黒い魔法使い
後ろから聞こえた静かな声。初めて聞いたはずなのに、その声にはどこか懐かしさを感じる。既知と未知が混ざった不思議な感覚。
今来た所だ、なんて言えればカッコイイのだろうが、あえて悪態をつきながら振り返る。
「ああ、全く。待ちくたびれよ」
そこにいたのは、一言でいえば黒い魔法使いだ。
「悪い悪い。準備に時間がかかってな」
ローブのような衣装。頭には三角帽子を被り、左手に持った武器は簡素な木の杖。全体的に黒を基調としたその姿は、昔ながらの魔法使いのイメージそのものだ。
準備に時間がかかったというのは、外見にこだわっていたからだろうか。
「レフトだ。よろしくな」
黒い魔法使いは、慣れた手つきでプロフィールを差し出してくる。
名前は【レフト】。アバターの性別は男で、職業は【魔法使い】。ステータスは戦士とは真逆で、魔法面の攻防と素早さが高めとなっている。
レベルは上がっているが、俺よりは低い。
ほとんど初期装備のようだが、D装備の枠に【黒の魔法使い】と書かれたものが装備されていた。
D装備は、実際の装備品に関係なく見た目を変更することが出来る、このゲームのオリジナル要素の1つだ。
入手方法は色々あって、基礎領域の呉服屋で作成したり、他の作品からコンバートしたり、クエストの報酬になっていたりする。
ソースはちょこっと豆知識。
ベータテストの時の装備も持ち越せない代わりに、D装備化出来ると書いてあったな。正式スタートの時点でプレイヤー間に装備のスペックで差が出ない為の措置だろう。
と、いつまでも眺めていても仕方ない。
「ライトだ。こちらこそよろしくな」
俺も装備品までを開いて、プロフィールを表示した。といっても、全て初期装備だが。
「へぇ。結構レベルあげてんだな」
お前が待たせるからだよ!
とは言わないで、ごまかしておく。
「まあ、あげといて損はないしな」
「そうとは限らないだろ?」
早く本題に入りたいのだが、損はしないの部分が引っ掛かったらしく、レフトはにやりと笑う。
言わんとしてることは理解した。
D装備と同じこのゲームのオリジナル要素である【チート】という能力。ベータテストにも存在したこの力だが、調整期間ということで本編での実装は3日目からということになっている。
つまり、最初の2日間は一種のオープンベータともいえる期間なのだ。
チートの割り振りはキャラクターメイクの時点で決まるため、リセマラしてでもいいチートを得たい人にとってはこの2日でレベル上げをする意味はないといえるだろう。
「まあ、俺は出たとこ勝負でいくけどな」
それなら、損しないはスルーしろよ。
というかーー
「ベータテストの時と同じじゃないのか?」
レベルや装備は引き継げないが、職業やスキルと同じようにチートは引き継げるはずだ。
「それじゃ、面白くないだろ」
レフトは得意げに笑う。面白くないという理由で、賭けに出るのはレフトらしい。まあ、合わないチートだったという可能性もあるが。
「さあ、やるぞ。ライト!」
レフトは杖の先をまっすぐ前に向け、かっこよく宣言した。なぜか、俺とは別の方向に向かって。
「誰に向かって言ってんだよ」
「俺の物語を見ている奴ら。そして、迫り来る敵に向かってだよ」
慌ててそちらを見ると、いつの間にかモンスターの大群がそこにいた。
見慣れた幼虫型の他、目つきの悪い鼠型、灰色の鼬型、青黒い蝙蝠型の見慣れないモンスターが渾然一体となった群れ。
「……いつの間に」
「スタンピードってやつだな」
「何かのイベントか?」
「さあな。ま、どうでもいいだろ!」
その群れに向かって、レフトが笑顔で突っ込んでいく。武器は杖。勢いよく振り上げた杖を、キャタパルの頭に叩きつける。
魔法使いのはずだが、魔法で敵を倒す気はないらしい。
「どっからでもかかって来いよ」
群れの中心で、レフトは獰猛な笑みを浮かべていた。
「ったく。魔法使いなら普通は後方支援だろ」
放っておくわけにもいかず、銅の剣を構えて、追いかける。
「キュゥ!」
風船から空気が抜けるような声で襲ってきたのは、蝙蝠だ。幼虫達と同じように現実のそれよりも遥かに大きいが、見た目がデフォルメされているので怖さはない。
「まずは、1体!」
1歩踏み込み、剣を薙ぐ。蝙蝠はふわりと舞ってそれを躱した。だが、その程度のことは想定済みだ。返す手でもって、剣を振り上げる。
「足りないか」
斬撃は確かに届いたが、倒せなかった。
「ファッ!」
お返しとばかりに、蝙蝠が口から半透明の球体を吐き出す。球体は真っ直ぐに飛んでくるが、剣を振り上げた状態で防ぐことは不可能だ。
「くっ」
球体は腹部を直撃し、衝撃と僅かなダメージを残して霧散した。
「空気砲、か」
多少オーバーかもしれないが、それが妥当な表現のような気がする。ダメージは微々たるものだが、幼虫達の体当たりよりも、回避するのは難しそうだ。
やられる前にやるしかない。
風に流されるように離れていった蝙蝠との距離を詰め、剣を振り下ろす。今度はしっかりと体を捉えた。
蝙蝠は光の粒となって消え、3という経験値が表示される。どうやら、幼虫と同じくらいの扱いらしい。
あのスハントンも経験値は3だったので、これが最低値なのだろうか。
「キュゥ!」
