星の行方
神龍の嘆きの面々が立ち去り、俺とレフトはようやく落ち着いて話すタイミングを得た。
本来ならば、すぐにでも領域解放戦の話といきたいところだが、いまはそれよりも重要な案件がある。
「手に、入ったな」
メニューを操作して取り出したのは、乙女座の星具ーー処女神杖。星空の描かれた柄に、折りたたまれた翼がついた鏡の載った杖だ。
「どうするよ?」
装備条件は2つあるが、俺はどちらも満たしていない。つまり、俺には無用の長物ということだ。回帰槍の時とは違い、装備することすらも許されない。
「欲しけりゃ、戦って手に入れろってか」
並んで説明を見ていたレフトが、ニヤリと歯を見せて笑う。顔的には星具どうこうよりも戦いたいと思ってるように見えるのだが、そこを追求しても無駄か。
むしろ、嬉々として戦闘に応じてきそうだ。
レベルが上がったし、対人戦の経験も積んだとはいえ、俺に勝ち目はないだろう。やってみなきゃわからないと言えるだけの自信はない。
「いや、説明見たらわかるだろ。俺が持ってても無駄だ」
「今後も使えないってわけじゃないけどな?」
「杖使う気も、アバター変える気もない」
「そうかよ。まあ、貰えるってんなら貰ってやるぜ」
レフトが手を伸ばしてくる。
俺はその手に星具をーー置けなかった。
「使う気になったのか? それとも、交換条件でもつけようってか」
「……そうだな。それも悪くない」
そう答えつつも、腑に落ちない何かがある。けれど、それが何なのかは全く分からない。
「なら、何か欲しいものを言えよ。あるもんならくれてやる」
欲しいもの。と、言われても何も浮かばなかった。
経験値は他人から貰ってもあれだし、武器はいらない。防具も別段欲しいものがあるわけじゃないし、こだわりもない。
VRYで解決するというのも、しっくりこなかった。
「思いつかないんなら……そうだな。なんでも俺が言うことをひとつ聞くってのはどうだ」
「おま、それ本気で言ってるのか」
フィクションだとたまに見かけるが、現実的に考えると割と洒落にならないネタだぞ。
「……案外、食いつきがいいな」
「いや、お前が変なこと言うからだろ」
「へ、変なことじゃねぇよ! エロいこととかはダメだからな!」
「誰もお前にそんなのは求めてねぇ!」
「それはそれで……どうなんだよ」
「どうもこうもあるか!」
「いいですね、そこの2人! 萌えます! 生き返ります!」
熱くなって声を張り上げていたせいで、変なのが来た。姿を確認しなくてもわかる。こんな会話してる2人に近寄ってくるんだから、変なやつだ。
「あれ、どうしたんですかー? 続けてくださいよ。腐ラストレーション溜まって、死んじゃうじゃないですか!」
「…………」
腐った女がそこにいた。
血が流れていないと断言出来そうなくらい青白い顔に、左右で色彩が異なる瞳。身体中に巻かれた包帯と、その合間に覗く肌に刻まれた縫合の跡。
ローグほどではないが、明らかに生きた人間ではない腐った女がそこにいた。
「2人してボクのことを見てないで、お互いのことを見つめちゃってくださいよ。そのままやれる所までヤっちゃっていいんで」
「誰がヤるか!」
「おりょ、残念。なら、この有り余っちまった欲望を満たすために、その星具をくれませんか?」
腐った女は両手を突き出してくる。その勢いで、右手の肘から先がもげた。
「あ。取れちゃったんでこの腕と交換でどうです? ライカの腕だから売るとこ選べば、高値になりますよ? なんなら、君の腕と交換でもいいですよ。むしろ、その逞しい腕の方が、ボク得かも!」
千切れた腕を直すでもなく、女ーーライカが迫ってくる。
女に対して言うのもあれだが、肘から先がないのにピンピンしてる姿も、ゲームのR指定を上げそうな発言も、普通に気持ち悪い。
「そんな腕いらねぇから、とっとと離れろ。ゾンビ娘」
「酷いなぁ。そんな言い方されたら、さすがのボクでも傷ついちゃいますよ。報復処置として、腕ごと星具をかっぱらっちゃおうかな!」
壊れたような笑みを浮かべながら、ソンビ娘が襲いかかってくる。
「って、なんで俺なんだよ!」
今の失言はレフトなんだから、そっちを狙えよ。
