ひと狩りしようぜ
「失敗したな」
俺とレフトは森の中を歩いていた。
背後には崩れ去った洋館。
どうやら、立派な洋館は幻覚だったらしく、落ち着いた頃には朽ちた洋館の目の前に放り出されていたのだ。
レフトいわく、魔導師ウォーロックならクエスト1つのためだけに幻覚を作りかねないとのこと。まあ、そういうことなのだろう。
「一撃で決めれなかったな」
ローグやユーサイズまでが幻覚だったという設定ではないと思うが、仮にそうだったらウォーロックは生きた幻覚を作れるということになる。
とはいえ、洋館の幻覚を作り出すだけでも圧倒的な力を持ってることは確実だ。もし戦う試練があっても、手伝わない。
密かに心の中でそう決断した。
「カッコよく宣言してたのにな」
顔を見なくても笑ってることがわかる声。
そろそろ無視するのも限界だろうか。でも、反応したところで何を言われるかは目に見えている。大言壮語の自業自得であることはわかっているが、触らぬ神に祟りなしとかいう言葉もあるしな。
うん。なんか頭いいこと言った気がする。
「何ニヤついてんだよ」
「な、なんでもねぇよ」
咳払いで誤魔化して、キリッと真面目な顔を浮かべる。他のタイトルでもそうだったが、VR世界でポーカーフェイスを保つのは中々に難しい。
「やっと答えたな」
レフトは隠すでもなくニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「で、どうやって落とし前をつけてくれるんだ?」
「そんな話はしてなかったと思うんだが」
「でも、一撃で決めるって言っただろ?」
「それは……」
「でも、一撃で決められなかっただろ?」
「まあ……」
大いに事実が含まれているので否定しづらい。
「なら、落とし前は――」
ピロンっと着信音が鳴った。
「悪い、メールだ」
これ幸いと、メッセージアプリを開く。
【人手が欲しいんだ。もし暇だったら、マルクトにあるコロシアムに来てくれないか】
コロシアムか。
暇というわけではないが……
「南條からコロシアムに誘われた。行ってもいいか?」
「なに?」
「クラスメイトの南條だよ」
「そこじゃねぇ」
「細かい要件はわからん」
口で説明するのも面倒なので、画面を見せる。
「俺らは混沌の世界に戻ったら、タヴの鐘か。基礎領域の噴水より王国領域の闘技場のほうが近いな。……少しくらい寄り道しても問題はないか」
ブツブツと呟いて、レフトは深く頷いた。
「少し寄るのはいいだろう」
振り上げられた手刀が、首筋に突きつけられる。
「ただし、俺のリアルは明かすなよ」
「わかってるよ。てか、ゲーム内でリアルの話は基本的にご法度だろ」
今のメッセージはリアルの方のアプリに向かって送られたものだからノーカンだ。
「なら、よろしい」
レフトは満足気な顔で手を下ろした。
それから、1歩前に進んで、振り返る。表情は一転、口の端を釣りあげ、サディスティックな笑みを浮かべていた。
正直、嫌な予感しかしない。
「それが終わったら、落とし前な」
レフトはにこやかにそう宣言した。
◇
喧騒をBGMに人々が往来する超人口密集地――闘技場。
その中からたったひとりの待ち人を見つけ出さなくてはならない。難しい、と誰もが思うだろう。相手の顔はわからないというのだから尚更だ。
これが、現実の話ならばな。
「あれだな」
「そうだな」
俺とレフトは、闘技場に入ってすぐに目的の人物を見つけた。より厳密にいうなら、目的の人物の頭上に浮かぶカーソルを見つけた、というべきか。
NPCの人混みを縫って、カーソルのもとまで真っ直ぐに進む。
「待たせたな」
「そんな待ってねぇよ」
答えたのは狼男だった。
正しくは狼獣人だろうか。身長は俺より少し高いくらいで、身につけているのは騎士風の服。獣人ゆえのワイルドさがありつつも、端正な顔立ちのイケメンだ。ぶっきらぼうに担いだ槍も、なんだか様になってる。
「ライトだ。よろしくな」
「オレはルーク。光つながり同士、仲良くしようや」
ルークは快活に笑って、手を差し出してきた。軽く握り返して、笑みを浮かべておく。
が、光つながりとはなんだ。
「ルーク……ラテン語か?」
レフトは意味がわかったのか、ニヤリと笑みを浮かべる。ルークは満足げにニカッと笑った。
「博学な兄ちゃんだな。ライトとは大違いだ」
「悪かったな」
ラテン語で光を意味する単語ということだろう。ゲームとかで見かけることのある名前だったが、意味までは考えたことがなかった。
それはそれでネーミングが安直過ぎる気もするが、個人の自由だろう。
レフトが知ってるのは流石と言うべきか。
てか、俺の名前は別にLIGHTじゃないんだが。
「それで、差し支えがなければ名前をうかがっても?」
「レフトだ。ところで、あちらはご友人か?」
短く名乗って、レフトはルークの後ろに顔を向ける。その視線を追っていくと、奥に蹲ったプレイヤーがいることがわかった。
「ん? あー、そうだった」
1人じゃなかったのか。
「人に酔ったらしくてな。休んでたんだ」
ルークが寄り添って、黄色い獣人を立ち上がらせる。耳としっぽの形から考えて、素体は猫だろうか。ルークに付き添われながら、猫獣人はふらふらとした足取りで近づいてくる。
