ツァディーの丘の主
基礎領域の北部に広がる草原フィールド【ダイペーゲン】。その北東に位置するツァディーの丘には、亜人系モンスター、ゴブリンやオーク、ドワーフなどが多く出現する。
その丘の一角で、全長1メートルほどの小さな亜人達を次々と片付けていたところ、けたたましい雄叫びと共にそれは現れた。
「グォォォ!」
身長は2メートルをゆうに超え、他の亜人達と比べて遥かに大きく、肉付きもよい。手には金棒、体には鎖帷子のような鎧と攻防ともに隙がなさそうな見た目をしている。
ユーサイズやヴァルキュリアのように名前は表示されないが、その見た目は【鬼騎士】で間違いない。
そして、背後には武装したゴブリンたち。剣を持った戦士に、盾を持った歩兵、槌を構えた重装兵、杖を握る魔法使いと……まるで騎士団のような陣形を組んでいた。
「グォォ……」
オーガナイトは低い唸り声を上げながら、一歩、また一歩と地面を揺らすように前進してくる。その威圧感に、思わず俺は斧を握る手に力を込めた。
チートは発動している。
「作戦は?」
「オーガナイトは俺がやるから、お前は雑魚を引きつけてくれ」
言いながら、レフトは満月の乗った杖を構えた。物理攻撃用ではなく、純粋に魔法を放つための杖の形態だ。強敵相手には、型破り戦法を使う余裕はないらしい。
「引きつけるだけか?」
俺はあえて余裕を見せながら、斧を肩に担いで問い返す。
「別に倒してしまってもいいのだろう?」
「はっ、好きにしろ」
「グォォ!」
レフトが皮肉げに笑ったのと同時に、オーガナイトが地面を蹴った。鈍重そうな巨体とは思えない速度で間合いが詰められる。
レフトは後方に飛び、俺は斧を投擲。スキル技特有の赤い輝きを放つ斧はオーガナイトの脇をすり抜けた。
「グォォ!」
逃げもせず、武器も失った俺に向かって、オーガナイトは走る勢いのままに金棒を振り下ろす。
「悪いな、お前の相手はしてやれないんだ」
それを俺は左手一本で金棒を受け止めた。
「グォ、ガッ!」
戸惑うオーガナイトの顔面に火球がぶち込まれる。
「グオォォォ!」
雄叫びと共に金棒にかかっていた力が抜けた。
その隙をついてオーガナイトの横を抜け、戻ってきた斧をキャッチ。【トマホーク】で半壊したゴブリン騎士団へと突っ込む。
「ギャギャ!」
裂帛と共にゴブリンが剣を振り下ろしてくるが、遅い。
剣が届くよりも早く、俺の斧が胴体を両断した。さらに勢いのまま、近くのゴブリンへ回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。
背後に気配を感じたので、振り返りざまに斧をフルスイング。斧の一撃が、二体のゴブリンを一瞬で粉砕。
正面で大柄なゴブリンが槌を振り上げていたので、無防備な腹に蹴りを叩き込んだ。
物理防御力が高いオーガナイトの仲間であることを考えれば、それなりに硬いのだろうが、チートがもたらす圧倒的な攻撃力の前には無力。
「飛べ、火球ーー」
「切り裂け、風刃ーー」
ダミ声の詠唱にそちらを見やれば、杖を構えたゴブリン2体が魔法を放とうと構えていた。
遠距離攻撃は早めに潰しておくか。
そちらへ狙いを定めると、魔法部隊を護るように盾を持ったゴブリンの隊列が立ち塞がる。
意外と賢い立ち回りだが、詰めが甘い。
「ーーファイアボール」
「ーーウィンドカッター」
火の玉と風の刃を受けながら、盾部隊を避ける軌道でトマホークを発動。赤く輝く斧が回転しながら飛び、盾持ちゴブリンを避ける軌道で、魔法使い2体を撃破した。
戻ってきた斧を手にし、そのまま盾持ち達を片付ける。
「さあ、どっからでもかかってこい!」
そこから先は完全に俺の独壇場だった。
◇
「グオォォォ!」
オーガナイトが獣じみた咆哮を上げる。
その視線は自身の攻撃を無視したライトではなく、顔面に魔法を叩き込んだレフトの方を向いていた。
「飛べ、火球。ファイアボール」
念の為にもう1発、火球を顔面に打ち込んだ。
魔法防御は低いのでそれなりのダメージが入っているはずだが、怯む様子はない。
「こいよ、騎士様」
レフトが薄く笑う。
「グォォ!」
その挑発にオーガナイトが怒りに任せるように突っ込んできた。レフトは後ろに飛びながら詠唱し、魔法を放つ。
厄介な騎士団はライトが引きつけているし、オーガナイトの攻撃は直線的な動きばかりだ。見た目よりは素早いと言っても、魔法使いよりは遅い。
「飛べ、火球。ファイアボール」
杖の先から放たれた火球は鎖帷子にクリーンヒット。
絵面的には本体にダメージが入らなさそうだが、そこはゲームである。顔に当てようが、鎧に当てようが、ダメージは変わらない。
弱点部位が設定されていれば、その限りではないが。
「グォォ!」
金棒を振り上げ、迫る巨躯。
