0214
Side:楠木正成
相手はおそらく足利殿の弟である左馬頭殿であろう。
この堅実な戦の仕方は間違いない。
とはいえ、だから楽などという事はないのだがな。
そして敵の矢を見て驚いた。
これはワシが鍛冶師に作らせたのと同じ鏃じゃ。
通りで弓矢で削ろうとするわけよ。
おそらく鍛冶師から洩れたのであろうが、こればっかりは致し方がない。
どうやっても洩れるのは避けられんし、特に共に働いておる時に洩れたのであれば鍛冶師を責められん。
当時は味方だったわけじゃしな。
「兄者! 向こうの射ってきておる矢は、ワシらの物と同じじゃ!」
「分かっておる!
足利殿が敵を受け止めて削るという奇妙な事をしておったが、黒金殿と桜殿がおるからだと思っておったわ。
まさかワシが作らせた矢を知っておるとはな。
もしかしたら同じ弓も使うておるかもしれん」
「しまったな。となると数の多い向こうの方が有利ぞ。
こちらはどう考えても不利にしかならん。
数の上ではかなりの差となっておる」
「仕方あるまい。
最後がこれなのも、それはそれで良かろうよ。
ワシらが作らせた弓矢で、ワシらが敗れるのだ。
敵に負けたわけではないと言い張れるぞ?」
「わはははははははは!!
確かにその通りであるな、兄者の言う通りだ!!」
弟も楽しそうじゃのう。
ま、後の事を考えなくてもよいのだからして当たり前か。
ワシもこうなったら派手にやってくれようぞ。
今日この日が楠木正成の最後なのだ。
最後の最後までワシらしく戦い、そして散ろうぞ!!
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Side:足利尊氏
湊川での戦が始まったが、奇妙な陣立てにしてあるものよ。
向こうが敗れれば三方から包囲されるぞ、新田。
にも関わらずこの布陣という事は、北の軍は楠木殿か?
包囲されぬという自信が無ければ出来ぬ陣立てだな。
ただし新田がまともならば、だが。
妖怪憑きの新田がまともなはずは無いのだから、なぜこの陣立てにしたかは不明だ。
おそらくは海から来るオレを、いの一番に叩きたいという事であろう。
その程度の事しか考えられぬのが狐憑きよ。
それはともかく、経ヶ島に上陸した兵が敵軍に全て討ち取られてしまったな。
仕方ない、敵軍の背後を突かせるか。
東に大回りすれば、敵の背後を突ける位置に行けるからな。
細川水軍を向かわせればいい。
オレは指示を出し、細川水軍の者を東へと向かわせる。
ま、当たり前ではあるのだが、それを嫌がって敵軍は動く。
背後を突かれれば瓦解するからな、当然の事なのだが………
分かっておるのか? それは敵に急所を握られておるのと同じぞ。
北の軍もこちらの動きを警戒して東に動いてきたが、その隙に我らは和田岬に上陸した。
既に遅いと思うたが、遅れて動いていた軍がこちらに引き返してきた。
その家紋を見て「やはりか」と悟る。
「楠木殿。申し訳ないが、オレはここで死ぬわけにはいかん。
尊敬の念を持ってはおるが、ここは戦場。
オレが命を失わぬ為に楠木殿を殺させてもらう。
これも武士の習い、容赦はせぬ。
泉下に行った際には、好きなだけオレを罵ってくれ」
「楠木なら、それも分かってると思うけどね。
ある意味で非常に武士らしい武士だし」
「そうだな。……では、行けい!!
突撃ーーーーーーーーーっ!!!!」
「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」」」」」」
兵達が一気に突撃していき、そして楠木殿の軍と当たる。
あの御仁が相手では、ひたすら攻めて攻めて攻めるしかない。
とにかく一気呵成に攻めて瓦解させる。
それしか打ち勝つ方法が無いのだ。
とにかく敵軍に接近し、罠などを使えぬように戦わねば。
オレは未だに楠木殿、貴方が怖い。
オレを最も殺す可能性が高いのは楠木殿なのだ。
しかし武士としては、新田など比べるべくもない御仁。
だからこそ、このような争いなどしとうなかった。
されどオレは退けぬ。もう退けぬのだ。
九州の者達も西国の者達も苦しんでおる。
全てあの帝の<二十分の一税>の所為だ。
あれを支える立場に楠木殿がある以上、オレは戦わねばならぬ。
戦わねばならんのだ。
「行け行け行け行け行け行け行けーーーっ!!
