒めるべきところだろう。
「てか、なんでロキがお前の姿持ってんだよ!」
今、気がついた。
ロキの種族、変身種族は相手の見た目も模倣する能力を持っている。
だが、無制限にじゃない。コピーするためには、触れる必要があるのだ。
レフトは戻ってきたばかりだと言っていたし、ロキが俺が戻ってくるまで30分も待っていたとは思えない。
つまり、それよりも前に、ロキはレフトに触れたということになる。
「そ、それは……」
珍しく、レフトが口ごもった。両手での拘束も解かれ、逃げられるようになったが、これを見逃す手はない。
「俺に言えないのか?」
「……ぷっ」
さっきのお返しに、両手で頬を押えて目を合わせる。ロキが小さく吹き出したような音が聞こえてきたが、今は無視。
「そうじゃないんだが」
「なら、なんで言わないんだよ」
「…………」
「黙るなんて、らしくないな。偽物か?」
「い、言わせたいなら、命令権でも使ったらどうだ」
「……本物か」
というか、意外と面倒だな。命令権。
ことある事にレフトは使わせようとしてくるし、この流れになったら使うか自力で答えを導き出すかしかない。
それでも、命令権のある優越感は捨てがたい。
というかーー
「……言いたくないなら、別にいいか」
追求を諦め、俺は手を離した。
リアルでの関係を考えるなら、ロキがレフトと知り合いでもおかしくないのだ。そのタイミングがいつだろうと、どんな形だろうと俺には関係ない。
「それより、なんでここに居るんだ?」
話の流れを変えるため、気になっていたことを聞いてみる。やり過ぎたかもしれないから、報復が怖いとかではない。
純粋に、気になっていただけだ。
「お前らを探しに来たんだよ」
腕を組み、不満そうにレフトが答えた。
「それでよくここがわかったな」
本来の待ち合わせ場所からはかなり離れている。自分の居場所は地図で確認出来るが、他のプレイヤーを探すのは簡単じゃない。
「ーー乙女の勘だ」
「……野生の勘の間違いだろ」
処女神杖を構えたところで、見た目は全く乙女じゃない。
「なら、第六感」
「……言いたくないということはわかった」
大方、ロキから連絡が行ったのだろう。
「で、どうして迎えに来たんだ?」
「こんなとこに居たら間に合わなくなるからだよ」
「何に?」
俺の問いかけに、レフトは待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。話を逸らすつもりが、レフトの望み通りの方向に進んでしまっていたらしい。
「U18トーナメントに参加するんだよ」
「…………は?」
まったく、初耳である。
「U18トーナメントだ」
「いや、それは聞こえたけど」
魔法使いの試練がひと段落し、おとめ座の攻略が落ち着いたというのに、今度はトーナメントだと。
「聞いてないんだが?」
「言ってないからな」
悪びれることもなく、レフトは笑う。
「ったく。で、どんな内容なんだ?」
「レベル18以下のプレイヤー限定のトーナメントだ。優勝特典もある」
なるほど。バニティとの経験値の話でレベルを確認したのはその為か。万が一にもレベルが18だった場合、レベルアップすることは避けたかったのだろう。
「会場は?」
「闘技場だ」
「王国領域か。確かに、ここからだと遠いな」
「ついでに、あと10分だ」
「何が?」
「参加受付の締切」
ニコッと、レフトはらしからぬ笑みを浮かべた。
「…………って、は?」
いま、受付の締切まであと10分って言ったか。
会場は王国領域の闘技場で、現在地は貪欲領域手前のレーシュの丘。つまり、基礎領域まで戻ってから、向かう必要があり……
「ゆっくりしてる場合じゃないだろ!」
「そうだな。だから、行くぞ」
レフトはゆっくりと立ち上がると、体を軽く動かして、走り出した。
「頑張れよ」
いつの間に立ち上がったのか、ロキがそれに続く。
「って、おいてくなよ!」
取り残されたのは鈍足の戦士。
急いで立ち上がり、足を振り上げ、転んだ。
「足の痺れまでリアルなのかよ……」
ここに、ゲーム内でも足が痺れることが証明された。
まあ、このゲームだけかもしれないけど。
その無駄にリアルな仕様のお陰で、俺は少し休憩した後に全力疾走を強いられることになり、トーナメントが始まる前に疲労困憊することになるのだった。




