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Side:???
ぬぅ………まさか妖を取り逃がすとは。
私も耄碌したか? まだまだ若いと思っておったのだがな。
歳には勝てぬという事か。
それは冗談として、あの妖が逃げておるのは北東の方角。
つまりは鬼門だ。
通りで私の読みより強い筈だ。
鬼門に逃げているという事は、元々向こうからやってきたのであろう。
厄介な事よ。
しかし、それさえ見切ってしまえば然したる相手では無い。
京の都の安寧の為にも早々に退治してみせ、なんだ!?
その時、突如として眩い光が放たれ、目が眩んでしまう。
このままではマズいと思ったが、目を塞がねば耐えられなんだ。
今が夜中という事もあり、余計に目が眩んでしもうたわ!
………ドサッ!!
少しの間立ち止まり、ようやく目が開けられるようになった時、私の持つ松明にギリギリ映っておるのは幼き少年であった。
その前に妖が居るではないか!
妖も目が眩んだようだが、このままでは少年が殺されてしまう。
しかし少年は動かぬ。
寝ておるのか死んでおるのか分からぬが、すぐに声を掛けて起こさねば!
「少年!! 少年よ!! すぐに起きるのだ!!
目の前に妖が居る!
そなた、このままで喰われるぞ!!」
「グゥォォォォォォォォォ!!!」
いかん!
餓鬼によく似た妖の目が戻ってきたようじゃ、このままで本当に殺されてしまう。
致し方がない。
先ほど使うてしもうた者とは違う、別の式神を使わねば!
私が袖の中に入れてある式符を取り出そうとした時、少年の目が開き動いた。
今だ、声を掛けて少年を逃がさねば!
「少年よ、起きたか! すぐに逃げるのだ!!
目の前に妖が迫っておる! 早く逃げろ!!」
「……え? あやかし?」
「ガァァァァァァァァ!!」
マズい、このままでは間に合わぬか!!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
少年が驚き、声を上げたその時、少年が寝ている傍に白い人型の霊体が現れた。
あれは、まさか霊兵か!?
何故あんな少年が霊力のみで扱う霊兵を生み出せるのだ!?
そしてあの姿、あれは古き埴輪なるものにある、古代の兵の姿ではないか!!
「!!!」
「ギュバァ!?」
「なんと!?」
霊兵である古代の兵は、その手に持つ剣で妖を一刀両断にしてしまった。
あそこまでの強さなど、名のある陰陽師でもそうそう持たぬぞ。
もしやこの少年、稀人か?
だとすれば知らぬ地より神隠しに遭ったという事になる。
ぬ? 気を失ったか。子供なのだからして仕方なかろうな。
歳は9か10ぐらいであろう。
この歳で親元から離されるとは……。
私も初めてだが、稀人が現れる際には光り輝くと聞く。
その輝きは神仏の加護とされておるが、あれ程の輝きなのか?
その輝きの強さが神仏の加護なのだとすれば、この少年はどれほどの神仏から加護を受けておるのか……。
まずは私の屋敷に連れ帰るべきであるな。
あばら家ではあるが、このまま放ってはおけぬ。
とにかく倒れた妖が残した霊玉を持って戻るか。
少年が倒した物だが……なかなかの大きさだな。
餓鬼の見た目に騙されてしまっておったか。
思っておるよりも強い妖であったようだ。
…
……
………
さて、少年を連れて戻ってきたのはいいが、我が家はあばら家でしかない。
それでも布団くらいはあるので、それに寝かせるか。
今日一日ぐらい板間で寝たところで問題あるまい。
明日話を聞けばよかろう。
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Side:???(少年)
グツグツグツグツ…………。
う……? 何かの匂いがする。
これは、何だろう?
