悪魔が来たりて腕が鳴る
闘技場のある王国領域を離れ、名も無き街道を通って向かうは、基礎領域の中央広場。
その中央にある噴水に設置された女神像を2分ほど見つめていると、現れるのは色とりどりのブロックで造られたドッド絵の町。
正面には昨日と同じ5体の女神像。
そして、2人のプレイヤー。
白銀の騎士と紫黒の悪魔。
一見不釣り合いな2人は、戦士像を探すでもなく、俺達を見つめていた。
転送前に見た覚えはない。あんな目立つ2人組が噴水を見ていたら気づくだろう。
ということは、彼らが入ってからはかなりの時間――少なくとも2分以上――が経過しているはずだ。
それでも動いてないというのは、誰かを待っているのだろうか。例えば、仲間と協力して挑む為に、外ではなく中で待ち合わせてをしているとか。
だから、入ってきたプレイヤーが自分達の仲間ではないかと、目を凝らしているのだ。
――そうだったら、どれほど良かっただろうか。
「アイツらだ。間違いねぇ」
そんな悪魔の囁きは、彼らの待ち人が俺達であることを示していた。戦士と魔法使いだから、間違われたという可能性は低い。
俺はともかく、レフトの衣装はD装備だ。
一点物ではないが、そこまで一致する確率など宝くじを当てるより低いのではないだろうか。
「ほう。彼らが、ね」
騎士が頷き、2人が近づいてくる。
レフトは静かに月の杖を構えた。
これこそ、一点物かもしれないが、2人のプレイヤーは止まらない。人違いでは無さそうだ。
「俺達に何か用事ですか?」
同じように考えたのか、レフトが会話の口火を切る。
「私はギルド星狩りの剣のガラードというものだ」
答えたのは騎士の方。精悍な顔つきのガタイのよい男だ。いかにも騎士らしい銀色の鎧は、店で見た記憶がないのでD装備だろうか。
「昨日、このグリードがここに挑んだが負けてしまってね」
沈黙したままの黒い悪魔は、グリードというらしい。
「だが、星の守り神ではなく、邪魔をしてきた他のプレイヤーにやられたそうだ」
雲の通路にいた2人組の片割れか。
遠目には黒い塊にしか見えなかったが、悪魔だったらしい。それがわかると、ガラードが持ってる白い盾は少女が使っていたのと同じ気がする。俺よりも背が高い騎士が持っていると、まるで別物だが。
「君たちのことで間違いないかね?」
答えはノーだ。
レフトとここにいない少女は戦っていたが、悪魔とは戦っていない。状況からして、彼はヴァルキュリアに挑み、負けている。
だが、証明は不可能だ。
作品によってはPKした場合にわかるようになっているもののもあるが、このゲームにそういったものは存在しない。
それは同時に、プレイヤーを倒していないことも証明出来ないということだ。
悪魔の証明、とでも言うべきか。
「それが事実だったらどうするんだ?」
長考の末、レフトは肯定も否定もしなかった。
ガラードは苦笑いを浮かべる。
「私としてはただの事実確認。あとは彼の汚名返上の為にリベンジの機会でも得られれば、と」
「リベンジかーーいいだろう!」
レフトは胸を張ってそう答えた。
「ただし、俺が勝ったら俺達はやってないと信じろ。お前らが勝ったら、俺達はやった。そして、リベンジも果たした。それでどうだ?」
これにはガラードばかりではなく、グリードも驚いた表情を浮かべている。彼にとってもレフトの言い返しは予想外だったのだろう。
かく言う俺も、少し驚いている。
水掛け論にしなかった時点で何か企んでいるであろうことはわかったが、この展開は予測出来なかった。
「……いいでしょう」
ガラードは静かに頷いた。
「対戦はーー」
「不要だ。襟首正してやるような勝負じゃないだろ?」
「たしかに。では、アイテムはどのように?」
「お好きにどうぞ」
細かく条件を決めようとするガラードと待ちきれないとばかりに武器を構えるレフト。話し合いの姿勢に2人の性格の違いが出ていた。
「タッグマッチでよいだろうか?」
公平に行いたいのか、ガラードはそんな提案をしてくる。
「いや、1対2だ」
その言葉を否定するプレイヤーがひとり。
悪魔ではない。魔法使いでも、ましてや騎士でもない。
