ドッペルゲンガー
ゲーム開始2日目。朝から自由に動ける休日は、リアルで土砂降り、ゲーム内は快晴という、まさにゲーム日和の天気だった。
普段は遅起きな俺も、こんな日ばかりは早く起きて、ゲームにログイン。心なしか、混沌の世界を行き交う人の数も昨日より多いような気がする。
そんな人々を後目に、俺は噴水の前である人物と待ち合わせをしていた。
待ち合わせの定番はタヴの鐘らしいが、あちらには良い思い出がないので、ここにしてもらったのだ。
約束の時間まではまだ10分。店の探索は昨日しているので、今日はプレイヤーの観察だ。
種族としては、人間が6割、獣人が3割、その他1割。全員がもれなく武器を持っていることを除けば、異世界転生の導入のような風景である。
そんな噴水広場で、男女比を数えてみたり、転んでしまった少女を助けたり、リア充の気配を感じてちょっと離れて買い物をしたりと、時間を潰す。
ふと見上げれば、時計の針は約束の時間まで残り5分となったことを示していた。
約束といえば、5分前行動だろ。
そんなことを考えていると、ピロンと受信音がなった。
【もう着く】
待ち人からの連絡。
端的ながら、言いたいことは伝わる文章だ。
そろそろ見える位置にいるのかと辺りを見渡すと、その人物は割と簡単に見つかった。
身長は170センチ。マッチョとまではいかないが、中肉中背よりは筋肉質な身体をしており、全身を覆うのは鎖帷子。足は革製のブーツで守られ、頭には鉢金が巻かれている。
何よりも印象的なのは、武器だ。
今は背負っていて見えないが、黒でありながら輝きを放つ夜色の片手斧は、実に印象に残るものだろう。
「どうしてわかったんだ。ロキ?」
俺は自分と全く同じ姿をしたそいつに、声をかけた。
「武器を教えて貰ったんだ。レア物だろうから、変わってないだろうってな」
ロキは屈託のない笑顔を浮かべる。
同じ顔なのだから、理屈の上では俺にも出来るのだろう。ただ、実際には出来る気がしなかった。
「ご考察、恐れ入った」
ルークのやつ、意外とこういうところは抜け目ないな。自分自身はころころと武器を変えていたのに。
「それより、斧って使いづらくないか?」
ロキは夜の斧を見ながらため息を吐く。
「まあ、慣れればどうってことないな」
元々武器にこだわりがあるタイプじゃない。スキルがあるから斧を使ってるわけだし。初期装備の銅の剣だって、残っている。
「試してみるか?」
相手が全く同じ条件なら、負ける気はしなかった。
「やめとくよ」
ロキは諸手を挙げて降伏のポーズ。
呆れたような、笑顔のような、その微妙な顔はどうやって作るんだ。
「それより、いつ、ドッペルされたのか気にならないのか?」
ロキがいたずらっぽい笑みを浮かべる。ほんと、同じ顔とは思えないくらい色んな表情が出てくるなぁ。
「別に」
「気にしろよぉ!」
ロキの種族は変身種族。わかりやすいのは姿を変える変身能力だ。バトルに力を入れずに、複数の姿で楽しみたい人向けの力といえるだろう。
そして、もうひとつの種族特有のものとして、触れた相手の姿を模倣する能力を持っている。
プレイヤーでもNPCでも、モンスターでも、自分のレベル以下ならば、能力値まで同じに出来るそうだ。
ソースはちょこっと豆知識。
「なぁ、気にしろよぉ」
スキルなどで差がつくとはいえ、場合によっては本人より強い場合もありえるわけで。敵には回したくない存在である。
「おーい。聞こえてる?」
「はいはい。聞いてる聞いてる」
「なら、気にしろよ!」
とはいえ、無条件で模倣し放題というわけではない。
「きになるなー。いつふれたんだー」
まず模倣する対象に触れる必要がある。
「ふっ。よくぞ訊いてくれたな」
その上で、1度触れればいつでも何度でもというわけではない。ストック出来る数には限りあるはずだ。
「ほら、あたしの顔に見覚えありませんか?」
ロキはストックを消費して、小さな少女へと姿を変えた。見覚えは、当然ある。さっき、目の前で転んだ少女だ。
よく見れば、ロキの素顔に似ている。
「あるんですね?」
俺はその少女に手を貸した。それが、接触だったわけだ。
「実は、あたしは――俺だったわけだ」
俺の姿に戻りながら、ロキが種明かしを終えた。
「わーびっくり。それで、変身を見せたかっただけじゃないんだろ?」
仮にそうだったとしても、呼んでおいて遅れてくるやつよりはマシだが。変身自体は面白かったし。
「あぁ、実はな」
ロキは真剣な表情で、指を立てた。
「お前の姿が欲しかっただけだ」
「おい……」
なんだその理由。
「ま、俺には俺の戦いがあるんだよ」
ロキは不敵な笑みを浮かべて、姿を変えた。
燃える炎のような赤髪に、ルビーの瞳。線の細いイケメンタイプな顔に反して、羽織っているのはワイルドな革ジャンだ。
これが、メインの姿なのだろうか。
バンドがどうとか言っていたから、その姿かもしれないな。リアルでも出来ることを、体格や性別を変えてやるのは、この手のゲームの特権だ。
リズムゲームのトップランカーがリアルアイドルだったって話題になったこともあったしな。
閑話休題。
「またな」
気障ったらしい笑みを残して、ロキが去る。
「さて」
ロキの用事?は予想外に早く片付いた。レフトから連絡があるまでは完全にフリーだ。特別やりたいことがあるわけでもないし、2日目の時点ではイベントなども皆無である。
「どうするかな」
噴水の縁に座り、ぼんやりと見上げた空は、青く澄み渡っていた。
「――ド、人が――……」
「――寝て……気に――」
「――起き――……」
「――せぇ、い……――」
「――はい……」
「――……ト!」
「――……イト!」
どこかで、誰かに名前を呼ばれている?
