洋館のクエスト
レフトの依頼を受け、俺たちはコンビニを訪れていた。もちろん現実ではなく、ゲームの中だ。幻世は現実を摸しているから、実際にあるコンビニだろうが。
目的は装備の新調である。
D装備は幻世でも反映されるらしく、リアルな世界には不釣り合いなローブを翻しながら、レフトは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ベータテスターである俺が、手本を見せてやるよ」
混沌の世界のほうで試したから、手本はなくても大体はわかるのだが。
ちなみに、俺の服装は無地のTシャツに短パンという初期設定のままの服装だ。流石に味気ないので、VRYが溜まったら買い揃えようかとは思っている。
「いらっしゃいませ」
レジの前に立ったレフトに向かって、コンビニの制服に身を包んだNPCの女性が丁寧に頭を下げる。
「レジですか? それとも、買い物ですか?」
【レジ】【買い物】【やめる】
女性店員の言葉に合わせて、ウィンドウが現れた。【レジ】という選択肢は向こうではなかったな。
「買い物だ」
レフトが答えると、ウィンドウが消えた。ボタンではなく、声で答えることも出来るらしい。
「かしこまりました」
店員が頭を下げると、いかにもゲームな買い物画面が現れる。これも声に反応するのだろうか。
「HP回復ポーションを2つと、MP回復ポーションを1つ、それから解痺ポーションを3つ」
「HP回復ポーションを2個。MP回復ポーションを1個。解痺ポーションを3個ですね?」
おぉ、すごい。
もしかして、向こうのも声で出来たのか。
ちなみに解痺ポーションとは麻痺を回復させるためのアイテムである。それを3個とか、さっきの戦闘引きずり過ぎだろ。
「そうだ。ストレージに入れてくれ」
「かしこまりました」
店員は短く頭を下げるが、レフトは待たずに戻ってくる。
「ありがとうございました」
店員は客がいなくなっても律儀に頭を下げていた。こういう所はNPCらしいな。
「何か質問は?」
得意気な顔を見せられると質問したくなくなるのだが、残念ながら1つだけ確認しておきたいことがあった。
「レジってのはなんだ?」
「あぁ、それか」
レフトは辺りを見渡したかと思うと、おもむろにデザートの置かれた棚に手を伸ばす。その中からシュークリームを掴むと、レジに叩きつけた。
「レジで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が頭を下げると、【少々お待ちください】という文字が浮かび上がる。
「なぁ、レフ――」
「黙ってみてな」
「…………」
はい。
「……………………」
字面から予想した通りっぽい。言葉で説明してくれればそれで納得したぞ。ほぼ使わないだろうし。
と、無言で訴えかけてみるが、レフトはどこ吹く風といった様子だ。
「在庫の確認が出来ました」
文字が消え、店員が顔を上げる。
「これで」
キザな魔法使いは無駄にキメたポーズで、スマホを取り出した。
「かしこまりました。こちらのコードを読み込んで、精算を行ってください」
店員の言葉を聞いて確信した。
要するに、現実のコンビニの商品を幻世で購入したのだ。
「あとで【取りに行く】よ」
「……かしこまりました」
スマホをかざしながらレフトが宣言すると、一瞬だけ店員の動きがぎこちなくなった。聞かれる前に答えたから処理に時間がかかったのか。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる店員には目もくれずに、レフトが戻ってくる。
「わかったか?」
「……十分にな」
ふてぶてしく答えたつもりだが、レフトは気にした様子もなく笑った。全くこいつは……
「他には?」
「とくにない」
「なら、お前も必要なものを買っとけよ。回復アイテム、とかな?」
「わかってるよ」
レフトと入れ替わるようにしてレジに向かった。
「いらっしゃいませ」
店員はレフトの時と同じように頭を下げる。まあ、人によって対応が変わっても困るのだが。
「レジですか? それとも、買い物ですか?」
【レジ】【買い物】【やめる】
言葉と共に選択肢のウィンドウが現れる。
「買い物で」
レフトに倣い、ボタンは押さなかった。
「かしこまりました」
店員が頭を下げ、買い物画面が現れる。
「とりあえず、HP回復ポーションを3個で」
「HP回復ポーションを3個ですね?」
「はい。ストレージに入れてください」
「かしこまりました」
店員は短く頭を下げる。同時に道具の追加と所持金の減少を示すウィンドウが現れ、消えた。さっきは見えなかったから、買い物をした本人にしか見えないものだろう。
店員は顔を上げて、にっこりとした笑みを浮かべる。
「他に何かございますか?」
【レジ】【買い物】【やめる】
問いかけともに表示させる選択肢。もう一度、買い物を選択した。
「かしこまりました」
店員の反応や買い物画面にさっきと違いはない。
