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4.『二人の兄』

 






 馬車に二人で向かいに座ると、沈黙が落ちた。


 姉さんを見ると、窓から外を眺めている。

 僕といるときはいつも和らいだ顔を見せる彼女だが、今日は唇を引き結び遠くを睨むように見据えていた。

 夕暮れ前の金色の光に照らされた横顔に、何を思っているんだろうかと思いを巡らせるが、何もわかりはしなかった。


 無言の馬車の中で、僕は姉さんが見つめる先の街中を一緒に見つめる。


 子どもたちが数人、馬車の脇を笑顔で走り去り、その後ろを小さな男の子が待ってお姉ちゃん、と追いかけていく。二人が並び、その足元に重なった影が落ちた。その様子に、幼い僕が姉さんの背を追った姿が呼び覚まされ、あの頃へと思いを馳せる。





 **********





「姉さん、どこ行くの?」


「わぁぁぁぁ、しーしーしー!」


 こそこそと裏口から外を覗いているエレナ姉さんに声をかけると、びくりと肩を跳ねさせて僕の口を塞ぐ。その手をそっと取り、僕は困った姉さんに小声で話しかけた。


「姉さん、残念だけど、姉さんの方が声が大きいよ。」


 しーっと唇に人差し指を当てて言うと、姉さんはすぐに顔を赤くする。


「そ、そっか。えと、ハル、私ちょっと出かけてくるね。」


「出かけるって、こんな裏口から?しかも、午後はドレスの採寸があるって言われていませんでしたっけ?」


 数日前にメアリがそう言っていたので聞くと、姉さんは小さく咳払いして僕の肩に手を置く。


「いい、ハル。ドレスなんてなくても死なないわ。」


「そう言う問題ではないことは、きっと姉さんもわかっていると思いますが。また、脱走されるんですね?」


 そう尋ねると姉さんはぎくりと肩を跳ねさせて動揺する。


「うっ。ごめん、ハル!見逃して~!」


「僕も行きます。」


「……え?」


 姉さんは、怒られてもめげずに何度も屋敷を抜け出しては、街に出ているようだった。僕が別の教師に教わっているときに限って彼女は抜け出すので、いつもついていきたいと思うのに行けず歯がゆかった。このチャンスを前に、僕は少し強硬手段に出る。


「連れて行ってくださらないなら、大騒ぎします。」


「脅された!でもそんなハルも可愛い。」


「姉さん、可愛いは禁止って言いましたよね。」


 姉さんは事あるごとに僕のことを可愛いと言うけど、男としてのプライドがあり僕は頬を膨らませてそっぽを向く。


「ああ、頬っぺた膨らませるのも可愛、いえ。なんでもないわ。それはさて置いて。危ないことがあるかもしれないしなぁ。」


 可愛い、と言いかけた姉さんをじろりと睨みつけると、彼女は咳ばらいして目線を逸らす。


「危ないならなおさら、僕が姉さんを守ります。」


 本気で言ったつもりなのに、姉さんは唇を震わせてにまにまとしていた。


「もう!僕は本気で!」


「知っているよ。ちがうの、守ってくれるなんてお姉ちゃん嬉しくてつい頬が緩んじゃったの。ありがとうね、すごく嬉しい。でも、」


 そこまで姉さんが言ったところで、キィと扉が開く音がした。


「あら?扉が開いている?誰か開けっ放しにしたのかしら。危ないわね。」


 扉の陰で、僕は姉さんに口を押えられていた。

 メイドが裏口からきょろきょろと見回すがちょうど扉の死角となった場所で僕らは見えなかったようだ。

 ぱたん、と閉じられた後で姉さんはほーっと安堵の息を吐く。

 僕から手を放すと、姉さんはちょっと困ったように笑った。


「お姉ちゃんとしては弟を非行に誘うのは心苦しいんだけど、本当に行く?」


 非行と言い切る姉さんにちょっとだけ呆れるが、尋ねられ二つ返事で頷く。


「行きたい。」


「わかった。じゃあお姉ちゃんからは絶対はぐれないように。そして、その服は高そうだから、上脱いでこれ羽織って。」


 よれよれの上着を渡されて、素直に羽織る。


「じゃあ、行こうか。足が痛くなったりしたら言うんだよ。今度、歩きやすい靴も作ろうか。」


 30分ほど細い道を抜けて歩いていく。すると、急にがやがやとした明るい街中に出た。その活気に少し気圧されて、けど見たことのないものがたくさん並んでいる露店に目が釘付けになってきょろきょろと見回す。