その首には、赤い宝石のついた黄金のネックレスがかかっていた。
「リオン……?」
「あれ? 名前伝えたっけか?」
俺のもらした名前に、ルークが目ざとく反応する。表情からして、彼はリオンで間違いないらしい。
「……リオンです。初めまして……え?」
顔を上げたリオンが、ポカーンと口を開けたまま固まる。改めて考えると、リオンの動きと一致する人物には心当たりがある。
2度目ではなく、これで3度目の邂逅というわけか。
「また会ったな。リオン」
「はい! また会えて光栄です!」
すっかり元気になったようで、リオンが勢いよくプロフィールを開く。装備品が1部変更されており、レベルも少し上がっていた。
俺とリオンは互いのプロフィールに目を通してから、固く手を握り合う。
「「お前ら知り合いかよ!」」
レフトとルークのツッコミがハモった。
「さっき言った親切なプレイヤーさんですよ!」
「あぁ、それか」
リオンは俺との出会いを話していたようで、ルークはあっさりと納得した。問題はレフトだ。俺は、リオンとの件を全く話していない。
「秘密の会合か。後で、俺にも教えてくれよ?」
レフトは笑みを浮かべながら、肘を突き刺してきた。絶対怒ってる。
「後でな」
面倒なことになるとは理解しつつも、軽く流しておくことにした。
「それで、そろそろ俺を呼んだ理由を訊いてもいいか?」
「あぁ、そうだな」
ルークは槍を掲げ、言葉を続ける。
「――ひと狩りしようぜ」
「…………」
何もわからなかった。
肉食獣のような笑みを浮かべたルークは、狩りをしようとしてる。それだけはわかった。
でも、それがなんなのかがわからない。
「……悪い、もっと細かく説明してくれ」
え? というような表情のルーク。
俺は無言で目線をリオンに移した。
「うぇ? あ、えーと……」
しどろもどろになり、リオンは潤んだ瞳をレフトに向ける。
レフトは物憂げに息を吐いた。
「サバイバルに挑戦するって話か?」
「そう、それそれ」
わかるのかよ。
「別に人数制限はなかったはずだが?」
「最大4人だ」
「でも1人からでも出来るだろ?」
「出来るけど、人数はいたほうがな」
なるほど。と思うと同時に、それならもっと相応しいや人がいるのではないかと思ってしまう。
「黒ーーじゃない。一緒に買ってたやつは?」
「ん? あぁ、さっきまでは一緒にやってたんだけどよ。ロキはリアルでバンドメンバーと打ち合わせがあるからって帰っちまった」
ロキ、か。ルークやリオンに比べると安直な名前だな。いや、本名じゃなくて神話の方とかけているなら、拘った名前なのか。
「あと、フィックスはベータの仲間とギルドを作りに行くって言ってたな」
店では3人にしか合わなかったが、他にも同士がいたらしい。プレイヤー名からの予想はつかないな。
まあ、無理に探る必要もないが。
「それで俺に声をかけたってわけか」
クラスメイトで連絡先もわかるし、放課後に会ったからこのゲームをやってることも知っている。
俺の性格を考えれば、手伝ってくれると判断されても違和感はなかった。
「そ。そちらのレフトも手伝ってくれると有難いんだけどな」
ルークが笑いかけるも、レフトは真剣な表情で顎に手を当てる。
「もっと暇な時にやればいんじゃないのか」
「今じゃなきゃダメなんだよ」
「今じゃなきゃ?」
「あ、いや、厳密にはチート解放までだな」
「何かあるのか?」
咎めるようなレフトの視線に、リオンがビクッと震えた。ルークもリオンほどではないが、少し怯んでいるように見える。
レフトもすぐに気がついて、表情を崩した。
「悪い、つい気になってな。話した――」
「あ、いや。協力してもらうんだから話さないとだよな」
レフトは話したくなかったら話さなくてもいい、と言いたかったのだろうか。それを遮るように発言したルークの意図はどこにあるのか。
張り詰めた空気を感じて、ゴクリと息を呑んだ。
「Fランクの【100体サバイバル】。それを、チート解放前にクリアすると、レアアイテムの星具に関する情報が手に入るらしいんだ」
「……確かなのか」
「フィックスの知り合いの情報だから、なんとも言えねぇな。でも、純粋に面白そうだろ?」
「なるほど……」
レフトは神妙な表情で頷いた。が、すぐに破顔し、いつも通りの勝気な笑みを浮かべる。
「悪いな。急用を思い出したから俺は手伝えない」
軽く手をあげて、返事も聞かずにレフトは後ろを向いた。数歩進んだだけで、その姿は雑踏の中に消えてしまう。
リオンは呆然と後ろ姿を見つめ、ルークは苦虫を噛み潰したような顔で首を捻っていた。
「あいつ、まさか。いや、まさかな……」
何も聞かなかったことにしよう。
ルークは気がついても周りに言い広めるようなタイプじゃないしな。
大丈夫だろう。
などと1人で納得していると、ピロンと通知音がなった。
【そっちが終わったら、例の場所にバレないように1人でこい】
「……了解」
短く返事を打って、アプリを閉じる。
文章から考えて、レフトのほうも、星具ってのが絡んでいるのだろう。
なかなか面倒なことになりそうだ。
「さぁ、やろうぜ。ルーク」
そんな状況だが、俺はきっと笑顔でそう言った。




