多腕種族
「質問いいか、小娘」
歓声に水を差すような野太い声が響いた。その一言で会場が静まり返り、質問者の姿がよく見えるように人集りが割れる。
そこに居たのは険しい顔で腕を組んだ大男。
「性別不明でやってるんで、性別を含む表現はせずに名前で呼んでください。クライヴさん?」
不敵に笑いながらエターナルが返す。ようやく見えるようになったその姿は、動画配信の時と同じようなゴシックドレスだった。
「悪かった。だから、俺のことは名前で呼ぶな」
降参とばかりにクライヴは両手を上げる。ただし、偉そうに組んだ腕はそのまま。ーー簡単に言えば、腕が4本あった。
多腕種族だ。
使っているプレイヤーは珍しいが、隠し種族や上位職というわけではないのでいても不思議はない。それに、そんなことはどうでもよくなるほどの存在感が、クライヴにはあった。
「で、質問いいか、エターナル」
「いいですよ」
エターナルがにっこりと笑うと、クライヴは手を下ろしてムスッと口を曲げる。
「軍が考える3つの報酬を1人が獲る可能性はあるのか?」
「軍呼びはやめてください。星狩りさん達がセフィラ解放軍と呼んでるの知ってますが、正式名称じゃないんで」
エターナルの呼び返しにも含みがあった。
「悪かった。だから、正しく発音しろ」
名前に続き、ギルド名の呼び名の応酬。どちらも規模の大きなギルドだと聞いているが、あまり仲は良くないのだろうか。
「で、回答は?」
「ありませんよ。FAとLAが同じプレイヤーになる可能性は否定出来ませんが、MVPは別のプレイヤーになりますので」
「つまり、星具が欲しければ他の2つは諦めざるをえないというわけか」
「そうなりますね。均等を考えた結果ですので、御容赦願えればと。ただ、獲得者間の贈与は禁じませんよ?」
「ハッ、そうかよ」
つまり、欲しかったら選ばれた人と交渉すればいいと。VRYを積んで、あるいは自分が得た報酬などと交換ということだろう。この男がそんなちまちまとしたことをするとは思えないが。
「もういいですか?」
首を傾げるエターナルに、クライヴは鋭い目線を向けた。
「星具の詳細を教えてもらおうか」
「それはー、トォープシークレッツ!」
胸の前で✕を作り、エターナルはイタズラっ子のような笑みを浮かべる。動画で見る時よりも表情が豊かなのは、ゲームの中だからだろうか。
「ですが、星具の星座か種類なら教えてあげますよ」
「両方だ」
クライヴは表情ひとつ変えずに問う。
感情が直に出力されるゲーム内でもポーカーフェイスを保てるのは、普段から表情を出さないからだろうか。
「無理です。あと、両方の領域という意味ならそれも無理です。ヒュドラの方はフィーがやってて、関わっていないので」
「片方しかわからないってなら、星座と種類とどちらも伝えるのが誠意だろ?」
「そんなことしたら、楽しみが無くなっちゃいますよ。ど・ち・ら・かです」
クライヴは不機嫌そうに舌を鳴らした。
「なら、星だ」
反論する言葉はなかったらしい。
そして、そこで星座を選んだことに少し驚いた。俺なら、武器の種類を聞く。自分に必要のない武器の可能性だって大いにあるのだから。
「キマイラ討伐の報酬となる星具は、ペガサス座です」
「ほう。粋な計らいだな」
「そうでしょう。誰が考えたと思います?」
「そんな些末なことはどうでもいい」
クライヴの顔が初めて崩れた。笑顔というには怖過ぎるが、声も弾んでいるし、楽しんでいるのだろう。クライヴは2本の手に大剣を構え、高く突き上げる。
「俺はキマイラを狩りに行く! 狙うはMVP! 狙いを同じくするものあれば、俺と戦う覚悟を持ってくるがいい! 全ては、勝利のために!」
高らかに宣言し、クライヴは剣を下ろした。
口を挟む人はいない。街の喧騒さえも静まり返り、一帯は完全な沈黙に包まれる。
「頑張って見つけたのに、些末なことですか……」
「ガキが。拗ねてないで、説明を続けろ」
「ガキって……まぁ、いいですけど」