「ボクは君の腕と、その星具が欲しいんですよ! まあ、腕だけならそっちの兄さんでもいいし、星具が欲しいのは我らが女神様なんだけど!」
「そっちの事情は知らないよ!」
素手で殴りかかってくるライカに、俺も素手で対応する。処女神杖は装備出来ないし、だからといって常夜の斧を取り出す余裕もない。
そもそも、初見の敵だ。
武器なんてなくても勝敗は変わらない。
貫手もどきな右手の突きが、ライカの胸を貫いた。
チート状態の俺の一撃だ。耐えられるはずがない。だというのに、彼女は身体を見下ろすと、頬を緩ませる。
「あらら。胸に風穴空いちゃった。これは、責任とってもらうしかないですね!」
「「痛くないように一撃で行きますよ!」」
ガシッと、左手で腕を掴まれた。
同時に、横合いから夜色をした鉈が振り下ろされる。
「な、なんで斬れないの!」
横槍ーー鉈だけどーーを入れてきたのは、女だった。ゾンビ同じ配色の瞳を、左右反対に宿した女。声も似ているし、無関係ということはないだろう。
「いきなり斬りかかってくるやつには教えるかよ」
「くっ……」
腕を滑らせ、手刀を浴びせようと思ったのだが、飛び退いて躱された。そのまま背中を向けて、女は逃げる。
「逃げられると思ってるのか?」
足に力を入れて1歩踏み出すと、目の前に風穴の空いたライカが立ち塞がった。
「お前、なんで生きてるんだ?」
「簡単な理屈だよ。肉片を寄せ集めたこの肉体には、HPの概念がない。だから、壊れて動かなくなるまでは、術者の意思で動くのさ」
「……まさか、死操術師か?」
俺にはなんの事かさっぱりだったが、レフトは心当たりがあるらしい。
「その通り。さすがは女神様と同じ魔法使いってところだね!」
「ありえない! 死操術士は上級職のはずだ。その転職の資格を得るための試練がまだ終わってないのに、なれるはずが……」
「それは通常の手順を踏んだ場合の話」
操り死体は血色の悪い顔で笑う。
「特定の上級職なら、隠し条件を満たすことで転職出来るのさ。もちろん、自由自在にってわけじゃないけどね」
「まさか、ユーサイズの……」
「心当たりがあるみたいだね。そう、ボクは彼女を倒した後に現れた貴婦人の亡霊にこう尋ねたのさ。ユーサイズに奪われていたあなたの力をボクに授けてください、ってね」
「そんな手が……」
レフトが驚いている姿を見せるのは、珍しい。驚かせたのが俺ではないのは残念だが、少しだけ気分が良かった。
「さあ、「無駄話はここまでだよ」」
チートが消えた。
鉈の女が戻ってきたのだ。わざとではないだろうが、1度離れたせいで、初見ではなくなってしまったらしい。
「時間稼ぎご苦労様」
……戻ってきたのはひとりではなかった。
後ろから現れたのは3人。その中でもまず目を引くのは、中央を陣取る金髪縦ロールでいかにもお嬢様なドレスを着た女性だ。
次に目を引くのは、お嬢様とは対照的な銀髪ストレートヘアーの少女だろうか。目立つという意味では、反対側にいる耳付きフードを目深に被った人物も負けていない。
猫とか犬とか兎とかじゃなくて、パンダっぽいフードな点が特に。
「貴方はもう下がっていいですわよ。あぁ、ですが離れ過ぎないように」
お嬢様が1歩、歩み出る。声も、仕草も、ひとつひとつに高貴な雰囲気が滲み出していた。現実でもお嬢様なのだろうか。
「1人でやるんですか、女神様。油断してるとこの娘みたいに痛い目見ることになっちゃいますよ」
「心配無用ですわ」
土手っ腹を失ったゾンビを抱きしめながら、黒髪ポニーテールの女が笑う。やってる事はともかく、見た目は彼女が1番平凡だった。
「さて、単刀直入に申し上げますわ」
クスリと笑い、お嬢様の視線が俺を捉える。
「その杖は、乙女座の女神を倒して手に入れた星具なのでしょう? 乙女座の星具など、野郎には似合いませんわ。わたくしにお譲りなさい」
「誰がーー」
「もちろん、タダでとは言いませんわ。VRYでも、現実で何か欲しければ、それでも構いません」
やっぱり、リアルお嬢様っぽい。
「乙女座の星具はこのわたくし、イシュタルにこそ相応しいものですわ! そのための努力は惜しまなくてよ」
お嬢様ーーイシュタルは堂々と言い放った。俺とレフト以外は彼女の仲間なので、反故にされても口裏を合わせられるとどうしようもないが、その言葉に嘘は感じられない。
