麗しの金星
2人の魔法使いが放った2つのファイアボールは、ぶつかり合うと、大きな爆発を伴って、消滅した。
それを見届けることなく、レフトが駆ける。
「切り裂け、風刃。ウィンドカッター」
イシュタルは爆風を振り払うための魔法を放つ。
レフトは姿勢を低くして風の刃を躱すと、イシュタルの懐に入り込み、三日月の杖を振り上げた。ただの攻撃だが、新たな魔法を放とうとしていたイシュタルは防げない。
「なっ……いつの間に」
動揺するイシュタルに、レフトが一撃を叩き込む。
「驚いてる暇があるのか?」
「な、生意気ですわね!」
「飛べ、火球。ファイアボール」
レフトは真っ赤に燃える半月を振り下ろした。鞭を叩きつけられながらも、レフトの攻撃は止まらない。
「な、なんなんですの! 貴方は!」
「ただの魔法使いだよ」
格好よく決めながら、レフトは杖で斬りつけた。台詞とは裏腹に、戦い方は全く魔法使いらしくない。
「こんなに物理攻撃力の高い魔法使いがいるわけありませんわ!」
「それが魔法攻撃力なんだな。これは」
「なにを言って?」
「俺の優れた魔法攻撃力で、物理攻撃を出来る武器って話だよ!」
「……魔法使い殺しな性能ですわね」
鞭を振り回す手が止まった。
「そうだな」
レフトは笑顔とともに、満月を叩きつける。
「やって、られません……わ」
膝が折れ、女神が倒れた。
基礎領域だからか、その姿が人魂に変わることはない。ほどなくして、頭を押えながらイシュタルが立ち上がった。
「なんなんですの、貴方は……」
「ただの魔法使いだよ」
レフトが得意げに笑い、イシュタルが苦笑いを浮かべる。
「とんでもない魔法使いが居たものですわね」
その感想は、レフトと戦った魔法使いの誰もが抱くものだろう。いや、戦士や狼獣人も同じように感じたな。
要するに、レフトと戦った誰もが抱く感想だ。
「で? 諦めるのか?」
評価を満足そうに受け入れ、レフトは笑う。
「今日の所は引きますわ。けれど、諦めるわけではなくてよ」
「なら、どうすんだ」
「手始めに、ペガサスの星具を手に入れてみせますわ!」
ピシッと、イシュタルがレフトに指を向けた。
「覚えてらっしゃい!」
いかにもそれっぽい捨て台詞を吐いて、イシュタルが消えた。
来る時も突然だったが、去る時も突然な女神である。残されたのは、俺とレフト。それから、彼女の取り巻き達だ。
「あちゃー、置いてかれちゃった。てか、ボクの忠告を無視するからこうなるんですよ。戦いが始まる前にしっかりと言ったんだぞー」
「あの、ど、どうします?」
楽しそうに独りごちる死体使いに、銀髪の少女が問いかける。
「ん? あー、忠犬っぷりを発揮するんなら、ここでボクら3人で、女神様の仇討ちと星具を奪う。とかですか。ボクがいる限り、戦いは続けられますから」
「……なるほど」
何故かレフトが頷いた。
「ここで戦えたのはお前のチートってわけか」
「さすが、黒の魔法使い。そこの脳筋戦士と違って、理解してましたか」
誰が脳筋だ。戦ってる時は戦いに集中していて考えが至らなかっただけで、理解してるぞ。
「こいつだって気づかないほど馬鹿じゃないさ。なあ?」
「あ、あぁ、もちろん。気づいてたさ」
レフトからのトスを受けて、俺は全力でスマッシュを放つ。
「ここは混沌の世界の基礎領域だけど、モンスターの出てこない中央広場……つまり、安全空間だから、本来なら対戦じゃない戦闘は出来ないのに、そいつのチートが発動したから戦えた。ってことだろ。気づいてたさ」
「……訂正。馬鹿だ」
ため息をつきながら、叩かれた。もちろん、ダメージはない。
「いやいや、合ってるだろ。なんで、叩くんだよ」
「無駄に言葉を重ねてる時点で、今、思い出したってのを隠そうとしてんのがバレバレなんだよ。何年一緒にいると思ってんだ」
「……ほっとけ」
戦いを避けるため、俺は背を向けた。
気まずいとか、居心地が悪いとかではなく、戦う意思がない事を見せつけるためだ。他意はない。全くない。
「……結論出てない。逃げるな」
パンダフードが正面に回り込んできた。
