第017話 形勢逆転?
あけましておめでとうございます!更新遅くてすみません!
今年もよろしくお願いします(∩´∀`@)⊃
※今回はクラウド視点です。
今まで、臆することなく俺にベタベタと触れてきた女がいただろうか。
いや、記憶している限り、そんな女はいなかったはずだ。
女はみんな俺の髪色を見ると、遠巻きに奇異の眼差しで俺を見ていた。
近づいてくる女なんて、ただの一人も、いなかった。
なのに。
この間後宮に新しく入ったという令嬢付きの侍女で、エリーと名乗った女は俺の髪を見ても、躊躇することなく近寄ってきた。
それだけに留まらず、なんとその女は自ら俺に(無許可で)触れてきたのだ。
ありえない。
それは、とにかくありえない存在だった。
驚くほど無遠慮に近づいてくるし、友人のような気安さで話しかけてくるし、神経を疑うほどの非常識さで触れてきたりもする。
お前は王族というものを本当に知っているのか?
と聞きたくなるくらいには、王族である俺に対し大胆かつ不遜な態度をとる女だった。
そんな女が今、俺の前で今までの非礼を詫びている、という奇妙でなんとも形容し難い光景を繰り広げている。
今までの不遜さが嘘のように、真面目な顔で謝るその女の変化の差がおかしくて、クラウドは思わず噴出していた。
「……ぷ、くくくっ」
笑いを咬み殺すようにして、クラウドは下を向いて腹を抱えた。
きょとんとした表情でこちらを見ていたあの女の表情も、また傑作だった。
別に故意で起こした状況ではなかったが、まさに「してやったり」な気分である。
愉快、痛快。
よくわからんが、気分がいい。
すると、女は何を思ったのか、心外だという顔で目尻をつり上げていた。
「ひどいですわ!騙したのですね、私を」
どうやらクラウドが嘘をついたのだと思っているらしい。
こちらこそ心外だ。
(俺は、嘘なんてついていない)
弁解しようと試みるも、未だに笑いが収まらないクラウドは声を出せずに、結局笑いを咬み殺すために口を閉じることになった。
「おかしいとは思ったのです。腹痛や吐き気を催すと言う割に、私が触れても何も起きなかったではありませんか!」
「…っふ、誤解、だ」
「何が誤解ですか。現にさっきだってあなたに触れましたが、…って、あなたはいつまで笑っておられるのですか!」
「いや、すまん。久々におかしかった………、ふはっ」
「また!」
彼女は本当に憤慨しているらしかった。
その証拠に、羞恥と怒りで顔がやや赤い。
いつも笑顔でクラウドを翻弄している彼女が、そのリズムを崩され動揺し、そして憤慨している。
その状況が、クラウドにとってはとてつもなく面白いことのように思えたのだ。
「いや…、本当にそれは誤解だ。実際に俺は、そういう体質なんだ」
「嘘ですわ」
「否定が早いなおい。なんでお前はそうやって、人の話を聞こうとしない?」
「あら、失礼ですわね。ちゃんと聞いていますわ。ただ、つい遮ってしまいたくなるだけで」
「それを世間一般的に『人の話を聞かない』と言うんじゃないのか?」
「でしたら、その世間一般の方が間違っているのだと思いますわ」
この女は、あくまでも認めないつもりらしい。
クラウドが唖然としてエリーを見ると、エリーはやっといつもの調子を取り戻したのか、またあの仮面じみた笑顔を貼り付けてクラウドをしたり顔で見返す。
残念だ、と感じつつもどこかホッとしている自分がいることに、クラウドは驚いた。
慌てふためく彼女を見るのは割と楽しかったのだが、今までが今までだったために、突然態度を改められるとどうも調子が狂う。
いつも通りの彼女でも十分調子を狂わされているのだが、そのことには気づいていない振りをするクラウドだった。
「あなた様のお話が本当だったとして、現状あなた様にそのような症状があるようには見えないのですが?」
「……そうだな。今は、ない」
言われて初めて気がついたが、クラウドは今、エリーに触れたというにも関わらず何の症状も見られない。
初めに触れ合った時に出た蕁麻疹すら、今は見る影もなくクラウドの肌は正常を示している。
それは、クラウドが生きてきた19年間の中でもかなり上位に入るほどの、驚愕の事実だった。
「……と、ちょっと!」
驚きのあまり、数秒間固まってしまったらしい。