俺だ。
「……彼ひとりにやらせろと?」
ガラードの目に鋭さが増した。
「そうじゃない」
ゆっくりとレフトの前に出る。
「レフトが出るまでもない。俺ひとりで十分だ」
決まった。
その決意表明に答えるように体に力が漲ってくる。
「ライト……」
「安心しろ、すぐ終わる」
俺だってやる時はやれるのだ。いつも、レフトばっかりにかっこよく決められるわけにはいかない。
公平な勝負を望んだ先方には少し申し訳ないとも思う。
ついでに、公式の仕様であるチートとは言え、ほぼ勝利が確定していることも、謝りたい。
「あ……」
そこまで考えて、唯一とも言える無実を証明する方法を見つけた。
話すのは勝負が終わってからになるが、確実に証明出来る。
「……いいでしょう。それで、条件は先程のあれでいいのかね?」
条件とはレフトが言ったあれだろう。
「問題ない。勝つからな」
俺の発言に、ガラードは初めて笑みを浮かべた。
「面白い」
「図に乗りやがって」
一方のグリードは俺の態度が気に入らなかったらしい。まあ、俺もあいつのことは好かないからお互い様だ。
「斬り裂いてやるよ!」
悪魔が駆ける。
「待て、グリード」
ガラードが制止するが、止まらない。
よーいどん、で始める気はないらしい。まあ、その程度の常識があったのならば、そもそも言いがかりをつけてこないだろうが。
斧を構えず無防備に立ち尽くす俺を、悪魔の爪が深々と斬り裂いた。
「ちぃっ」
グリードは黒い翼を羽ばたかせ、ガラードのもとまで下がる。その頭をガラードが素手で叩いた。
「な、何すんだよ!」
「それは君だ。今のじゃ不意打ちだよ」
「なっ、そんなの今は――」
「チャンスを与えてもらったんだ。これ以上の恥を晒すな」
ガラードの一言でグリードは黙った。
というか、今の言い方って。
「あなたは誰を信じているんですか?」
「おかしなことを聞くね。真実は勝敗次第だろう?」
俺の問いかけに、ガラードは優しく笑い返す。
「そうでした」
この人は全部わかった上でやってそうだ。
「君は回復しなくていいのかね? その間は攻撃させないよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、結構です」
斧を正面に構える。
「ここのまま始めましょう」
「クソがっ」
その言葉の言い終わりを待っていたか怪しいタイミングで、グリードが飛び出した。さっきとは違い、悪魔の爪は赤く輝いている。
「クラッチネイル!」
スキル技だ。魔法と違って技名を声に出す必要ないはずだが、人間以外だと違ったりするのだろうか。
まあ、関係ない。
「こいよ」
斧を振り上げ、悪魔の一撃は防御せずに体で受け止めた。
HPの減少は微々たるものだ。
ゆっくりと、斧を、振り下ろす。
「ちっ」
グリードは急いで腕を抜いて、飛び退いた。
斧を水平に構えて、追いかける。
「なっ!」
彼我の距離を一瞬で詰め、斧を薙ぎ払う。
回避は間に合わない。
「嘘だろ……」
戸惑いの声を残して、悪魔は人魂へと変わった。
ガラードに蘇生手段がなければ、これで終わりだが。
――動く気配はない。
3人が見つめる中で、人魂は少しずつ小さくなっていき、消えた。
「紙装甲で正面から戦士に当たるからそうなるんですよ。さすがに、一撃は予想外でしたが」
ガラードが大盾と細剣を構え、にっこりと笑う。
「素早さ系のチートですかね。鈍足の戦士とは相性が良さそうだ」
「そりゃどうも」
「ですが、私は彼のようにはいきません。しっかりと受け止めてみせますよ」
「なら、遠慮なく」
一息に距離を詰め、斧を振り下ろした。
ガラードは盾を突き出して、受け止める。と同時に、赤く光る足で地面を踏みつけた。
僅かな揺れとダメージが入り、身動きが取れなくなる。ーースタン状態だ。
「カウンタースキルのフットスタンプという技ですよ」
ガラードは盾で斧をはね上げ、赤く輝く剣を振り下ろした。振り払って、振り上げての三振りで三角形を描き、その中心に剣を突き立てる。
「剣スキル、トライアングル・ストライク」
4連撃のスキル技らしい。
斧にはない芸当だ。
