六連星の迷宮
オルバーに連れてこられたのは、幻世にある大きな病院だった。看板には大きく【六連星総合病院】と書いてあるが……何と読むのだろうか。
「ここは六連星総合病院。リアルにはない、幻世だけにある隠しダンジョンだ」
俺の疑問を見透かしたように、オルバーが呟く。その姿は混沌の世界と同じ狩人スタイルだ。変わっていないということはD装備なのだろう。
「隠しダンジョンねぇ」
基礎領域の噴水からのみ入れるおとめ座の迷宮もカテゴリー上は隠しダンジョンか。
攻略サイトに載っているので、もはや「隠し」ではないが。
「ここはかつて、患者からも人気のあった名病院だったが、院長が交代してからは怪しげな研究が行われているという噂が流れ、次第に人が寄り付かなくなり、潰れてしまった」
得意げに語るオルバー。
「だが、その後も悲鳴のような声を聞いたという人間もいて、行方不明になった院長が地下で研究を続けてるという噂が聞かれるようになった。
有り体にいえば、いわくつきの廃墟って訳だ」
一通り語って満足したのか、オルバーは両手を鷹揚に広げ、不敵に笑みを浮かべた。
「さあ、ゲームの始まりだ」
エントランスへ足を踏み入れた瞬間、俺の服装が簡素な布の服から鉄の鎧へと変化した。それに合わせ、背中にずっしりとした斧の重みが伝わってくる。
俺はゆっくりと斧を構え、警戒するように周囲に視線を巡らせた。
構造はいかにも病院といった造りだ。鼻につくような独特の消毒液の匂いまで再現されている。ただし、現役の病院ではない為か、天井の蛍光灯はところどころ点滅し、壁には黒ずんだ汚れがこびりついていた。
不気味であるが、モンスターやNPCなど動くものの気配はない。
「こっちだ」
武器も構えずにオルバーが進む。
受付のカウンターを越え、検査室を越え、病室を越え、当たり前のように関係者以外立ち入り禁止の柵を乗り越える。
「ーーここは立ち入り禁止ですよ?」
ふいに背後から声をかけられた。
声の主は白衣を羽織った男だ。血の気の失せた顔は青白く、色素の抜け落ちた髪も白。おまけに頭上に浮かぶカーソルも白だった。
モンスターではない。だが、無関係という訳でもないだろう。オルバーが語った設定から考えるなら、行方不明なはずの院長か。
「悪いが俺たちはこの先に用があるんだ。邪魔するなら、対戦で決着をつけようぜ」
「いや、それNPC」
「わかってるさ」
オルバーは操作の手を止めない。
「でも、対戦はNPCだろうと、モンスターだろうと可能なんだよ」
その言葉を裏付けるように、院長の前に小さなウィンドウが現れた。紛れもなく、対戦の申請だ。
「いいでしょう」
院長はどこから槍を召喚し、ウィンドウに触れた。
武器はメスじゃないらしい。商売道具は武器にしないということだろうか。それとも実用性の問題か。
「俺の実力を見て驚くなよ?」
対するオルバーの武器は弓矢だ。
独特の黒い輝きを帯びた弓は、和弓に分類されるものだろう。そこへ番えるのは黄金の矢。手間がある分使いづらそうだが、リアルでも弓を嗜んでいたりするのだろうか。
「見て、驚くなよ?」
獣皮のマントと骨の鎧が合わさり、見た目はまさしく狩人だ。ただし、ハンティングしようとしている獲物は人間だが。
「なぁ、ライト。無視すんなよ」
どうやらオルバーは俺に向かって話しかけていたらしい。
「あぁ、わる――
俺の声は対戦の開始を告げるブザーにかき消された。
オルバーは弓を引き絞って、矢を放つ。
2人の上には名前の書かれたウィンドウが浮いていた。
【オルバーVS六連星駆】
その下には二人の体力ゲージと、間には制限時間を示す時計。さらに下には赤い文字で【BOSS DUEL】と表示されていた。
ボスということは、この六連とかいう院長が探し求めていた敵なのか。
いや、違う。
オルバーが1人で挑んでいることから見ても、彼は中ボスと言ったところだろう。
「セイッ!」