性別やギルド名は気にするが、ガキ呼ばわりはスルー出来るらしい。心なしか笑みが浮かんでいるが、ガキ=子供=若く見られているという認識だったりするのだろうか。
年齢も非公開だが、俺がゲームを始めた頃には既に知名度のあったサイトの配信者なので、それなりに年齢は言っているだろうし。
「えー……続けますね」
エターナルが静かに呟き、説明が再開された。
が、特筆すべきことは特にない。
SeLFのリーダーがキマイラ攻略に参加すると聞いて、クライヴが大笑いしたりはあったが、俺には関係ない。
個人的には、プレイヤーの1人や2人くらい、どちらでもいいのだ。誰が来ようと、誰が来まいと、俺がどちらに行くかは、レフトと相談して決める。
そもそも俺はーー
【おとめ座を攻略する】
エターナルの集会が終わったタイミングを見計らったかのようにレフトからメッセージが届いた。会いこそしなかったが、どこかで観ていたのではないだろうか。
そんなことを考えていると、ポンっと肩に手が置かれた。
「動かないのか?」
他のプレイヤーが動き出す中、横に立ち続けているルークだ。メッセージを見ていた俺と違って、お前の方こそ動かないのか案件だと思うのだが。
「待ち合わせのメッセージが届いたんだよ」
「あの兄ちゃんか」
「そうだ」
名前は出さなかったのだが……俺の交友関係はそんなに狭く見えるのだろうか。他の可能性だって……ないな。
少なくとも、ルークといる時に俺が会ったのはレフトだけだ。レフトやルークだって、俺の知らないところでもっと多くのプレイヤーと交流しているだろう。
「ところで、お前こそいつまでここにいるんだ?」
「特に用事がないからいるんだよ」
いや、そんな得意げに返されても困るんだけど。
「ま、あいつが来るってんなら逃げるけどな」
「さいですか」
直接対決で叩きのめされたことをまだ気にしているらしい。まあ、苦手意識を持って交流が減るのなら、正体バレのリスクも下がるが。
「それに、午後は忙しくなるからな」
「デートか?」
100体サバイバルの時を思い出して聞いてみたが、ルークは首を傾げる。違ったらしい。
「ん? いや、違うが。お前は参加しないのか?」
「参加って何に?」
「そりゃーー」
「2人で何の話してるんだ?」
どこからともなく、レフトが現れた。
その姿を見て、ルークが「げっ」と身をよじる。
「いつからいたんだよ」
「動かないのか? のあたりだな。声をかけようと思ったら、どっかの誰かさんに先を越されたんだ」
レフトの視線を受け、ルークは地面に膝をつけて、その手を強く握った。
「それはそれは、大変、失礼いたしました」
「逃げるんじゃなかったのか?」
「そんなそんな、会えて光栄ですレフトさん」
わかりやすく媚びへつらう狼男の転身っぷりに、レフトは声もなくため息をつく。怒る気が失せたという意味では、彼の行動は成功したと言えるだろう。
その気を逃さず、ルークは立ち上がって槍を構える。
「ですが、残念なことにオレはこれから親友のライトからもらった槍の稽古をしなければならないという大切な用事があり、同伴することは叶いません」
「いや、最初から呼んでないし」
「まことに、残念ですが! 私はこれにて失礼します!」
レフトの言葉を気にとめず、ルークは槍を取り出すと、走り去って行った。
「なんだったんだよ」
「気にすんな」
ルークの行動が突飛なのは今に始まった話じゃない。
「それよりも、今は」
「あぁ」
不敵に笑い、レフトは漆黒の杖を構えた。
「今日こそ、おとめ座を攻略する!」
こんにちは、銀です。
今回は多腕種族について。
見ての通り、4本の腕を持つ亜人ですが、実はこの本数は下限。同じ下級種族に6本腕、上級種族には8本腕と10本腕が存在しています。
ただし、操作する人間には2本しか腕はありませんから、使いこなすのは至難の職業です。その代わり、持っている武器の攻撃力が全ての攻撃に反映されるなど、大きなメリットも存在します。
要するに、上級者向けの種族というわけですね。
ちなみにベータテスト時代には6本腕で【鬼蜘蛛】と恐れられたプレイヤーもいたそうですよ。