突撃じゃーーーーっ!!!」
「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」」」」」
こちらの兵は意気軒高であり、攻めていける。
ここで打ち勝たねばオレには先が無い。
黒金も桜も居てくれておるのだ。
これで負ければ阿呆の極みであろう、だからこそオレが勝つ。
なによりオレがそれを信じねばならんのだ。
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Side:楠木正成
「これは駄目そうじゃのう………やはり足利殿は強いわ。
ワシ、平地では勝てんみたいじゃ」
「ま、仕方あるまい。
しかしこれが武士の戦であり、罠は邪道じゃぞ?
それでも勝てるならば何でもいいと思うがな」
「ま、最後は派手に足利殿に負けた。それで構うまい。
楠木は最後まで戦い抜いたのだ、誇りを持って世を去らねばな。
そうでなければ楠木の家が潰えてしまう」
「そうじゃな。………そろそろか?」
「そうじゃな。そろそろじゃ」
「ま、泉下へも兄者と共に行くのだ。寂しくはないな」
「むさくるしい兄弟でか?
泉下の者も呆れるぞ。むさい仲の良い兄弟などな」
「「はははははははははははは!!!」」
周りの者達が泣いておるが、泣く奴があるか。
笑って送り出せ、笑ってな。
ワシと七郎は顔を合わせ、お互いに無言で鎧兜を脱いでいく。
もはや無用な物であるが故にな。
「では、お主ら。後は頼むぞ。
ワシらの骸は足利殿に届けてくれ」
「………はっ! かしこ、まり、まして、ございます」
「泣く奴があるか。ワシと兄者は笑うて逝くのだ。
そなたらも笑え、これが楠木が最後ぞと、派手に笑うがいい。
どうせ最後は皆が泉下に来るのだ。ワシらは少々早く行くだけよ。
では、兄者」
「うむ。
では、皆の者。さらばだ!!」
ズドッ!! ズドッ!!
ワシと七郎は互いに互いを突き刺して死する。
足利殿、後はお頼み申す。
ワシは楠木の家が落ちぶれぬだけで十分じゃ。
だから後は頼む………!
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Side:足利尊氏
「はい。
殿は足利様であればきっと分かってくれると、故に自分と七郎様の首で赦してほしいと……うっ、うっ」
「そうか………楠木殿がな。
相分かった。この足利武蔵守尊氏。
いや、足利又太郎高氏として受けよう。
楠木の家に責は負わせぬとな。
………願わくば生きて助けていただきたかったが、やはりそれは叶わなんだか」
「楠木家を残す為には仕方がなかったんだろうね。
又太郎が良くても、文句を言うヤツはいるからさ。
僕としては文句を言ってきたらブチ殺せば済むと思うけどね?
足利家の当主の決定を愚弄する気か? ってさ」
「それは………難しいが、出来なくはないか。
とはいえ、楠木殿達が自ら死しておる以上はな……」
「それよりも、向こうに残ってる軍は新田?」
「はい、新田左兵衛督様でございます。
なんでも妖怪に乗っ取られていたと言っておられたそうですが、本当の事かは……」
「なんだと!? どうして新田がそれを知っている?
あやつは玉藻に操られていたはずぞ!?」
「そ、そうなのでございますか?
なんでも心の内で妖怪に勝ったとかなんとか言っておったと。
先日、殿が二人で酒を酌み交わした時に聞いたと言っておられました」
「なんと………玉藻の分身とはいえ、自らの力で打ち勝ったか。
凄まじい男だな」
という事は、今の新田は正気という事になるぞ?
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