神龍の嘆き
女神像を見つめること約2分。転移した先はカラフルなブロックで作られた町だ。ゲームチックなその町にあるのは10体の戦士像。
まあ、先に挑戦者がいる場合はその限りではないのだが。
無気力そうな男と青髪のバニーガール。
色とりどりの風景の中でもよく目立つ2人のプレイヤーは、戦士像を探すでもなく、俺達を見つめていた。
レフトが来るまでの間に、あのプレイヤーを見た覚えはない。あれだけ目立つ容姿の2人が噴水を見つめていたら、さすがの俺でも気づくだろう。
ということは、彼らが入ってからはかなりの時間が経過しているはずだ。動いていないのは、待ち合わせだろうか。外ではなく中を選んだから、入ってきたプレイヤーが自分達の仲間ではないかと、目を凝らしている。
――そうだったら、楽だっただろうに。
「彼に間違いない」
そんな男の囁きは、2人のプレイヤーの待ち人が俺達であることを示していた。戦士と魔法使いだから、間違われたという可能性は低い。
俺はともかく、レフトの衣装はD装備だ。
一点物ではないが、そこまで一致する確率など宝くじを当てるより低いのではないだろう。って、同じような展開が先週もあったな。
「またか」
レフトは静かに笑って、杖を構えた。
これこそ一点物かもしれないが、2人のプレイヤーは止まらない。
「俺達に何か用事ですか?」
昨日と同じように、レフトが口火を切る。
「僕は対人特化ギルド【神龍の嘆き】、【四罪天】がひとり、【強制執行】のアンドロマリウス。名前は8文字も入れられないからマリウスだけど、アンドロマリウスのマリウスだ」
やる気のなさそうな顔のわりに、長ったらしい名乗りを堂々とあげる男。
「同じくバニティ」
対して、バニーガールは端的に名前だけを名乗る。見た目通りの名前なので覚えやすそうだ。
「俺が名乗る必要はなさそうだな」
「黒の魔法使いレフト。ギルドには所属していないソロプレイヤー。魔法使いでありながら肉弾戦を得意とする、馬鹿」
「喧嘩売ってるのか?」
「買ってくれるなら好都合。僕の仕事が捗ります」
そう言いながら、アンドロマリウスになれなかったマリウスは真っ赤な箱を取り出した。それを見て、レフトの表情が強ばる。
「……レベルブレイカー」
「ご明察。対戦でしか使えないという欠点はあるが、強制的にレベルを下げる数少ないアイテムだ」
ぐしゃりと、マリウスは箱を握り潰した。
「さあ、レベルをかけて戦う時だ。ロジカルメイジ」
「そんなものを使った相手の誘いを受けると思ってるのか?」
お前は受けるだろうな。
「普通は受けないだろう」
「ならーー」
「だけど、僕は強制執行のアンドロマリウスだ!」
マリウスがメニューを出して操作する。内容は見えなかったが、対戦の申請だろう。彼が操作を終えれば、次はレフトの前に対戦を受けるかどうかのウィンドウが出てーーこない。
処理落ちか。
なんて、楽観的な結論を探していると10という数字が2人の間に表示された。9、8、7と瞬く間に数字は減っていく。
そのカウントダウンは紛れもなく、対戦の開始を告げるものだ。
「これが、強制執行か」
レフトが杖を構えた。
「その通り。僕のチートさ」
マリウスはぬるりと鞭を構える。鈍色にギラつく蛇革の鞭だ。衣装や見た目に特徴がない分、余計に武器が存在感を放っていた。
「依頼だから、悪く思うなよ!」
0を待たずにマリウスが鞭をしならせる。
俺が見ていられるのはそこまでだった。
背中に衝撃が走る。
「避けないのね」
聞こえてきたのは大人びた少女の声だ。
「避ける必要がないからな」
背後から聞こえた声に、斧を回しながら返事をする。短刀を持った襲撃者は兎のように跳んで躱した。