それを受けているうちに、体の自由が戻った。
再び斧を振り下ろす。
「早いが、単調な攻撃だ」
ガラードはこれも盾で受け止めた。軌道にかざしただけではない。直前に押し返す完璧な防御、パリィだ。斧は跳ね上げられ、隙が出来てしまう。
「斧を使いたいなら、盾かカウンターのスキルをオススメしますよ」
「参考にさせてもらうよ」
俺は、赤く輝く足で地面を踏みつけんとしている騎士の脛を蹴った。
「はぁっ!?」
ガラードは素っ頓狂な声をあげる。
まあ、ちょっと蹴られただけでHPが減れば驚くのも無理はないだろう。それがどれくらいのペースで減っているのか見られないのが残念だ。
浮かび上がった足は降ろされることがないまま、騎士は人魂へと姿を変えた。
「勝負ありだな」
その近くに寄り、実体化したプロフィールを見せつける。そこに載っているのは、名前や職業だけではない。
「これが、俺がアイツと戦ってない証明だ」
チートのある部分を示しながら伝えると、人魂は小さく揺らめく。伝わった、ということにしておこう。
やがて、人魂は悪魔の時と同じように小さくなり、消えた。
「やるな、ライト」
「あぁ、俺だってやる時はやるんだよ」
笑顔を向けてくるレフトに、会心の笑顔で答える。とはいえ、これは想定外の戦い。
「んじゃま、気を取り直して行くか」
「あぁ、当然だ」
本当の戦いはここからだ。
その後の試練は順調だった。戦士像を4体倒すことが出来たし、雲の洞窟でプレイヤーに襲われることもない。誰かに急かされることも無く悠々と進み、プラネタリウムのような空間の前で立ち止まった。
厳密には、立ち止まらざるを得なかった。
「なぁ、レフト」
「どうした。ライト」
「天使の数が昨日と違うように見えるんだが?」
「確かに違うが、誤差の範囲だろ」
「誤差……で済む話か?」
空に浮かぶ機械天使ーーヴァルキュリア。1体でも苦戦したその天使の数が、1体から3体に増えていた。
「安心しろ。俺達だって強くなっただろ?」
危機的な状況だが、レフトは嬉々として笑う。
「レベルは、2つ上がったな」
「俺は3つ上がった」
「……そうか」
「レベル10で新たな便利スキルも獲得した」
「……役に立つのか?」
ちなみに俺もレベル10でスキルは獲得したが、戦闘には関係ない。将来的に役立つスキルであることは間違いないがーー
「【ストレージ拡張】だから、戦闘用じゃないな」
「同じかよ!?」
2人揃って同じスキルだった。読んで字のごとく、ストレージに所持出来るアイテムの上限を増やすスキルである。
「お前もってことは、全プレイヤー共通なんだろうな」
「……なるほど」
仕様か。初期の所持品として回復アイテムが配られていたように、2つ目の入手スキルは共通だったというわけだ。
となると、1つ目のスキルにも何らかの共通点があるのだろうか。例えば、1番高いステータスーー俺で言えば物理防御力ーーの底上げスキルであるとか。
「まあ、スキルは意味ないとしてもーー」
成長要素が1つ減っても、レフトの勝気な笑みは崩れない。
「ーーチートがあるだろ?」
俺は小さく首を振った。縦ではなく、横に。
「残念なから、俺のチートは天使相手には使えない」
使わないではなく、使えないだ。
「安心しろ。俺もだ」
「それの何に安心しろと?」
というか、よく笑みを保てたな。
自信満々に言い出したわりに、レベルが上がっただけである。それだけで3体になったヴァルキュリアには勝てないと思うが。
「さあ、やるぞ」
「ま、やるしかないよな」
ここに入ったが最後、相手が強そうだからといって、【逃げる】という選択は出来ないのだ。負けて戻されるか、勝って抜けるか。
俺とレフトは武器を構えて、同時に1歩踏み出した。
ーー結果は語るまでもないだろうが、俺達の惨敗だった。
どうも。引き続きの銅っす。
今回はグリードのチート【悪魔】の解説っす。
太陽と同じく常時発動型のチートで、武器や防具の特殊効果が使えない代わりに、その強さに応じて物理・魔法の攻撃力が上昇する効果っす。
対ではないっすけど、対応しているチートとして天使と堕天使が存在しているとか。




