30. ☆ それは、アフタヌーンティー (令和十年十一月四日・土曜)
ソーサーの上に、ティーカップがことりと置かれた。鼈甲色の紅茶が、たぷりと揺らぐ。
カップから、その揺れたミントティーの香りがふわりと立ち上る。
「・・・・・・――――ってな感じだったね。なんだか、すごく変な夏休みだったなぁ」
優璃は、姉の紅葉の前で、柔らかな笑顔を見せる。
紅葉はフォークでチーズケーキを小さく切り、ぱくりと食べる。
「・・・・・・いや、私だって、普通に最初はここでお茶してただけだったんだけどねー」
「まっ、何にせよ普通にこうしてお茶飲めてるんだから、無事で良かったよ。悪い奴らもいなくなったし、優璃がこのお店を守ったんだし、とにかく、いいことしたんだからさ」
「あはは。いいこと、ねー。・・・・・・もっと、ヒヤヒヤしないことの方が、よかったなー」
「・・・・・・ねぇ、優璃?」
「なぁに?」
「・・・・・・無事にこうしてお茶が飲めて、アタシは、嬉しいよ」
「何よ急にー。どうしたの、お姉ちゃん?」
「・・・・・・ううん。何でもない。・・・・・・平和が一番だよねぇ」
紅葉は窓越しに、黄緑色と橙色のグラデーションに染まった楓を眺めて、笑顔でそう言った。
「平和がねー。ま、そうだねー。・・・・・・私ももう、あんなことは懲り懲り」
優璃はミントティーをすすり、紅葉と同じ楓を眺めて、くすっと笑う。
振り子時計が、ぼぉんと鳴った。
「いっけない、もう四時じゃん。優璃、アタシ、そろそろ帰らないとー・・・・・・」
「あぁ、そっかぁ。お義兄さんが家で待ってるもんねぇ?」
「今日はアタシが夕飯作る日だったんだ! ・・・・・・そうそう。あんたもたまには、ウチにおいで。美味しいワインが手に入ったからさ。泊まりで飲みに来なよ」
「いいねー。じゃあ、お姉ちゃんちに行く時は、前もって連絡するー」
「うん。わかった! ・・・・・・優璃? 今回の件、ママには言わない方がいいと思うぞーっ?」
「冗談言わないでよ。言うわけないじゃん。赤鉄連合より、怒ったママの方が恐いもんーっ!」
「あっははは! それ、ママに言っちゃうぞ? ・・・・・・ってのは冗談、冗談。・・・・・・優璃、アフタヌーンティーのお誘い、ありがとうね。素敵なお店だよ。美味しかった!」
「良かった。ねぇ、箏音ー? お姉ちゃんが、素敵なお店だってさー」
店の奥から、箏音の「うれしいーっ」という声が響いてきた。
「じゃ、またね。優璃も、気をつけて福島まで帰るんだよ? 遅くならないようにね」
紅葉は手を振り、先に店を出ていった。木々からは、色づいた葉がはらりと何枚も落ちてくる。
優璃は窓越しに、染まる葉の中を帰る姉の背を笑顔で見つめている。
店が閉まるまで、優璃は外を静かに眺めていた。大好きな、ミントティーを飲みながら。
アフタヌーン ティー
終