無意識
船酔いの中、いつかに見た本を思い出す。どのような題名でどのような内容だったかすら思い出せないのに。
船はついに止まって、一寸の希望と一光年の絶望を吐き下ろした。
ノアの方舟から降りると、同じくらいの少年少女が先に大地に立っていた。
「はぁい。ここに一列に並んでくださぁい。」
初老は迎えたであろう男が身振り手振りを加えて静かに話す。
ここは既に人類禁足地の一つであり、終わりの永遠とそして破滅が生きるこの世の中での楽園とも呼べる。
歩くゾンビは人類を浄化し、最後には自らを老ぼれに対峙したウサギのように犠牲となり確かな死を迎える。
そのある意味での救世主たちの住処である此処を荒らすのは、些か不敬に当たるかも知れないが、生きるためなのだ。
「全員いるか確認してくださぁい。確認出来次第散開して目的地へ向かってくださぁい。」
そうして役目を終えた彼は船に戻り、我が神国の敬礼を見せ、霧の中へ消えていった。
日の沈むこの国で、日の出る国を救うために墓荒らしをする。
なんて皮肉で美しいことか。
まるで塀の上を容易く走る野生の猫、自然回帰を願い、日々人工物を信仰する人間。それに…
「おい、船酔いの坊主、大丈夫か?ぼーっとしてるぞ?」
……?
「おーい?喰われたいのか?」
気付いた。目の前には顔があった。
しかし生気はない、頬が腐り果てている…死人の顔。
…!しまった、これがゾンビか。
「……!!!」
目の前のゾンビが掴みかかってくる。
それをすんでの所で回避し、逃げ出す。
どうやらここはどこかの民家の様で、あたりに家具が散乱している。
咄嗟に隣の部屋に駆け込み、近くにあった棚で扉を塞いだ。
…すると、扉を叩く音がする。さっきのゾンビがいるようだ。
少し落ち着いて、トランシーバーを思い出す。
彼に連絡しなくては。
トランシーバーを取り出し、操作を思い出す。
「…夜杯さん?いますか?」
少し雑音と吐息が聞こえる。
「…静かに、家の周りを見てみろ。」
言われた通りに、窓から外を見る。
そこには、死の川としか形容できない、大量のゾンビが蠢いていた。
「…これは?」
「…ゾンビは夜、生存者を大まかにだが、探知する。この家周辺にいることが分かっているが、当てもなく立ち尽くしているだけだな…」
唖然とする。こんなに数が多いのか。
窓の外を見ていると、赤子を抱いたゾンビを見つけた。
…既にゾンビとなった様で、赤子には既に目がない。
「…いつまで、こいつらは?」
「朝だ。朝になればこいつらは何処かに『旅に出る』」
「…ただ、どこかに行くだけ、ですよね。」
「…違う。本当に旅に出る。見た目はそうだが…俺はそう思う。」
…話している内容はふざけているが、声は間違いなく真面目なものだった。
どうやら、朝まで此処にいなければならないらしい。
「…夜杯さんはどこに?」
そう言うと、彼は申し訳なさそうに答える。
「…屋根裏だ。」
この男は…!
自分を見捨てたのか?怒りが湧いてくる。
「でもな、坊主だって悪いぞ。俺が何度呼びかけても答えやしねえ。それに助かったんだからいいだろ?」
「はあ…そうですか…」
たしかにここに来るまでの記憶が殆どない。
「船酔いがそこまで酷いのか?その辺に薬とかあるんじゃないか?どうせ朝まで暇なんだ。探してみろ。」
…そう言って、彼は連絡を終わらせた。
こんな状況で、薬なんてあるわけが無い。
しかし、することも無いので部屋の捜索をしてみる。
広さは大体7畳ぐらいで、大きなベットとクマのぬいぐるみ、褪せたピンクのカーペットがひかれている。
大きなベットの上に、何かが置かれていた。