「そ、そんな提案に乗るわけないだろ」
「嘘ですわね」
断定された。
「な、何を根拠に」
「わたくしのチートですわ」
チート。公式から与えられた唯一無二……ではないが、個性に富んだ通常ならざる現象を起こせる力。
「名前は女帝。中身はただの嘘発見器ですわ。戦闘ではからっきしのチートですが、交渉において右に出るものはなくてよ」
イシュタルは、チートとは関係なしに嘘を見抜きそうな鋭い視線を向けてくる。女神の渾名に相応しい圧倒的な存在感だ。
僅かに気圧されて下がると、何かにぶつかった。
「……レフト! 俺はお前に渡すことにする。対価はさっき言ってた命令権だ。あとは任せる」
そこにいたレフトに処女神杖を押し付け、立ち位置を入れ替える。決して、女子達に恐れをなしたわけではない。
「ったく。面倒事押しつけやがって」
言葉の割には楽しそうに、レフトはイシュタルと向かい合う。
「わたくしとしては、交渉相手はどちらでもよろしくてよ。まあ、貴方のほうが手強そうなので、厄介そうですが」
厄介そうと言いつつも、イシュタルは嬉しそうに目を細めた。
「厄介そうもなにも、せっかく手に入れた星具を手放すつもりはねぇよ。何を積まれようとな」
「いつまでその強がりがもつかしらね」
「強がりじゃないさ。嘘発見器ならわかるだろ?」
「品がありませんわ。女帝とお呼びなさい」
「どうしてもって言うんなら、力で従わせたらどうだ?」
「これだから、野蛮な男は困りますわ。ですが、わたくしも、実力行使は厭わなくてよ」
不敵な笑みを浮かべ、イシュタルは流星の如き輝きを放つ鞭を構えた。ドレスで動きづらそうだから、剣とかじゃないとは思ってたが、鞭か。
「目が悪いのか、女神さんよ。星具は杖だぞ」
「女神の星具を使うためならば、武器を変えることなど厭わなくてよ」
「心意気は立派だが、運がなかったな」
「運は自分で勝ち取るものでしてよ」
「口数の減らない女神だ」
「黙らせたいのなら、実力でやってみたらいかがですの?」
「なら遠慮なく、星具の試運転を……と言いたいところだが、公平にするために使わないでやるよ」
「負けた時の保険かしら。まあ、使おうとも結果は見えてますけれど」
武器を構えながらも、互いに口撃の手は緩めない。野蛮な男はとか言ってたけど、武器を持って嬉々とした表情を浮かべているあたり、イシュタルも大概だ。
彼女の後ろの3人+1体も、武器を構えてやる気は充分。ーー女って怖い。
「手出しは無用。わたくし1人で充分ですわ」
「……敵は強い。全員でやるべきでは?」
「わたくしに何度、同じことを言わせますの?」
「……失礼しました」
提案を一蹴され、パンダフードの女が下がった。
「で、でも、敵は2人いますし……」
「それも含めて、わたくしは1人で充分だと言ったのですわ」
「は、はい……すぃません」
代わりに提案した銀髪の少女も、おずおずと下がる。その流れを汲んで、ゾンビ使いも武器を下ろした。
従者の忠節を笑顔で見届け、イシュタルが笑う。
「わたくしは、ギルド【麗しの金星】の【女神】イシュタル。麗しき乙女による、乙女の為のギルドを束ねるものとして、乙女座の星具を手に入れてみせますわ!」
「面白い」
ニヤリと笑い、レフトはサッと身構えた。
「俺は無所属。【黒の魔法使い】レフトだ。俺による、俺のための物語をクリアするために、この星具は渡さない!」
これは、完全に一騎打ちの流れだな。
「上等ですわ! 覚悟なさいな、レフト!」
「返り討ちにしてやるよ! イシュタル!」
「「飛べ、火球。ファイアボール」」
2人の放った火球によって、戦いの火蓋が切られた。
どうも、銅っす。
今回は女帝について。
イシュタルはただの嘘発見器なんて言ってたっすけど、実は嘘の判定方法は2つ、存在してるっす。
1つはシステム的にわかる嘘。レベルや種族、性別や持ち物っすね。これは絶対に見抜けるっす。
もう1つはシステムではわからない嘘っす。これは心拍数などのデータを元に嘘かどうかを判定。つまり、判定を間違うこともあるっす。
チートのくせにと思うかもしれないっすけど、正答率は99.9%を叩き出してるんで、油断しないことっすね。