「あー、いーよいーよ、ネグマ。戦うつもりはないからさ」
「……何を言って」
「ぶっちゃけ、女神様が勝てなかったプレイヤーに、ボクらだけで勝つとか無理ゲーだし。ボクのチートのことがわかったんなら、絶対安全なんてないってことはわかったと思うから、それで充分」
「……ですが、処女神杖を手に入れるなら今が最高のチャンスでーー」
「ボクらが寄って集って乙女座の星具を手に入れて、女神様が喜ぶと思ってるのかい? キミは新参者だからわからないかもしれないけど、きっと彼女はそれじゃ満足しない。だから、ボクらも戻るよ」
「……わかりました」
不服そうながらも、ネグマが下がる。
とは言え、逃げる意味もなくなったわけだが。
「仇討ちはないんだな?」
「脳筋戦士は心配性だなー。ここにいるメンバーの中だとボクが1番偉いから、大丈夫だよ。どうしてもって言うなら、ボクの腐ラストレーションをーー」
「わかったわかった。信じるから、それ以上は言うな」
身の危険を感じ、俺は言葉を遮った。
死体使いは残念そうに肩を竦める。本気で残念そうなのが怖い。趣味に全力投球なのはいいが、他人に同じレベルを求めないでくれ。
「まー、そーいうわけだから、覚悟だけしといてよ。魔法使いさん。ついでに、そっちの戦士とイチャつく気になったら、ボク個人に教えてくれると嬉しいな」
「誰が教えるかよ」
懲りずにレフトにも言うが、にべもなく断られていた。てか、否定するのは教えるの部分だけか。その前の部分も否定しろよ。
「それは残念。ま、勝手に楽しませてもらうよ」
不吉な台詞を残して、女は消えた。
「ま、待ってくださいよ」
「……及第点か」
銀髪の少女とネグマも、それを追うようにして消える。襲撃者が居なくなり、久しぶりの平穏が訪れた。
中央広場での戦いはそれなりに注目されてしまったため、俺達はほとぼりを覚ますために幻世に移動した。
リアルで殺風景な街に、人の気配はない。
街のど真ん中だと言うのに、密会にはうってつけだ。混沌領域でもダンジョンでもないから、モンスターに襲われる心配もない。
まあ、その安全性を突破出来るチート持ちが居ることが判明したが。
「で、流れでもらったが、どうするんだ?」
レフトが杖を構える素振りを見せる。戦闘禁止の幻世では、戦う意思がなくとも武器は取り出せないのだ。
「さっきも言っただろ。やるよ。ただし、命令権な」
「……ゲームの中での貸しだから、命令権もゲームの中限定だからな」
「わかってるよ。てか、最初からそのつもりだ」
内容は全く考えてないが、優位性をもってるというだけで今は満足だ。忘れるつもりもないが、そう簡単に使ってやるつもりもない。
「……ろ、ろくでもないこと考えてる顔だな! エロいこととか駄目だぞ!」
「そんな命令するわけないだろ!?」
ゲームだし。誰得だよ。いや、得する奴いたわ。あのゾンビ使い……ろくでもないイメージ残しやがって。
腐った想像を払拭するために、俺は話題を変えることにした。
「ところで、お前はどっちに参加するか決めたのか?」
「どっちってなんだよ。唐突だな」
不貞腐れたようにレフトが唇を尖らせる。
やめろ、腐るな。いや違う、今のは俺の表現が悪かった。陳腐な表現しか思いつかないからーーって、また腐った。
忘れろ。忘れろ。忘れろ。ゾンビ使いのことは解決した。後腐れなく終わったんだ。
「あー! もう! 忘れろよ俺!」
「……今度はなんだ。突然叫んで」
俺の奇行にレフトが半眼を向けてくる。良かった腐らなかった。
「悪い。ちょっと、さっきのがな」
頭を振って、ゾンビ使いの記憶を全力で振り落とす。てか、インパクトあるのに名前を教えてくれなかったから余計記憶に残ってんだよ。
「さっきの? あぁ、もしかして、星具を手放したこと後悔してんのか?」
銀髪の少女も名乗らなかったな。名前がわかってるのはイシュタルとネグマと……ゾンビ使いのゾンビがライカだったか。いや、俺の腕が欲しいとか言ってたから、腕の本来の持ち主の名前かもしれないな。
って、思い出すんじゃない。忘れるんだ。忘れろ。忘れろ。忘れろ。