「迷子になるわよ。」


 そっと手を握られて僕は子どもじゃないのに、と思いつつ姉さんと手を繋ぐ。

 姉さんは慣れたように堂々と街中を歩いていく。時折、『お、エルちゃん久しぶり』なんて声をかけられては挨拶を返している姉さんに、人気者ですごいなぁと内心で感嘆する。


「街中ではエルって名乗っているの。だから、ハルも今日はそう呼んでね。さて。なにか食べる?あの棒に刺さったお肉も美味しいし、果物も面白いものもあるし、あのお菓子も素朴だけど美味しいよ。」


 姉さんが教えてくれる美味しそうな食べ物の露店に目移りしながら見ていると、


「よう、エル。」


 と、姉さんと同い年くらいの男の子二人に声をかけられた。


「こんにちは、ユーリ、ライ。」


「こんにちは。なんか、くっついている。」


「くっついている言い方もうちょっとなんとかならない、ユーリ。私の愛しの弟のハルよ。ハル、こちらはユーリとライ。お友達よ。」


 ユーリと紹介された彼は、白銀の髪にアメジストの瞳をしていた。印象的なのは、病的な目の下の(くま)と、まさに死んだ魚の目っていう表現がぴったりの虚ろな瞳だった。

 ライと言われた彼は、金に近い茶色い髪をつんつんに立たせ、赤い瞳は力強く見開かれ、いかにも活発そうな印象があった。


「えと、エレじゃない、エル姉さんがいつもお世話になっております。弟のハルです。ユーリ様、ライ様、どうぞよろしくお願いいたします。」


 べこり、と頭を下げてから二人を見るとポカンとしていて、僕はなにかやらかしてしまったのかと慌てた。


「す、すみません、なにか失礼なことを言ってしまいましたか?」


 そう尋ねると更に怪訝な顔をされた。


「なぁ、弟とか嘘だろう、エル。」


 ライ様が姉さんに向けてそう言う。やはり姉さんの弟には見えないよね、と悲しくなって俯くと、ユーリ様がすかさず声をかけてくれた。


「ああ、ちがうよハル。君はなにも悪いことはしていないし、ライも悪い意味で言ったんじゃないんだ。ただ、あの傍若無人無礼千万奔放自在なエルの弟が、まさかこんな礼儀正しいとは……と驚いているんだけなんだよ。」


 ライ様もそうそうと首を縦に振る。

 ……えっと。

 普通に挨拶しただけでそこまで驚かれるって……。姉さん、いったい貴方はどんな目で見られているんでしょう。

 姉さんを見ると、明後日の方向を見て下手くそな口笛を吹いていた。

 姉さん、いつだったか、清く正しく美しい姉さんを目指すって言っていませんでしたっけ……?


「それと、様付けなんて要らないよ。ユーリと呼び捨てでいいよ。」


「いえ、そんな不敬な真似は……。」


 顔に似合わずと言ったら失礼なのはわかってはいるんだけど、その柔らかで洗練された物腰を見ていると、貴族、しかもきっと伯爵か侯爵位の方なのではないかな、と憶測ができた。たとえ僕が侯爵家の養子とはいえ、呼び捨てにするのは(はばか)られた。


