序章 「奇妙な人形師」の物語
昔、ある寂しい村に風変わりな老人が一人暮らしていた。
彼はかつては高名な人形師だった。子供たちにかけがえのない友を与え、
まさか人の手で作られたとは思えない、その人形の美しさで大人たちすらも魅了した。
彼はひたすらにその仕事に没頭した。完璧で、究極の人形を造るという野心がそうさせたのだ。
彼が「人形」と向き合えば向き合うほどに、「人」は彼から距離を置くようになった。
そして彼もまた、完璧ではない、理想ではない「人」を遠ざけるようになった。
気が付けば彼は恐ろしいほど孤独であった。
彼が究極を求めて作り続けた奇妙な人形たちは人々に興味を持たれるどころか、不気味とすら思われるようになっていた。
そして、いつしかその高名な人形師の存在も、その人形師が手掛け寵愛を受けていた素晴らしい人形たちも、なにもかも忘れ去られることとなったのだ。
人形を愛しすぎたために歴史から消え去った人形師。これが悲劇でなければなんであろうか。
究極にたどり着けぬまま彼は年をとり続け、彼はやがて自分にも訪れるであろう死を強く恐怖するようになる。
たった一人きりで、目的もはたせぬまま、無慈悲なる死神は突如として命を奪いにやってくるのだ。
神は人間に命を与え、若さを与え、才能を与え―――与えておいてなぜ奪うのか。
もしも私が永遠の命を持つ究極の人形であったならば……
彼の興味はやがて「死」そのものに移り変わる。
迫りくる人生の終焉の時に追いつかれぬよう、死神に駆り立てられるよう、彼は狂気の如く手を動かした。
彼が最後に題材にしたのは、「死」であった。
〝死神よ、どうせ私の命を狩りに来るならば、私の理想の姿で現れるがいい。
もしも死がヒトの姿を借りたならば、こういうモノであろう〟
死への恐怖、理不尽さへの怒り、他人に受け入れられない苦悩、究極にたどり着けない無念。
そして、それらとはまったく正反対の、死への不思議な好奇心。
人生のほとんどを賭けて追い続けた人形への狂気ともいえる執着と、複雑に絡みあったそれらの強い怨念は、ついに人形に魂を与えたのだ。
魂を持つ死の人形、クオレマと名付けられたそれは、喜びを与えては無慈悲に奪うまさしく死の化身。
三つの願いを叶えた後、必ず死をもたらす呪われた人形。
死を待つばかりの老人形師は、最後に何を願ったか?
一つ目はクオレマに心を与え、究極の人形に作り上げた。
二つ目はクオレマに呪いを与え、死の権化に作り上げた。
三つめは、クオレマと人形師にしか知り得ることはないであろう。
こうして奇妙な人形師 「ティルグ・ベルヴェルグ」は、北の国の長い冬の訪れとともに静かに息を引き取る。
彼の死をただ一人看取ったクオレマは、ティルグ・ベルヴェルグの望んだとおりこの世界に数多の呪いを振りまく。
しかし心を持った人形は、ベルヴェルグと同じように逃れられぬ孤独、恐怖、苦悩、悲しみの坩堝に飲まれ、苛まれ続けるだろう。




