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【9】最後まで優しい人だった

 それにしても、すごい命令だ。


 ────男子全員を殺すっていうと……。つまり、丹藤君と、平之季君が対象になる。もし自分で自分を殺す、という意味も含むならば自殺もあるかも……。


 本当に人の命がかかっているゲームだと分かったのに、臆するどころか、こうもあからさまに攻撃に出られるとは……。なんというか、リホちゃんの腹の座り方が尋常ではないように思える。


 しかし、その命令に対する『運営』側の反応は、冷たかった。


<命令が受理されませんでした。王様は、もう一度命令をやり直してください>


「えっ……どういうこと」

「命令が、却下されたみたいだよ」

「なんで?」


 画面には、不受理を示す表示がされている。

 男子陣からは、当然のごとくリホちゃんへの非難のまなざしが集まる。リホちゃんはすっかり、狼狽えてしまっていた。


「たぶんさ、複数の命令って解釈されたんだよ。ルール説明の補足にあったでしょう」


 私が助け舟をだした。


「嘘……なんで? 私、命令は一つしか、言ってないよ」

「丹藤君と平之季君を殺すこと、って言う命令になるでしょ。もちろん、それが目的だったんだと思うけど」

「だって、平之季君が命令した時は、そんなことにならなかったじゃん。この部屋の誰かとセックスする事、って」


 リホちゃんは、オロオロと立ち上がり、画面の表示が悪いというように指を差した。


「そりゃ、そうだよ。意味が全然違う。誰でもいいから一人とセックスすること、っていうのは複数人とセックスすること、って命令しているわけじゃないんだから」


 呆れたように、平之季君が言う。

 その通りだ。リホちゃんは一つの命令で複数人を減らそうと、名案を繰り出したつもりなのだろうけれど、運営側からの判断であえなく却下されたことになる。


 ────まぁ、これも一つのトライアルにはなったけど……。


 やはり、わざわざ注意事項として補足されていただけある。

 王様の出す命令は、厳密に一つである必要があるのだ。


 画面には、早くも60秒のカウントダウンが始まっている。


「えっ、やだ……、じゃあ、平之季君だけでいいよ。平之季君は御園君を殺したんだから。柳君に命令で、平之季君を殺すこと!」


 その場に、シンとした静寂が落ちた。


<命令が受理されました。臣下は、王様の命令を実行してください>


 画面の表示がパッと切り替わる。今度の命令は、無事に受理されたようだ。


「……さっきから、なんで、俺なんだよ~」


 柳君は弱弱しい泣き声をあげ、頭を抱え込んだ。しかし、数秒後には立ち上がり、平之季君の方を向いた。


「……っ……」


 死にたくないなら、命令を実行するしかない。

 それは、さっきの御堂君の死で明らかだ。

 だけど、そう簡単に人が人を、その手を使って直接、殺すことができるだろうか?

 スポーツマンの柳君の方がガタイはいいけど、平之季君だって、身長はある。

 それに、平之季君はもう、左手に座布団を持ち、たぶん右手には箸を持っている。

 どちらも武器としては、心もとないが、抵抗する気は満々だ。


「嫌だよ、俺、死にたくねぇよ。俺ん家、父親がいないから、俺が、兄弟の面倒見ないと。お袋も、悲しませるし、嫌だよ……」


 一度だけ、柳君の目に殺意が灯り、平之季君を捉えた……ように見えた。

 だけど、すぐにその光は消え失せた。


「俺、人殺しなんてできないよ。そんなことして生き残ったって、お袋も喜ばない。平之季だって、親がいるだろ。平之季が死んだら、泣くやつがいっぱいいる」


 柳君は、力なく項垂れる。


 ────あぁ、この人、本当に優しい人なんだ……。


 でも、その気持ちには共感できる。

 もし、その立場にいるのが私だったら、どうするだろう。やっぱりこの命令を受けた時点で「積み」だと諦めるかもしれない。 

 そもそも女子の細腕で男子を殺すのは無理だと思うけれど。


 時間は無情に過ぎた。壁にかかっている旧型の振り子時計が、それを報せる道具のように見える。

 3分経って、カウントダウンが始まり、タイムオーバーになった。

 ピエロの宣言があり、私の目の前で殺戮が行われた。


 柳君は「ぐうっ」と呻いて、胸のあたりをかきむしった。


「柳……っ!」

「柳君……っ」


 悲痛な声が響く。

 咄嗟に私は机を回り込んで近づき、倒れた柳君の手を握った。


「もし、私が生き残ったら、必ず柳君のご家族に伝えるよ。柳君は、最後まで優しい人だった、って」


 声が届いたかは分からない。単なる偽善行為、自己満足でしかない、と思う。だけど、こんな優しい人には、できるだけ安らかに逝去して欲しい。


 柳君は体をビクビクと痙攣させ、そのうち動かなくなった。

 私は内心で詫びつつ、柳君の服を、上半身だけ捲り上げた。左胸あたりが皮膚を透かして変な色になっている気がする。


 ────毒? 内出血?


「御園君と一緒に、並べる? せめて、顔に布をかけてあげようか」

「あぁ、うん。できれば」


 ここは居酒屋の個室なので、それほど広くない。

 ただ、8人の宴会用として考えるならば、かなり広い。最初入ってきた時は、ちょっとだだっ広くて違和感があったほどだ。


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