「……ふーん。お前、見所あるな。」


 そう、ライ様が呟きながら、肩を組まれてニヤリと笑う。


「この街中で子供が様付けなんてしてたら怪しまれるんだよ。」


 ぼそり、とそう言われて気が回らない自分を恥じる。


「すみません。えと、それではあの、ユーリ兄さん、ライ兄さんとお呼びしてもいいですか?」


 そう首を傾げて尋ねると、三人ともすごい顔をして固まった。また、なにかしでかしてしまったんだろうか……。


「うちの弟がまじで天使な件。」


「おま、やっぱり嘘だろう、弟なんて。お前にこんな純粋で可愛い弟いるわけねぇって。」


「どこで手籠めにしてきたの、エル。誘拐は犯罪だよ?たとえ侯爵家だからって僕は容赦しないからね?」


 ぼそぼそと僕に聞こえないように円陣を組んで話をする彼らに疎外感を感じる。

 しばらくぼそぼそと話していた彼らだが、数分して、『それでいこう』と皆で頷いて僕の方に振り向く。


「こほん。えー、街中ではそれぞれ兄ちゃん、姉ちゃんと呼ぶように。言ってみ。」


 ライ様からの急な申し出に戸惑って姉さんに助けを求めようとしたが、彼女はもじもじとしながら期待を込めた目でちら、ちら、と僕を見ていた。

 これは、助けてもらえなさそうである。


「え、え、えーと、えーと。ユーリ兄ちゃん、ライ兄ちゃん、エルお姉ちゃんってことですか?」


 そう言うとまた三者三様に明後日の方向を向いて固まった。


「破壊力。」


 姉さん、どうしたの?なんなの?


「オーケー、これが弟。」


 ライ兄ちゃんが何にかわからないけど深く深く納得した声を出す。

 え?なにがオーケーなの?


「優先順位もきちんと考えているし。こんな弟ほしいなぁ。君、僕のとこの養子になって、僕の弟にならない?国も取れるよ?」


 ユーリ兄ちゃんが訳の分からないことを言い出しながら僕の手を握る。後退ると、他二人がすぱんといい音をさせて彼の頭を打った。


「ちょっと、僕にそんなことしていいと思っているの?」


「ここでは貴方はただのユーリでしょう!ほほほ、気にしないでね、ハル。ちょっとこの人たち変なの。」


 ああ、類は友を呼ぶ感じですね。そう、声には出さずに心で呟く。


「……なぁ俺さ、割と本気で弟の性格で顔がエルの女の子が欲しいな。」


「……天は二物を与えずってね。揃っているのは僕くらいだよ。」


「お前に与えられた環境を考えるとなにも羨ましくない。」


「羨んでよ。僕だってぶっちゃけると要らないけど、せめて羨まれていると思いたいじゃないか。」


 そんな雑談が聞こえてくる。ええーと。


「まぁ、とにかくお前は今日から仲間だ。」


 困っていると、ライ兄ちゃんから肩を組まれた。その言葉に、僕は嬉しくて


「ありがとうございます、あの、すごく嬉しい、です。いろいろご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。」


 そう心からの笑顔で言うと、彼らは手で顔を覆ってよろめく。


「純真なんてものは母のお腹に置き忘れてきた僕らみたいな穢れた人間には眩しすぎるね。なんか浄化されて干からびそう。」


 ユーリ兄ちゃんが隣に立っていた姉さんの肩に手を置き、死んだ魚の目を更に真っ昏にしてそう呟く。


「確かに。いやでも、天使を見られるんだし干からびてもいいっていうか。いやでも浄化されたら一緒にいられなくなるしなぁ。」


「お前、これ諸刃の剣じゃねえかよ。ふざけるなよ。どんな最終兵器だよ。俺にくれ。」


「ライこそふざけるな。嫌に決まっているでしょうが。私の弟よ。」


 ライ兄ちゃんも隣の姉さんの肩を掴んで前後に揺さぶっていたが、言い終えるとその手を姉さんに力強く叩かれて払われた。


 三人が言うことはよく分からない僕は、またしても戸惑って何も言えずにいる。






 **********






 しばらくすると落ち着いたのか、姉さんとユーリ兄ちゃんは言い争いとも見えるほど真剣に話し合いながら、街中を歩いていく。その後ろを、呑気そうに歩くライ兄ちゃんと横に並んで僕は歩いていた。