「気にすんなよ。どうせお前が持っててもーー」
忘れろ。忘れろ。忘れろ。
「宝の持ち腐れなんだから」
レフトがニヤリと腐敵な笑みを浮かべた。
「せっかく忘れかけたのに、腐るなよ!?」
「腐る? あぁ、アレが忘れられないのか。お前、同性愛とか駄目だったか?」
「いや、好きじゃないけど、駄目なわけじゃない。ただ、程度ってもんがあるだろ」
「まあ、アレは強烈だったな」
レフトはからからと笑うと、ニヤリと口角を釣り上げ、わざわざ膝を折って、上目遣いで熱い視線を向けてくる。
「ちなみに、俺は同性愛もいける口だぞ」
「あっそう」
「反応薄いな、おい」
「いや、お前の趣味とかどうでもいいし。別に駄目なわけじゃないって言っただろ」
腐女子だからどうだと言うことでもない。アレは、度が過ぎるってだけだ。
「つまんねぇな。襲ってやろうか?」
「俺にその趣味はないっての」
「……落ち着いたみたいだな」
「…………まあ」
おかげさまで。
なんて、面と向かっては言わないが。そもそも、お前が命令権の話を掘り下げるからおかしくなったんだ。
と、質問の答えがまだだった。
「お前はどっちに参加するか決めたのか?」
「……ヒュドラかキマイラかって話か?」
「その話だ」
わかってるんなら、ふてくされるな。
「そうだな。ボス自体はどっちでもいいが、参加者的にはキマイラのほうが面白そうだな」
「そうなのか?」
「お前、話聞いてなかったのか?」
「なんでそうなるんだよ」
「参加者の情報はお前も持ってるはずだからな」
「は?」
「今日の出来事を思い出してみろよ」
「教えてくれてもいいだろ」
「さっそく、命令権を使ってみたらどうだ」
「こいつ……」
どうあっても教えてくれるつもりはないらしい。
「ちょっと待ってろ」
目を閉じて、地球の本棚に接続。ーーなんてことは出来ないので、手探りで記憶を手繰り寄せる。
今日は、ログインしてすぐにSelfの発表を聞きに来た。そこで出会ったルークとアイテムの交換。エターナルによるクエストの説明。その最中にクライヴの質問。ルークとの会話。乙女座の迷宮でマリウスとバニティと遭遇。ヴァルキュリアを倒して、バグルヴァーゴッデスも倒して、星具を入手。外でレヴィと遭遇。星具について話してたらライカ(仮)が現れて、イシュタル達の襲来。撃退。
「……クライヴ。Selfのリーダー。神龍の嘆き。イシュタル」
「そういうことだ」
レフトは満足気に頷いた。
どうやら、間違っていなかったらしい。そんな、発言の意味なんていちいち考えて聞いてなかったけどな。
「より厳密に言うなら、
【星狩りの剣】の首魁クライヴ。
【Self】のリーダーガイウス。
【神龍の嘆き】のボスと四罪天。
【麗しの金星】の女神イシュタル。
それから、【獣人連合】がギルドとしての参加を表明してるし、麗しの金星のギルマスが出るってことは、【逸鬼火星】の連中も出てくるだろうな」
「え?」
「全部覚えろとは言わねぇけど、それだけスゴイ奴らが来るってことだよ」
「あ、いや」
「お前も来るか?」
俺としては、漠然とだがレフトが挑むほうに挑もうとは思っていた。だが、今の錚々たる顔ぶれーー後半は知らないけどーーを聞いても決意が揺るがないかと言えば、話は別だ。
「俺はヒュドラにしとくよ」
猛者達が群雄割拠する戦場に嬉々として乗り込むだけの根性を、俺は持っていなかった。
いや、貪欲領域のほうにも猛者はいるだろうけど。
「なるほどな。終わったら、それぞれどうだったか情報共有でもしようぜ」
かくして、領域解放戦の参加枠は決まった。
どうも、銅っす。
今回はあのネクロマンサーの少女のチートについて。
本人の名前もチートの名前も出てないっすけど、自分が解説するのはチート【塔《THE TOWER》】の方だけっすよ。
効果は、幻世・安全空間と混沌の世界・危険地帯の性質反転。
安全なはずの場所で戦ったり、危険な場所で安全に休めたりするっす。
強力っすけど、制限時間があったり、時間が切れるまでは発動しっぱなしだったり、同じ反転を繰り返し使えなかったり、制限は多いみたいっすね。




