ライトVSレフト
受付は慣れていると言ったレフトに一任し、されるがままに転送された先は、お馴染みの円形闘技場。
そこにはキングレオ・ナヘマーも、100体のモンスターもおらず、いるのは3人のプレイヤーだけだ。
「さあ、やるぞ。ライト」
レフトが杖を構える。黒い棒の先についているのは、ヴァルキュリアとの戦いで見せた半月の装飾品だ。
魔法を飛ばすのではなく、打撃に乗せて当てる武器。わかっているのはそれくらいだが、魔法である以上、警戒は怠れない。
「カウントダウンは出るのか?」
俺は【夜の斧】を取り出し、肩に担いだ。
「ないよ。もう、始まってる」
腰を落とし、全身に力を込める。
「なら、始めるぞ!」
「全力で来いよ!」
相手は魔法使いだが、距離を詰めるというのは最善ではない。
斧が赤く輝いたことを横目で確認し、斧を投げる。
習得したばかりの投擲技【トマホーク】だ。
夜色の斧は赤い軌跡をうっすらと残しながら、レフトに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「そんなんじゃ、当たらねぇよ」
レフトは横に飛んで躱した。
その動きは想定内だ。避けたレフトの後ろから斧が戻ってくる軌道をイメージする。
少し遅れて、イメージを共有した斧が、ブーメランのようにその向きを変えた。狙いは真っ直ぐ、レフトの後頭部だ。
「だから」
レフトは笑顔で首を傾げた。
「当たらねぇよ」
ちょうどその部分を、斧が通り抜ける。
「は?」
斧は誰にも当たることなく、手の中に戻ってきた。レフトは一度も後ろを確認していない。それなのに、戻ってくる斧を躱した。
レベルが違う。
改めて、そのことを理解させられた。
「遠距離攻撃はそれで終わりか? なら、こっちから行くぞ!」
レフトは満月の乗った杖を向けてくる。
「飛べ、火球。ファイアボール!」
杖の先端から、拳大の火球が放たれた。
真っ直ぐに飛んでくる火球は、横に飛んで躱す。念のために後ろを確認してみたが、トマホークのように戻ってはこない。
「よしっ」
この距離で、一騎打ちをしている限りは、避けられる。
ただし、それは向こうも同じだ。
唯一の遠距離攻撃は、レフトには通じない。
「お前のレベルって、11か?」
余裕があるのか、レフトが笑いかけてきた。
「そうだ」
「そのレベルで、その鎧で、斧の数少ない投擲技。全部、俺の予想通りだったな」
レフトはニヤリと笑って、そう言った。
俺を揺さぶるためのブラフか。
いや、そんなことをするタイプじゃ――なくもないかもしれない。けど、今のはそういう感じじゃなかった。
だが、それがなんだというのだ。
予想出来たからって、対応出来るとは……
「いや、まさか――」
「気がついたか? 俺がさっきの技を躱せた理由に」
レフトは変わらずに不敵な笑みを浮かべている。
「念のために聞いてもいいか?」
「なんでもどうぞ?」
「この模擬戦って、ベータテストの時にもあったのか?」
「いや、なかったよ」
「……そうか。なるほどな」
全てが繋がった。
ベータテストにはなかった模擬戦の受付に慣れていたこと。俺の状態を予想通りだといい、見もせずにトマホークを避けたこと。
この模擬戦モードでは、職業などを自由に指定したNPCと戦うことも可能。
本当に万全を期して、この戦いに望んでいたのだ。
「でも、負ける気はねぇよ!」
プレイヤーはNPCとは違う。その違いを、見せてやる。
「その意気だ。来いよ、ライト!」
レフトは杖の飾りを満月から半月に変え、両手を広げた。魔法使いだが、近接戦闘での決着を望むらしい。
「行くぞ、レフト!」
お望み通りに、斧を水平に構えて、距離を詰める。