エリーの声で我に返った。
「なにを呆けているのです?そんな無表情のまま固まられたら、あなた本当に彫刻のようですわよ?」
「……彫刻?」
「ええ、彫刻ですわ。だって、殿下って顔だけはものすごく整っていますもの。そのまま黙っていらしたらどこぞの彫刻ですわ」
「………」
褒められているのか、けなされているのか、判断しかねるエリーの返答に、クラウドは返す言葉を見つけられないまま口を引き結ぶ。
すると、今度はエリーが変な顔をして、訝しげに声をかけてくる。
「なんなんですの?急に押し黙ったりして……言いたいことがあるならおっしゃったらいかが?気味が悪いですわ」
……この女には、遠慮という言葉は通じないのだろうか。
うん、言っても無駄な気がする。
だんだんエリーの非常識さにも慣れ始め、学習してきたクラウドである。
「……じゃあ、ひとつ」
「なんです?」
「もう少しこっちに来い」
「………はい?」
間の抜けた声が、エリーの口から漏れる。
言われたことを理解できないという顔だ。
それもそうだろう。
女嫌いで「近づくな」と散々言われてきたのに、今度は「近寄れ」というのだ。
理解できないのも仕方ない。
「ん?聞こえなかったか?」
「…いえ」
「だったら、ほら」
「え、嫌ですよ。」
「…そんなに離れられると声が聞き取りにくい。大きな声で話すのも疲れるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうか、あくまでも聞く気はないと。よしわかった、こっちから出向いてやろう」
「はっ?!」
言うが早いか、クラウドは地面に手をついてのっそりと立ち上がる。
クラウドの行動が予想外だったらしいエリーは、目に見えて動揺を示した。
クラウドが一歩踏み出すと、エリーはギョッとしたように一歩下がる。
いつかの状況とまるっきり反対の行動をしていることに、当の本人たちは気がつかない。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!さっき女嫌いで、近寄ると蕁麻疹が出るとおっしゃったではありませんか!」
「それをさっきお前が嘘だと一蹴したんじゃないか。何を怖がっているんだ」
「こ、怖いわけじゃありませんわ!」
「だったら俺が近寄ったところで何の問題もないだろう?」
「そういう問題ではありませんの」
「なら、どういう問題なんだ」
「……………」
「ないんだな?」
この間、二人は一進一退の攻防を繰り広げていた。
だが、エリーの歩幅よりも遥かにクラウドの歩幅の方が大きい。
お互い同じ歩数のはずが、二人の距離はみるみるうちに縮まっていく。
「……っち、近づく意味がわかりませんわ!」
「散々無意味無遠慮に近づいできたお前がそれをいうのか」
「そ、れは、」
「ほら、見苦しいぞ」
エリーはジリジリと後ろに下がっていくと、背後に控えていた木に背中をぶつけた。木の存在に気がついていなかったらしい。
背中に木の存在を見つけて、エリーは一瞬驚いたような顔をした。
一瞬だけ視線を後ろに向けた、その瞬間をクラウドは逃さなかった。
「捕まえた」
エリーの思った以上に細い手首をがっちりと掴んで、自分のいる方に引き寄せる。
そんなに強く引いたつもりはなかったのだが、エリーはぐらつくようにしてクラウドの方に身を寄せた。「きゃっ」という短い悲鳴とともに、エリーはクラウドの腕の中にすっぽりと収まった。
ちょうど顎の下の辺りに銀髪が見えて、クラウドはエリーとの身長差を急激に理解した。
と、同時に自分の行動にはっと我にかえる。
「………って、何してるんだ俺は」
「…、ま、まったくですわ!急に何をするんです!」
「わからん」
「…一度お医者様に診ていただいたらいかがです?」
「……ああ、考えておく」
弱々しい声で返事を返すクラウドに、本気で心配になったらしいエリーは細く長い指先で、クラウドの頬に触れた。
クラウドに触れてくる際のためらいなど、まるでないその指にクラウドは何故か心地よいものを感じた。
「本当に、大丈夫なのですか?ご気分が悪いなら自室に…」
「お前は」
「え?」
「お前は、俺が…怖くはないのか」
クラウドの少しだけかすれた語尾に、エリーはただ、きょとんとした表情を浮かべた。