ふいにチートが発動した時点で接近には気づけたし、その状態なら躱すことが不可能とは言いきれない。それでもあえて俺は避けなかった。
ダメージはほとんどない。
「硬いみたいね。さすがは戦士」
「……俺のことも調べはついてるのか」
バニティはクスリと笑う。
「その弱点を教えてあげるわ。切り裂け、風刃。ウィンドカッター」
バニティは短刀を持たない左手から風の刃を生み出した。少女の手を離れた刃は、真っ直ぐに俺に向かって飛んでくる。
俺は微動だにせずに正面から受け止めた。
ダメージはほとんどない。
「嘘でしょ……」
「俺のHPが見えてるのか?」
他のプレイヤーのHPが見られるのは、パーティーを組んでいる時か、対戦をしている時のはずだ。俺とバニティの戦いは、それには当てはまらない。
「当然でしょ。敵のHPを知るスキルは必須よ」
必須か。
その言葉に踊らされるわけじゃないが、今度、探してみるか。敵のHPを知るスキルという名前ではないだろうが、わかりづらいネーミングでもないだろう。
対人戦を積極的にするつもりもないが。
「にしても、硬いわね。無傷じゃないようだけど、それがあなたのチートかしら?」
「答える義理はないな」
下手なことは言いたくないというのが正しいのだろうが、それこそ言う義理はない。
「そうね。でも、これならどうかしら」
バニティが跳躍した。跳んで、跳ねて、跳りながら、縦横無尽に俺の周りを駆け回る。
「捕まえられないでしょう?」
「そうだな」
チート状態の俺よりは遅いだろうが、動きが複雑過ぎて、捉えるのは難しそうだ。攻撃をされたところでダメージはないのだし、後の先を取れれば十分か。
「ポイズンダガー」
「く……」
「っし、ラッキー」
1度目で毒を喰らっしまった。
初日のムウシの時といい、庭園のニコラ(仮)やオルバーの時といい、異常状態にかかりやす過ぎじゃないだろうか。
まあ、解毒ポーションは持っているので、使えばいいだけだが。
「使わせないわよ」
実体化させて飲み込もうとした瞬間に、ポーションが手の中から消えた。
「対策済みってか」
「そういうこと!」
握っていたポーションを捨てて、バニティが突っ込んでくる。人のアイテム奪っといて、割るなよ。
狙いは真っ直ぐ、相打ちでも構わないので、懐に入り込んでから斧を振り下ろす。
バニティは引っ張られるかのように後ろに跳び、それを回避。逃がすまいと距離を詰め、斧を薙ぎ払う。バニティは、上に跳んでこれも躱した。
「戦士のくせに、意外と速いわね」
「逃がすかよ」
斧を肩に乗せ、腰を落とす。
発動させるのは【トマホーク】。空に逃げたバニティにこれを防ぐ術はない。掠りでもすれば、俺の勝ちだ。
「ばーか」
バニティが空中で跳ねた。
「は?」
俺の手を離れた斧は、直前まで彼女がいた場所を虚しく飛んでいく。その様子を横目で確認し、バニティはもう一度空を蹴った。
「これが私のチート。空中跳躍者。可愛い名前でしょ」
笑いながら、バニティは短刀を構え、飛び込んでくる。
武器を持たない俺は格好の獲物だろう。
だが、これから始まるのは兎狩りだ。
「もう一発いくわよ!」
突き立てられる短刀。
カウンター気味に放った俺の右手も、バニティにヒットした。
見た目は相打ち。俺は素手だしスキルでもない。だが、勝ったのは俺だ。
「ちょっ、これ、どういうこーー」
台詞が途中だろうと関係なく、HPが全損したバニティの姿が人魂に変わる。放っておけば、そのうち消えるだろう。
戻ってきた斧をキャッチして、俺は人魂から離れた。
「負けちゃったんですか」
入れ替わるように、マリウスが人魂に歩み寄る。一見してさっきと変わったところはなさそうだが、やる気ななさそうな顔には薄らと笑みが浮かんでいた。
「仕方ないですね。バニーガール先輩は」