迫力に気圧されてしまいそうになるが、冷静に対処すれば、自分から近づいてくる大きな的である。同じ攻防を何度か繰り返していると、攻撃の距離感もわかってきて、最低限の回避で対応出来るようなった。
魔法の使い過ぎでMPが尽きる可能性にさえ気をつけていれば、負けはない。
ーーそれが油断だった。
大き飛び退いた瞬間、背中に硬い衝撃。
「しまっ……」
十分に距離を取れなかったレフトへ、金棒が振り下ろされる。
咄嗟に転がることで回避は成功。だが、続く薙ぎ払いは躱すことが出来ず、大きく飛ばされてしまう。
「くっ……」
たった一撃でHPは8割持っていかれた。
オーガナイトは己の優位性に気がついたのか、登場時のように地面を踏みしめながら、ゆっくりと向かってくる。
レフトは盾を取り出して構えつつ、ポーションでHPとMPを回復。周囲を見渡して、何が起こったのかを理解した。
「……未開放領域か」
視界にはどこまでも平原が続いているが、ダイペーゲンの北半分は解放されていない。つまり、プレイヤーは入ることが出来ないように不可視の壁が設定されているのだ。
戦っている間に境目にきてしまった運のなさを呪うと同時に、もっと分かりやすく壁を設置しろよと心の中で公式への悪態をつく。
そうしている間にHPとMPは全快し、オーガナイトは眼前に迫っていた。
逃げ場はない。元より不用意に動けば、不可視の壁に阻まれてさっきの二の舞だ。
「やるしかないよな……禍重乎地」
「グォォ!」
オーガナイトが金棒を振り上げる。
その瞬間、レフトは腰を屈めて飛び出した。
大柄な鬼の股下を潜り抜け、背後に躍り出ると、無防備な背中へ打撃を1発。さらに振り返る間にもう1発。金棒を構えるまでに渾身の一撃を加える。
「グォォ!」
「全然効いてなさそう!」
物理防御の高い敵に、魔法使いの打撃ではほとんど、ダメージは入っていないだろう。
「だが、役目は果たした」
オーガナイトは足元に佇む敵を潰さんと、金棒を振り下ろす。
レフトは右手に持った盾で、その一撃を完璧に防いだ。金棒が跳ね上がり、オーガナイトに隙ができる。
「グラビティ」
続けてレフトが放った魔法により、オーガナイトが膝から崩れ落ちた。
「……これでも倒れないか」
地属性魔法・グラビティは、ターゲットしてから発動可能になるまでに時間がかかり、発動場所から大きく動かないことが条件の魔法だが、その分ダメージはファイアボールよりも大きいはずだ。
追加効果として【素早さ低下】のデバフもかけられる。
「グォ……」
ゆっくりと立ち上がるオーガナイトに火球を放ちつつ、レフトは距離を取った。
「グォ、グォォアア!!」
大地が割れんばかりの咆哮と共に、オーガナイトの体が赤く染まる。全ステータスが上昇する【怒り】状態だ。
「最後のあがきってか! 面白い!」
レフトは杖を前に突き出した。
「飛べ、火球ーー」
「グォォ!」
オーガナイトが一息で距離を詰める。
素早さ低下が【怒り】でかき消された。
むしろ元より速くなっている。
距離の取り方が不十分だった。
詠唱より、金棒の方が早い。
盾で防御は間に合わない。
一撃は耐えられる。
その後はーー
加速していく思考の中で、次の一手を考える中、ガキッ、っと鉄と鉄がぶつかる音がした。
次の瞬間、金棒が砕け散る。
獲物を失ったオーガナイトの手が空を切った。
「ぼーっとすんなよ、レフト」
姿は見えないが、慣れ親しんだ声。
「してねぇよ。ーーファイアボール」
がら空きになった胴体へ火球を打ち込むと、オーガナイトの体はポリゴンと欠片となって砕け散った。
◇
ツァディーの丘に2人のプレイヤーが倒れていた。
「死ぬとこだったな?」
「…………」
もう1人へと声をかけてみるが、返事はない。
「最後の一撃、危なかったな?」
「…………」
返事がない。ただの屍となったのだろうか。
「俺の助けがなかったら、死んでたよな?」
「……一撃じゃ死ななかった」
ふてぶてしい返事が返ってきた。
「それに見ただろ、次の一撃で倒せてた」
「俺の援護があったから、当てられたんだろ?」
「なくても当てていた」
「さいですか」
オーガナイトとの最後の攻防。
騎士団を掃討して高みの見物をしていたが、ピンチに思わず手を出した結果がこれである。別に感謝されるためにやったわけではないが、お礼のひとつくらいはあってもバチは当たらないと思う。
トドメを持っていくのではなく、直撃しそうだった武器を破壊するだけに留めたし。
そもそも一騎打ちのお膳立てとして、ゴブリン騎士団を引き付けていたわけであるし。
チート頼りではあるが、かなり頑張ったのだが。
「でも、まあ」
「ん?」
「……助かった。ありがとう」
「お、おう」
だからって、少し遅れて言うのはずるいだろ。