「いつも、ああなんですか?」


 あんな姉さんは知らない。屋敷の中での穏やかな空気を纏って美しい花のように笑う姉さんしか知らない僕は驚く。


「ああ、二人で街に出るといつもああだな。言っちまうけど、俺はユーリの護衛なんだ。あいつが無理を言ってまで街に出るのはエルのためなんだよなぁ。」


「姉さん……、エルお姉ちゃんのため?」


「ああ。エルは、あの年にしては賢い。そして、年関係なく、常識にとらわれない見方ができる。それはユーリにとって貴重なんだよ。お世辞もおべっかも要らない、単純な事実を伝えてくれてちゃんと討論と検討ができる相手。お、あれ!あれ美味いんだよ!食べようぜ!」


 グイっと腕をとられて、彼のおすすめの屋台へと連れていかれる。その間にも、姉さんとユーリ兄ちゃんは議論を交わしながらどんどんと歩を進めていった。

 その距離に僕は姉さんを初めて遠く感じた。


 一日間歩き回った後で、街の外れの森の入口へとたどり着いた。

 皮の靴が擦れて途中から足がずきずきと痛んだが、それでも姉さんに迷惑をかけたくなくて言い出せずにいた。


「少し休憩だ。」


 そうライ兄ちゃんが言う言葉に、ほっとする。


「ハル、お前剣術に興味は?」


「あります!」


 ライ兄ちゃんに問われそう食い気味で返事をすると、ライ兄ちゃんは頭を撫でてくれた。

 ふと視界に寄り添って座るユーリ兄ちゃんと姉さんが見えた。ユーリ兄ちゃんが、姉さんの肩に頭を預けている。


「おっと。お前はこっち」


 ライ兄ちゃんに腕を取られて、姉さんたちから離されていく。


「お前の姉ちゃん取って悪いけどさ。ちょっと事情があるんだ。」


「いえ。」


 少しだけ姉さんが他の人にくっつかれているのを見て湧いてきた嫉妬の気持ちを見透かされたようで、我ながら姉さんっこすぎだなぁなんて恥ずかしくなる。


「なぁ、お前これからもエルと来るのか?」


「できれば来たいです。」


「そうか。なら、これから俺が剣術教えてやるよ。今日のところは軽くな。」


 木の枝を拾って投げられる。しばらく、木の枝で剣の真似事をしたけれど、足の痛みも加わり、軽くあしらわれてすぐに息が切れた。


「はは。まずは体力作りからかな。」


「は、い。」


 息も切れ切れで、なんとか返事をする。

 ウェストリンド侯爵家に引き取られて、姉さんと駆けまわっていたから自分の中では体力はある方だと思っていたけれど、ライ兄ちゃんに比べるとまったくなかった。

 その後も、ライ兄ちゃんが普段からどんな運動をしているのか、剣術をするなら何が必要かなどを聞いていたら小一時間は軽く過ぎていた。


「ハル、ライ。」


 姉さんに声をかけられる。ライ兄ちゃんが、さっと立ち上がってユーリ兄ちゃんに駆け寄って声をかけた。


「もういいのか?」


「うん。だいぶまし。」


「そうか。ありがとな、エル。」


「私は別になんにもしてないもの。本読んでいるだけ。さて、ハル。今日のところは帰ろうか。」


 そう風に髪の毛をなびかせた姉さんが微笑む。


「はい。」


「ハル、君、足どうかした?」


 立ち上がって姉さんの元へと歩き出すと、そうユーリ兄ちゃんに指摘された。


「歩き方が変。庇っているみたい。靴、脱いで。」


「いえ、大丈夫です。なんでもないです。」


 誤魔化そうとしたけれど、結局三人に囲まれて靴を脱がされた。


「これはだいぶ無理してたな。」


 痛むとは思っていたけど、血豆ができた上に、あちこち擦れて血が出ていた。


「ごめんね!お姉ちゃんがもっと気にしてあげていたら!」


「エレナお姉ちゃん、そんな気にしないで!」


 水をかけてもらって、僕が断るのも聞かずに姉さんがハンカチを割いて巻いてくれる。


「ライ、君、背負ってあげなよ。」