「――……ライト!」
レフトの声か?
そもそも、ここはどこだ。
真っ暗で何も見えない。上下も前後も何もわからない。床を踏みしているような感覚もなく、それでいて背中に硬い感覚がある。
これは……
「――起きろ、ライト!」
ゆっくりと目を開けた。視界に光が入ってくる。何も難しいことではなかったのだ。
どうやら、寝てしまっていたらしい。
「あー、レフトか?」
「レフトか? じゃねぇよ! 何があった?」
よくわからないが、かなり焦っているようだ。
「えーとだな」
俺は分かる範囲で状況を説明した。
最初こそ焦りの表情を浮かべていたレフトだが、戸惑い、呆れ、へと表情が変わっていく。まぁ、寝落ちしてたなんて、しょうもない話だとは自分でも思うけども。
「――以上だ」
俺の話を聞き終えると、レフトはにっこりと笑顔を浮かべた。……嫌な予感しかしない。
「余計な心配させんじゃねぇよ!」
鉄拳制裁によって、俺の意識は完全に覚醒した。
その後。アイテムの確認を終えた俺達は、噴水の前に立ち、中央に佇む女神像に視線を注いでいた。レフトによれば、1分程像を見つめていれば、自動的に転送されるという。
そんなことを始めてから、すでに1分は経ったのではないのだろうか。
「なあ、レフト――」
「視線を逸らすな」
「それはわかっ――」
「集中しろ」
「……はい」
取り付く島もない。口を閉ざし、大人しく像を見つめることさらに約1分。僅かな浮遊感を伴って、世界は色を変えた。
一辺50センチ程の立方体。赤、青、緑とカラフルなブロックが集まり、ドット絵のような街が形成されていた。
まるで、巨大なおもちゃの街に迷い込んだような気分だ。
そんな街の入口には、5体の女神像が置かれていた。どれも噴水のところにあったのとそっくりだが、手に持っているものなどが少しだけ違う。
「さあ、最初の試練だ」
レフトが女神像の前に立つと、テキストが表示された。
【試練に挑むプレイヤーの認証を行ってください】
「これは?」
「見たらわかるだろ? 触れるんだ」
そう言いながら、レフトはテキストの下にある四角い枠に手を押し当てた。空白だったウィンドウに手形と【レフト】の名前が浮かび上がる。
空白のウィンドウはあと3つ。そのうちの1つに手を置くと、手形と【ライト】の名前が表示された。
それを待っていたかのように、テキストの文章が切り替わる。
【星眠る街に潜む10体の戦士像を破壊せよ】
「じゃ、終わったらここに集合な」
ニカッと笑い、レフトは街に向けて走り出した。
「ちょ、待てよ」
「どっちが多く壊せるか、勝負だ」
「おう。――じゃない、もっとしっかり説明しろよ!」
俺の声は聞こえていないのか、レフトは走り去ってしまう。戦士+鎖帷子+斧装備という鈍足トリプルコンボでは、追いつくことなど不可能だ。
といっても、ここに留まっている理由にはならない。
とりあえず戦士像を壊しに行くか。
てか、戦士像ってなんだ。
「丁寧に説明しろよ……」
ぶつくさと呟きながら、レフトを追う。
直線の道は道なりに。曲がり角はなんとなく右へ。さらに進んでから、適当なところで路地に入る。
「おっと……」
目の前に、槍を持った石像が現れた。
いや、目の前に石像があった、か。石像が動いたわけじゃないし。俺がぼんやりとしていただけだ。
「まあ、いいや」
斧を振り下ろす。
スキル技ではなく、力も入れてない通常攻撃だったが、石像は呆気なく砕け散った。
経験値表示の代わりに【2/10】という数字が表示される。経験値とは表示が違うので、壊した数だろう。
レフトもすでに1体破壊しているのか。
残りは8体。
モタモタしているとどやされそうだ。
皆さん、こんにちは。
今回は強制ログアウトについて。
そんな話は出てこなかったと思った皆さん。
たまたまライトは当てはまりませんでしたが、ゲーム中に眠ったり、気を失ったりした場合は、セーフティ機能として、強制ログアウトさせられることがあるんですよ。
これはソフト側ではなく、ハード側の機能なので、使っている機種によってどのくらいで作動するかは異なります。
ライトは使い慣れた少し古い機種を使っているので、バイタルに異常がない睡眠では強制ログアウトさせられなかったのです。
皆さんも、ゲームのし過ぎにはご注意ください。