「おお! 起きたか、少年。
そなたは京の北東に、昨夜突然現れたのだが覚えておるか?」
「きょう? ………きょうってなんですか?」
「どうやら昨夜の事を覚えておらんようだの。
稀人であろうから仕方のない事ではあるが、なんとも不憫なものよ。
とりあえず、そなたの名はなんと申すのだ?」
「………? ………分からない」
「まさか名前が無いのか? もしくは覚えていないのやもしれん。
父御や母御の事は覚えておるか?」
「………分からない。ちちごとははごってなに?」
「そなたの両親、つまり親の事じゃ」
「………おやってなに?」
「これはマズいかもしれん。そなた今まで何処に住んでおった?」
「………分からない」
「駄目じゃ、これは最悪の形か。
過去の稀人の中にも記憶の無かった者が居るという。
まさか、このような子が記憶無しとはのう。
仕方ない、とりあえず食事をしてからにするか。
私の名は鹿川斯明という」
「しかがわ、かくめい」
「そうだ。
そなたの名は……分からぬなら適当に名付けるか。名前が無いと不便じゃからのう。
………黒金。お主の名は黒金じゃ。
宜しくな、黒金」
「うん。僕は黒金……かくめいは何て呼ぶ?」
「私も普通に呼べばよい。私も黒金と気楽に呼ぶのでな」
「なら、僕も気軽に斯明と呼ぶ」
「うむ、それで良い。とにかく朝餉じゃ。たんと食うがいい」
斯明から何かの器を渡されたけど、どうしていいか分からずに受け取る。
何をすればいいのか分からずに困っていると、斯明が何かを使って中の物を掬い、口に入れた。
これは口に入れる物みたいだ。
「食わぬのか? ……というか、まさか食い物も分からぬのか?
いったいどうなっておるのか分からぬが、これはこうやって使って口に入れるのだ。
ふぉひて、よふはみはべふのふぁ」
「そ、して、よくか……みふぁべる? よくかんでたべる」
「ゴクン……! そうだよくかんで食べるようにの。
いきなり食べると胃が驚くから、少しずつ食べるが良い。
それと、そなた昨夜の事が分からぬとなれば、霊玉を手に入れた事も知らんのだろう?」
「れいぎょく?」
「そうだ。………これだな。
薄白い玉なのだが、これには霊力が篭もっておってな。陰陽術に使われる物なのだ。
陰陽寮には中に篭もっている霊力を元にして買い取ってくれる所があり、そこで売れば金銭が手に入る。
これはそなたの物だぞ」
「そう言われても、僕は知らない」
「ならば、これを売って飯代にしても良いか?」
「うん、好きにして」
「そうか。済まぬ、助かる。
実は昨夜一番の妖を追い駆けていたのだが、取り逃がしてしまってな。
そこでそなたが光輝いて出てきたのだ。
私は驚いて目が眩んでしまったのだぞ?
その後、そなたは倒れたままであるしな。昨夜は焦ったわ」
「………覚えてない」
「うむ。そなたは寝転がっておったし、目も瞑っておった。
声を掛けたら起きての。
そこまでは良かったのだが、妖がそなたを喰らおうと襲い掛かった時にはもう駄目だと思ったぞ。
そなたが叫んで危うしとなった時に、そなた自ら霊兵を用いて退治してしまったのだ」
「れいへい?」
「うむ。霊兵とは式神よりも高位の術での。
自らの霊力のみで式神を具現化させる術の事よ。
ただし自らに関わりある者しか呼び出せぬという。
そなたの霊兵は古き時の兵の姿をしておった。
埴輪とやらで見る古き時のな」
「ふるきときのへい? …………あ」
「どうした?」
「<古兵・勇壮猛夫>」
「お、おおっ! 昨夜見た霊兵じゃ。黒金、そなた使えたのじゃな」
「あたまに何か出てきた」
「頭に思い浮かんだという事か? 霊兵を使える方々も皆そう言われると聞く。
となると、昨夜はたまたま霊兵が出てくれたという事か。
危なかったのう。本当に良かったわ。
とりあえず後で陰陽寮に届けねばならぬが、力はあるようで何よりじゃ」
「力が無いとあぶない?」
「危ないの。
京の都も昨今は物騒になった。
刀を昼間から振り回している賊のような者もおる。
霊兵は生身の相手とも戦えるでな。
もし襲われたら、確実に敵は殺すのだ。躊躇すれば己が殺されるからの」
「うん、分かった。………食べ終わった」
「うむ。
食べ終わった際には手を合わせて「ごちそうさま」と言うのだ。
ちなみに食べる時は手を合わせて「いただきます」だな」
「ごちそうさま」
僕はとりあえず、言われた通りにしてみた。