まずはスキル技ではないシンプルな薙ぎ払い。
レフトは盾でこれを受け止めた。
弾かれた斧を振り上げて、振り下ろす。
これも防がれた。
斧を引いて、斜めに振り下ろす。
防がれたなら、横から、斜め下から、とにかく斧を向け続けた。それを、レフトは尽く盾で受け止める。
だが、右手に持った盾で左側からの攻撃を防いでいるためか、反撃は来なかった。
まあ、俺の攻撃も届いてないけど。
「受けてばっかりだな!」
気合を込めて、斧を振り下ろす。
「お前こそ、一発も届いてないぜ」
レフトはしっかりと盾を合わせてきた。だが、次の一撃は違う。
斧を引いて、回転させた。発動するのは【兜割り】。赤く輝きを放つ斧を、全く同じ位置に振り下ろす。
「やりたいことはわかるが、無駄だ」
レフトは受け止める寸前に、盾を軽く押し出した。渾身の一撃が受け止められ、弾かれる。
スキル技を、ただの防御で完全に防がれた。
ゲームによってはパリイだとか直前ガードだとか、そう呼ばれる技能だろう。
本当に、レベルが違い過ぎる。
「飛べ、火球。ファイアボール」
レフトは杖を水平に構えた。その先端についた半月の装飾品が燃えるように赤く輝く。
「さあ、耐えて見せろ!」
振り抜かれた一撃を防ぐ手段はない。
直前ガードで斧が打ち上げられ、体は開いてしまっている。まさに、攻撃してくださいという状態だ。
「くっ、お……」
レフトの一撃は、鎧の上からでも十分な衝撃を与えた。
吹き飛ばされたりこそしないが、少しだけ後ろに下がらされてしまう。
魔法使いの打撃で戦士が、だ。
「ほんと、規格外だな」
HPの残量は7割強。今の一撃で約3割削られた。仮に同じ攻撃しか受けなかったとしても、あと2発しか耐えられない。
「まあ、この攻撃は特殊だからな」
レフトからの追撃はなかった。
「この偃月形態は魔力を乗せた打撃を放つ。攻撃側は魔法だから、魔法攻撃力で判定。で、防御側は打撃だから物理防御力で判定。そういう力だ」
つまり、杖があの形をしている時は魔法使いの魔法攻撃力で物理攻撃されるってことか。
「俺向きだろ?」
「ほんとに、な!」
そこまでするなら、近距離の攻撃職に転職すればいいような気もするが、そうではないんだろう。
それに、型破りなほうが、レフトらしい。
斧による攻撃を尽く捌いているこいつが魔法使いなのは、見た目だけ。中身は俺よりもよっぽど戦士だ。
「おい、なんか失礼なこと考えてないか」
盾だけで攻撃を防ぎながら、話す余裕まであるらしい。
「そんな、ことは、ないぞ」
「そうか」
レフトが意地の悪い笑みを浮かべた。
「でもその期待を裏切ってやるのが、俺の役目だな」
「なに、をっ!」
斧が弾かれる。2度目のパリィは、偶然ではない。
「飛べ、火球。ファイアボール」
体勢を崩され、回避も防御も不可能。これでHPは半分を下回る。
――その考えは、甘過ぎた。
「なっ……!」
レフトが構えた杖。その先端についた満月の装飾品から、赤く燃える丸い玉が放たれる。狙いは真っ直ぐ、顔面だ。
「喰らえ♪」
熱くはなかった。痛くもない。例えるならば、布団に頭を突っ込んだ感じだろうか。顔全体を包むような感覚はありつつも、呼吸が出来ないというわけではなく、ほのかに暖かい。
違うのは赤々と燃え上がっていることくらいだ。
その赤に負けないくらいに赤くなったところで、HPバーの減少が止まった。どうやら、死ななかったらしい。
火属性の軽耐性を与えてくれた鉄の鎧に感謝しないとな。
「あらら」
杖を突き出して固まるレフトに、力任せに斧を振り下ろす。
レフトは受け止めない。
されるがままに攻撃を受け、HPは一撃で半分を切った。
だが、そこまでだ。入れ替わりに叩きつけられた杖が、俺の残り僅かなHPを削り切った。