マリウスは透明の液体が入ったポーションを取り出し、小さくなり始めていた人魂に注いだ。
絵面的には消してしまいそうだが、人魂はフワッと大きくなると、人の形へと収束していく。細身の体に長い髪のうさ耳を生やしたバニーガールへと。
「その呼び方はやめなさい、マリウス」
空中で死んだはずだが、少女は地面に立っていた。まあ、死んだ体勢で蘇っても困るだろうけど。
「えー、いいじゃないですか」
「やめなさい」
「先輩、ダメージが入ってます」
「でも嬉しいんでしょ?」
「はい。足を踏んでくださってありがとうございます。でも、死んだら困るので離してください」
「反省の色が足りない」
「すみません。本当に反省してます」
「本当に?」
「はい。月のバニーガールに誓っていッたい」
「ふざけないの」
「ふざけてました。すみません」
解毒ポーションを飲みながら、俺は2人のやり取りを眺めていた。イチャついているようにしか見えなかったので、子細は省かせてもらう。
「……俺は何を見せつけられるんだ」
「夫婦漫才」
いつの間にか横にいたレフトが俺の呟きに答える。
夫婦漫才か。確かに。違うと思うけどその表現はしっくりきた。
「で、勝ったのか?」
終わったのか、とは聞かない。
「もちろん」
「負けたの!?」
レフトの返事とバニティの悲鳴が同時に聞こえた。あちらさんも同じ話題になっているらしい。
「はい。ですから、先輩のストックをいただけたらと」
「それで生き返らせたわけ?」
「いえ、先輩には生きてて欲しかったので」
「説得力ないわよ、ばか」
「で、ストックは」
「負けるような人にはあげません」
「あの、ほら、義賊風に。持たざる僕に、経験値を与えてくれませんか」
「だーめ、すぐそうやって甘えるんだから」
「僕が甘えるのは先輩だけです」
「な、何言ってるのよ!」
怒ったような声だが、バニティの表情はどことなく嬉しそうだ。
「そんなことより、依頼は失敗したんだから帰るわよ」
「知ってますか、先輩」
「何よ」
「ここに帰るなんて選択肢はありません」
「は?」
「死に戻りするか、クリアするしか、出る方法はないんですよ」
「……なんで、生き返らせたのよ」
「……嫌がらせ?」
無言でバニティがマリウスの胸を刺した。
「痛いです、先輩。そこは、説得力ないわよ、って照れるところじゃないですか」
「ふざけないの」
「いはいえす、えんぱい」
「頬っぺたちぎるわよ?」
「ふいあへん。あんへいしへあふ」
夫婦漫才を繰り広げる2人にレフトが近づいていく。心底楽しそうな笑みを浮かべて。
「おい、まさかーー」
「なぁ、目的が同じなら、一緒に行かないか?」
やっぱりか。
バニティと頬を引っ張られているマリウスが見つめ合う。アイコンタクトでコミュニケーションが取れるのだろうか。
「なんなら、今すぐ送り返してやってもいいんけどな?」
その一言が決め手になった。
かは分からないが、バニティは小さくため息をこぼすと、レフトに向き直る。解放されたマリウスは頬と胸を摩っていた。
あの男は、バニティの決定に異を唱えたりはしないだろう。
その決断は、
「ここを出るまでは、共闘しましょう?」
「あぁ、よろしくな」
バニティが差し出した手を、レフトが握る。俺とマリウスは、金魚のフンだ。2人が手を組むというなら付き従うのみ。
ここに、女神を倒すための4人パーティーが誕生した。
どうも、チートが出てきたんでかり出された、銅っす。
今回は空中跳躍者についてっす。といっても、空中でジャンプが出来る、以上の効果はないチートっす。
あえて補足するとすれば、ジャンプの回数には制限がないってことっすね。
擬似的には空も飛べるチートになってるっす。