六連が大きく踏み込んで槍を突くと、オルバーは矢を番えながら後ろに飛び、着地と同時に矢を放つ。長槍では防御が間に合わず怯んだところへ至近距離から矢を放つ。そのまま後ろへ駆け抜けると、六連は槍を立ててから方向転換するしかなく、向き直った頃には槍の射程外で新たな矢を番えていた。
強気に宣言しただけあって、余裕の立ち回りだ。
遠距離の弓と中近距離の槍とはいえ、ここまで一方的な戦いになるものなのか。
「くっ、馬鹿な……」
六連は健闘するも、一矢報いることすら出来ず、倒れた。矢を使ってるのはオルバーだけど。
「ま、こんなもんだな」
対戦が終了した――HPは開始前と同じ状態に戻っている――が、六連は倒れたまま動かない。
「……わが、けんき……、お……ない……」
最後の力を振り絞るようにか細い声を出すと、カーソルが白い逆三角形に変わり、完全に動かなくなった。
NPCの表示に似ているが、違う。
死人の三角巾をイメージしたお遊びなのだろう。そのことを証明するかのように、カーソルはすぐに消えた。
そして、六連の体がポリゴンの欠片となって砕け散り、2着の白衣だけがその場に残る。
「なんで、増えたんだ」
「こっちが2人いたから、だろ」
オルバーは白衣を拾い上げると、羽織った。そして、もう1着を渡してくる。着れ、ということだろう。
せめて、増えたした方を渡して欲しかったが、死人の着ていたものを着たくないのは彼も同じなのだろう。
黙って白衣を羽織り、後に続いた。
仄暗い廊下。時折現れる分かれ道を迷うことなく選択し、オルバーは進む。規則性でもあるのかと考えてみたが、特に思いつかないので、以前来た時のルートを覚えているということだろう。
道中、特に会話はなかった。
何故か閉ざされていた防火扉を開けて、壁と同じ色に着色されていた隠し扉を押し開ける。
階段を下りたから現在地は地下のはずだが、部屋自体に蛍光灯の類はなく、三方の壁にある窓から光が差し込んでいる。
その光が集まる部屋の中心に、真っ赤な宝箱が鎮座していた。
「罠、だよな?」
ボスを倒した後なら報酬として置いてある可能性もあるが、ボス戦前となると怪しさ倍増だ。まだらな赤色も塗ったというよりは、返り血を浴びたような風合いであり、不気味さを際立たせている。
「そうだな」
オルバーは宝箱には目もくれず、壁を叩きながら歩いていた。
手持ち無沙汰なので、念の為に退路を確認。
だが、入ってきたはずの扉は完全に壁と一体化していた。ダメ元で押してみるが、ビクともしない。
「脱出は無理か」
選択肢から【逃げる】が失われた。
「ライト、ここだ」
と、オルバーが壁を軽く叩くと、ボロっと崩れる。
「壊してくれ」
破片を拾ってから、オルバーは後ろに下がった。
壁などは基本的に侵入不可能エリアとなっていて、攻撃などで破壊することは出来ない。そうではないものも破壊不可能オブジェクトとなっている。
だが、オルバーが触れた壁は破壊可能らしい。それは隣の部屋に何かあるということを示しているのか。
俺はスキルを発動させずに、斧を振り下ろす。
壁全面に亀裂が走り、崩れ落ちた。その先に広がるのはここと何も変わらない病室――いや、違う。
まずは、蛍光灯が光っていた。窓から漏れていた光はこの光だろう。
そして、この部屋と同じように中央に設置された宝箱を囲むようにベッドが7つ。しかも布団は不自然に膨らんでいた。
チートが発動する。
俺は斧を構え直した。
オルバーは弓を握りしめる。
「さあ、こっからが本番だ」
皆様、お久しぶりです。銀です。
今回は、NPCの六連星駆について。
オルバーが示した通り、彼を倒して白衣を手に入れることが、この迷宮の次の段階への進めるための条件です。
では、その手段がなぜ、対戦だったのか。
これはNPC(白カーソル)のキャラクターには、HPバーが存在しないという仕様が関係しています。
店の売り子などがモンスターやプレイヤーに倒されてしまわないための工夫で、護衛クエストの対象や戦闘が組み込まれているNPCは例外的にHPバーが存在しています。
では、六連星駆はというと……長くなってきたので、次回に続きますね。