【YOU LOSE】
勝敗を知らせるその文字が消えると同時に、HPが満タンに回復する。俺は関係ないが、MPも回復したのだろう。
レフトはゆっくりと近づくと、左手を差し出してきた。
「いい勝負だったな」
「どこがだよ」
少し乱暴にその手を握ってやる。
「最後の一撃なんか、想定外だった上に、6割近くも削られたからな」
「そうかよ」
その一撃しか与えられてないんだよな。それ以外は、あらゆる面でレフトに封殺されてしまっていた。
「なあ、お前はレベルってほんとに11か?」
レフトが腕を組んで首を傾げる。
「藪から棒になんだよ?」
「いや、レベル11なら確実に倒せたはずなんだよ」
「どういうことだ?」
「あとで説明してやるよ。それより、お前のレベルは?」
「……ちょっと待ってろ」
疑り深いので、メニューを開いてレフトに向けた。そこにはしっかりと【Lv.11】と表示されている。
偽装の仕様がないステータスだ。
「確かに、そうみたいだな……」
レフトは納得していない顔だが、頷いた。
「で、説明してくれるのか?」
「あぁ、いいだろう」
レフトはくるりと回って、マントをたなびかせる。三角帽子に手を当ててカッコつける姿は、魔法使いというより、手品師だ。
「お前が俺との戦いに向けてレベルを上げてくることは、予想が出来た。レベルは11か12。鎧は火属性の軽耐性がつく【鉄の鎧】を頑張って手に入れるだろうけど、他の装備を整える余裕はないはずだ。そう予測した」
レフトが杖を向けてくる。
「ここまで、間違いは?」
「……ないよ」
というか、その動きは完全に手品師だよ。
「だから俺は、ここでその2つのレベルの戦士と戦いまくった。スキルはもちろん、斧に全振りだ。トマホークは取ってくると思ったからな」
遠距離攻撃作戦も完全にバレてた。
「で、その中でさっきの戦法を見つけたんだが、レベル12の場合だと倒しきれない場合があったんだよ。あ、レベル11だと、確殺な?」
なるほど。
つまり、あの時レベルを訊いたのは、戦術を確定させるためだったってわけだ。
「ここまで、間違いは?」
ないだろう。と、レフトは得意げな笑みを浮かべる。だが、今の言葉を聞いて、原因がわかった。
「あるよ」
ニヤリと笑ってみせる。
「ほぉ」
「それ見たらわかるぞ」
レフトの前に出したままになっているウィンドウを指さす。そこに載っている情報はレベルや職業だけではない。装備品やスキルも載っている。どれにどれだけのポイントを振ったのかも、だ。
「はは、なるほど」
レフトの口から乾いた笑いがもれる。
「これが、レベル1つ分の誤差の正体か!」
「そういうことだ」
俺がスキルポイントを振ったのは、斧スキルだけではない。【物理防御力強化1】。レベルが5で習得し、その時に少しばかりポイントを振ったスキル。
そのおかげで少しだけ上がった防御力が、レフトの誤算の原因だ。
そして、その誤算のおかげで最後に一矢報いることが出来た。ありがとう、過去の俺。
「今度は、完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」
レフトが獣のような笑みを浮かべて、拳を突き出す。
だが、俺とて負けるつもりはない。
「今度は、俺が勝つさ」
その決意を込めて、強めに拳を突き合わせた。
皆さん、こんにちは。
これにて、第1章【戦いの始まり編】閉幕。
次回より、第2章【チート解放編】開幕です。
本格的にチートを使っての戦いが始まります。
そんなチートですが、私は詳しくないので、解説は後輩のチートアンラベラー君にお願いしようと思います。
それでは、新たな局面を迎える物語を、心行くまで存分にご堪能ください。