「いえ!そんな悪いです!大丈夫です!」


 ユーリ兄ちゃんのその提案にぶんぶんと首を振る。


「よし、なら二択だ。お姫様だっことおんぶ、どっちがいい?」


「エレナお姉ちゃんにおんぶされるも選択肢に入れてあげよう。」


 なんなの、その選びようのない選択肢は。

 そして、よっぽどエレナお姉ちゃんて呼ばれるのが嬉しかったのかな。


「……ライ兄ちゃんおんぶしてください。」


「よし!」


 ぺこりとライ兄ちゃんに頭を下げると、姉さんが残念そうな顔をした。

 ライ兄ちゃんの背中に背負われると、その両端にユーリ兄ちゃんと姉さんが並んで歩き出す。


 夕暮れ時に、影が伸びる。


 三人ははしゃぎながら、来た道を戻り街中を抜けていく。

 僕はその声をライ兄ちゃんの背で聞きながら今日歩いた街を見回す。

 夕餉の香りが、どこからともなく漂う。幼い子供が、母の元へと駆け寄る。露店が店じまいをして、代わりに酒場と思しき店が活気を得ていた。


「ハル、大丈夫?」

「大丈夫かい?」

「治ったらまた遊ぼうな。」


 時折、姉さんたちが僕を気にかけて声をかけてくれる。


 優しい人たちに囲まれて、嬉しくて、心がくすぐったい。

 照れてライ兄ちゃんの背に顔を埋めると、くすくすと皆が笑う。



 家にたどり着くと、待ち受けていた父様と母様から、抜け出したことをひどく怒られた。

 反省していますと深々と頭を下げた姉さんが、父様たち隙を見て僕に向けてぺろっと舌を出してみせる。全く反省はしていないみたいだ。

 僕も真似して、反省しています、と深々と頭を下げた。反省はするけど、絶対にまた抜け出そうと心に決めて。







 それからは、驚くほど頻繁に来る姉さんからの脱走の誘いに乗っては街へと抜け出した。

 そして、僕はユーリ兄ちゃんとライ兄ちゃんに懐いて本当の兄のように慕った。


 ライ兄ちゃんから剣術を習うようになり、いつも会うと1、2時間稽古をつけてもらっていた。

 僕らが稽古している間、姉さんとユーリ兄ちゃんはいつだって寄り添っていた。姉さんの肩にユーリ兄さんが頭をもたれていたり、互いに背を預け合い安らいでいたりした。



『寝られないんだよ、あいつ。』

 そうライ兄ちゃんが教えてくれた。


『目の下の隈、ひどいだろ?家でもどこでも、あんまり寝られないんだ。けど、なんでか不思議とエルが近くにいるとぐっすり寝られるらしい。こんな小一時間じゃあ全然足りないんだけ、それでもましだからな。』


 そんな事情を聞いてからも、二人がくっついているのを見ると僕はいつももやっとした。

 ずっと僕だけの姉さんだったから、とられるようで悔しいのかな。そんな子供のような独占欲を情けないと反省して二人から目を逸らす。







 ユーリ兄ちゃんが、王太子であるユリウス殿下で、ライ兄ちゃんはその側近のライナス様だと知ったのは、王宮で催された殿下の誕生日パーティーの日だった。

 見慣れたアメジストの瞳、病的な目の下の隈は化粧をはたいたのか少しだけ薄まり、けどいつも通り死んだ魚の目をしたユリウス殿下は、その白銀の髪に重そうな王冠を被せ、これまた重そうなマントを忌々し気に翻して凛然と壇上を歩いていた。

 その後ろを、ライ兄ちゃん、いや側近であらせられるライナス様が見たこともない厳粛な態度で殿下へと付き従う。


 僕は呆気にとられ、ぽかんと大きく口を開けてその様子を見ていた。目が合うと、彼らは僕に向けて微かに頬を緩ませて見せた。

 姉さんは知っていたらしく、僕が驚いた様を見て『どっきり大成功ね!』と歯を見せ笑った。










お読みいただきありがとうございます!

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