と、休む暇もなく新たな蝙蝠が現れた。攻撃が空気砲であることを考えると、幼虫の時のような後の先を取る戦法はリスクが高い。
「やるしかないな」
剣を構えて、走り出す。戦士は素早さが低めの職業だが、レベルの差なのだろう、動きは俺の方が早かった。
焦って浅くならないように、それでも蝙蝠が空気砲を放つよりは早く、一刀のもとに斬り伏せる。
今度は一撃で散った。弱点部位だったというよりは、最初の一撃目が浅過ぎただけだろう。
このゲームにおけるダメージは、攻撃の深さによって多少の幅があるのだ。基準がどこにあるのかは不明だが、擦り傷程度なら少なく、深く切り込めば大きくなる。
「シュゥ!」
「キュゥ!」
間髪をいれず青虫と蝙蝠が襲いかかってきた。同時に対処は不可能。となれば優先するべきは、空気砲を使う蝙蝠だ。
大きく踏み込むと、蝙蝠もまた真っ直ぐに突っ込んできた。ーー体当たりだ。
予想外の一撃を食らってしまったが、カウンターで蝙蝠を倒す。キャタパルはーー
「……ュゥ」
白くて丸い塊になっていた。
繭だ。放っておけば羽化して蝶になるだろう。幸い、向こうから攻撃してくることはないので、斬撃を食らわせる。
だが、耐久が上がっているのか、繭が壊れる気配はない。
これは、優先順位を間違ったか。
「ーー飛べ、火球。ファイアボール」
横から飛んで来た火球が、繭を焼き尽くした。
「油断したな」
笑いながらレフトが横切り、甲虫の幼虫に杖を叩きつける。振り上げた杖を蝙蝠に叩きつけると同時に、魔法の詠唱を紡ぐ。杖の先から放たれた火球は鼠に命中し、倒しきれなかったラビーヴァに杖を突き立てた。
「もう1発!」
そして、空いている右手で蝙蝠を殴りつける。
魔法使いだから物理攻撃力が低く、打撃では一撃で倒せないのだ。鼠は魔法の一撃で倒せているので、素直に魔法で攻撃してればいいと思う。
まあ、本人は楽しそうにしているが。
中身だけなら、俺よりもよっぽど戦士だな。
「おい、なんか失礼なこと考えてないか」
足元のヤゴを蹴り上げながら、レフトは俺に杖を向けてくる。ーー勝手に人の心を読むなよ。
「気のせいだ」
「そうか」
とはいえ、本人に直接言うと後が怖いので、誤魔化すに限る。視線を逸らしながら、近くにいた鼠に向かって剣を振り下ろす。
鼠は3という経験値の表示を残して、消滅した。
こいつも、強さ的には幼虫達と同格ということか。
「キュゥ!」
消滅から間を置かずに、新たな蝙蝠が現れる。攻撃方法は体当たりと空気砲、空中を漂っていて少し攻撃を当てづらいが、慣れてしまえばなんということはない。
一撃の元に斬り伏せ、剣を真っ直ぐ前に突き出した。
「どっからでもかかって来いよ。雑魚ども」
幼虫でも、蝙蝠でも、鼠でも、鼬でもーー
「あ、スイーツバッシャーは攻撃するなよ!」
レフトが叫ぶ。
その声に反応して、灰色の鼬が向こうを向いた。
「なんで!」
思わず叫び返すと、鼬がこちらに振り返る。
「そいつは、攻撃するとそのプレイヤー目掛けて襲いかかってくる性質なんだよ!」
叫ぶ度に叫んだ方へ振り返る鼬。忙しないヤツだな。
「しかも、鳴き声で近くのモンスターに同じターゲットを狙わせるっておまけ付きだ!」
「なるほど」
それは確かに厄介そうだ。
しかし、1つだけわからないことがある。
「スイーツバッシャーってどれだよ!」
「ラーテルみたいなやつ!」
「それもわからん!」
ラーテルってなんだよ。その前はスイーツとか言ってたし、お菓子っぽい名前だな。
「あぁ、もう! イタチっぽいやつだ!」
レフトは頭をかいて、吐き捨てるように答える。理解が遅くて悪かったな。生き物はそんなに詳しくないんだよ。
「りょーかい!」
あの鼬、キョロキョロ忙しいと思ったら自分の名前に反応していたのか。面白いヤツだな。相手はしてやれないけど。
「さあ、行くぞ」
鼬を残して、殲滅する。
と、意気込んだのだが。
「キリがないっ!」
ラビーヴァが、キャタパルが、蝙蝠が、鼠が、倒しても倒しても圧倒的な数量で攻めてくる。何体を倒したかはすでに数えられていないが、レベルが1つ上がるのだから、相当な数だろう。
ベンチにいた他のプレイヤー達も参戦してきたにも関わらず、だ。
何故こんなに数が多いのか。
スタンピードというレフトの表現が適切なほどの異常なエンカウント率だが、その手のイベントにしては何の表示も出てこない。
広場がモンスターに埋め尽くされる。
「うぉらァ!」
そんな中、赤いハンマーを持った大男のひと振りで、10数体のモンスターが一撃で砕け散った。
皆さん、こんにちは。
今回のテーマは魔法使いについて。
公式の情報によると、ベータテストで最も長い時間使用されていた職業は魔法使いだそうです。
これは魔法というファンタジー全開の戦い方が人気なのもありますが、接近戦を苦手をするプレイヤーの影響も少なからずあるのでしょう。
VRゲームは、究極の一人称視点ですから、武器を持って戦うことに抵抗を覚えるプレイヤーも存在するのです。
ちなみに2番目は剣士。魔法使いの使用理由と矛盾するようですが、はるか昔より勇者の武器は聖剣と相場は決まっていますからね。
この2つの職業には製品版で特別な役割が与えられていますが、それはまだ誰も知らないお話です。