細かく買い揃えるのは後にして、武器も見ておくか。
「あ、武器は買わなくていいぞ」
「え?」
レフトの声が聞こえ、振り返る。
「武器は買わなくていいぞ」
「なんで?」
「理由は後で説明してやるよ」
レフトは不敵な笑みを浮かべていた。
◇
「で? そろそろ教えてくれるのか?」
幻世にある鬱蒼とした森の中。昼間だというのに太陽の光が届かないその場所に、ひっそりと存在する古びた洋館。侵入者を拒むかのように固く閉ざされた扉の前で、レフトは立ち止まった。
「あぁ、そうだな」
振り返ったレフトは不敵な笑みを浮かべている。
この洋館がクエストの目的地であることは教えてもらったが、次は何を話してくれるのか。
「【魔導師ウォーロック】の弟子の1人に【ユーサイズ】という魔法使いがいたらしい」
レフトは楽しげな表情でストーリーを語り出す。
「そいつは優秀だった。だが、人間としては未熟だった。
だから、ウォーロックは強い魔法を教えることを躊躇っていた。そのことを知ったユーサイズは、数冊の魔法書を持って出奔。この【星月夜の洋館】に身を潜めて、独自に魔法の研究を続けているらしい」
「なるほど」
ありがちな設定のような気はするが、クエスト1つのためにそのストーリーがあると考えると、感慨深いものがある。
だが、知りたいのはそこじゃない。
「そんなに焦るなよ」
思ったことが顔に出ていたのか、レフトは心を読んだかのように答える。
「そのユーサイズだけどな、実力は本物なんだよ。力だけじゃなくて、頭脳もな。そんな奴が無防備に、丸腰でこんなところにいるわけが無いだろ?」
「仲間がいるってことか?」
「んー、仲間ってよりは手下だな。はぐれ者とか悪人とか罪人とか、表舞台に居られない奴らが集まってきて、それを従えてるみたいな」
「なるほど」
先が読めた。
「つまり、その手下が武器をドロップするってわけだ」
「あぁ、それも店売りよりいい武器をな?」
俺の推測に、レフトはにやりと笑い返す。一応知りたかったことは知れたが、同時に新たな疑問が発生した。
ここまで伏せていないといけないことか?
「誰かに聞かれたら困るだろ」
レフトが俺の心を読んだかのように答える。顔に出ていたのだろうか。
と、そんなことはどっちでもいい。
「聞かれたら困るか?」
落とすアイテムは店売りより高価な武器かもしれないが、そもそもクエストで入手出来るものならば、聞かれたところで関係はないはずだ。
何日か経てば攻略サイトにだって公開されるだろう。
「残念ながら困るんだよ」
レフトはふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「今はまだ言えないが、この洋館で手に入るのは、武器だけじゃないんだからな」
「……そうか」
これ以上は、聞いても教えてくれないだろう。
「じゃあ、行くぞ?」
「あぁ」
レフトがゆっくりと手を伸ばし、扉に触れた。重厚な扉が光を放ち、一瞬にして消える。同時に荘厳な洋館さえも跡形なく消え去っていた。
目の前に広がるのは広く深い暗闇だけ。
「どうなってんだ……よ?」
状況を把握しているであろうレフトに聞こうとして、その姿がなくなっていることに気がついた。
「おい、レフト」
振り返ってみるが、どこにもいない。背後にあった林道さえも消え去っていた。
気がつけば、俺の服装も革製のよろいに変わっているし、腰には剣がぶら下がっている。
「もう、始まってるのか……?」
俺のつぶやきに答えるように、闇の中で何かが紅く光を放つ。鬼火のような紅い光は、左右に揺れながら、少しずつ大きくなっていく。いや、違う。近づいて来てるのだ。
「コー……シュー」
闇の中に浮かび上がったのは、兜を被った人の顔。ただし、死んだ人間の、とでも表現するべきだろうか。右半分は腐敗し、左半分は骨が露出。頭上の兜も壊れかけだ。
おおよそ生気というものが感じ取れないながらも、眼窩では紅い鬼火が静かに燃えている。
「コー……シュー」
ゆっくりとその全身が明るみに出た。
身に纏うのは重厚な鉄の鎧。その下からのぞく肉体は人の形を保っているが、場所によっては骨が露出するほどに抉れている。右手などは完全にただの骸骨だ。
「ゴォー!」
耳をつんざくような叫び声。見た目といい、演出といい、クオリティは凄いが、凄すぎてちょっと引くレベルだ。
「シュー!」
異形の頭上に赤い下向きの三角形が出現する。モンスターを表すカーソルだ。その上には【ローグ・コープス】という固有名と緑色のHPバーが表示されている。
ローグの意味は、悪人だったか。コープスの厳密な意味は知らないが、ゾンビ系統を示す言葉だろう。
「ゴォー……シュゥー」
いつの間にか、【ローグ】の右手に片手斧が握られていた。どこから取り出したのかわからなかったが、気にしても仕方ないのだろう。
真っ暗だった空間は、いつの間にかボロボロになった部屋へとその姿を変えていた。
ローグの手元で、夜空を写したような黒い斧が怪しげに光る。
それが開幕の合図となった。




