保護したいだけなんだが
「ムツミさんはあのままでよかったのですかぁ?」
俺とキサは模擬戦場へ向かっていた。
模擬戦場へ近づくにつれ地響きは大きくなっていく。
「おまえの部下が見ているんだから、信用しているんだよ」
ムツミは今、キサの部下が様子を見てもらっている。容体に変化があったら連絡してもらう手はずになっている。
とういうか、廊下には部下の人数が少なくとも二十人はいたぞ。
あれだと抵抗していたらすぐに捕らえられていたな。
「初対面の人によく任せますねぇ」
「そんなことを言ったら、キリがない……つーか、何もしないだろ?」
「はい、統王の指示ですしぃ」
キサはうなずいて肯定する。
しかし逆に言えば、指示が変わったら対応が変わるってことだ。
そこは気に留めるべきことだな。
けどまぁ、今のところは大丈夫だろう。
そんな気がする。
「それよりもナナミは殺されないだろうな?」
「タケはそこまで頭は悪くないですよぉ……たぶん」
「たぶんってなんだよ!?」
キサのおっとりとした口調のせいで緊張感がまったくない。
今の状況を理解しているのか?
頭の中ではさっきからナナミが攻撃されている通知が鳴り止まない。
「死ぬことはないですよぉ。私がいますしぃ」
「……大怪我している前提で話すな!」
模擬戦場にたどり着いた。俺はオハバリを片手にドアを開け、中に入る。
「なっ」
そこは異様な光景が広がっていた。
模擬戦場は地面が抉れ、壁もボロボロになっていた。
少し前に俺がいた場所とは到底思えない。
そしてその中心に二つの人影。
一人はナナミ。もう一人はキサが言っていたタケ、という人物なのだろう。
鋭い目付きに赤い短髪。いかにも体育会系、という雰囲気。
その赤髪の男の前にナナミが剣を突き立て、膝をついていた。
彼女は満身創痍だった。体は傷だらけ、荒い呼吸をしている。
「タケぇ、何しているのぉ?」
「おっ、キサか?」
手にしていた大剣を肩に担ぎ、俺とキサのほうを向く。
そして俺を睨んだ。
なんだか嫌な予感。
「って、誰だぁそいつは?」
「セタナオヤ。イジンだってぇ」
「ちょ」
思わずキサのほうを見た。
それを言ったらタケもキサと同様――
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が発動しました。
案の定アラートが鳴った。俺はタケのほうを見る。
「っ!」
鬼の形相のタケが目の前にいた。彼の右手には振り下ろされている大剣が……
――漢字「突」「風」「自」「横」を検知しました。
とっさに漢字を頭に思い浮かべ発動。突風に見舞われた俺は横へと吹き飛ばされる。
数回転しタイミングよく体を起こし、オハバリをタケに向けて構え直す。彼は大剣で地面を抉らせ、視線は俺のほうに向けていた。
「あの、タケさん? 俺はイジンだけど、思っているイジンとは異なるというか……」
「知らん。とりあえずは捕らえろって統王からの指示に従っているだけだ」
「人相が違うはずだけど?」
「そこまで覚えていない」
「……キサ」
「はいぃ」
キサに声をかけると意図を察したのか、彼女は俺とタケの間に立つ。
「セタナオヤは敵ではないですぅ」
「本当か?」
「人相も特徴も全然違いますぅ」
「……分かった」
タケはキサのことを信用しているらしい。大剣から手を離すと、武器を霧散させる。
「なに、余所見しているのよっ」
タケが気を抜き武器を格納したことを見計らって、ナナミがタケに攻撃を仕掛けた。
完全な不意打ちだったナナミの行動にタケは反応できていない。
「ナナミっ、止めろ!」
俺はすぐさま指示を出す。タケの首元でフルンティングの刃は動きを止めた。
タケはすぐに距離を取り、大剣を顕現させる。
一方でナナミは止められたせいで、俺を睨んでいる。
「……フルンティングを収めろ」
「どうして! こいつは私とムツミを研究所に連れてきた張本人の部下よ!」
「その統王は弑されたってこいつ――キサから聞いた」
「信用できないわ!」
……それはそうか。
国に利用されたナナミにとって、すべてが敵に見える。
だけどそれだと話が進まない。
だからといって俺がナナミを説得するための材料を持っているわけでもない。
「俺たちはナナミを保護したいだけなんだけどなぁ」
改めて大剣を構え直したタケ。俺はため息しか出ない。
「ナナミ」
「早く拘束を解きなさい!」
「今の状態じゃ無理だ」
拘束を解けばタケに攻撃を仕掛けるのは明確。話がさらにこじれる。
「俺たちはナナミを保護したいだけなんだけどなぁ」
頬を掻いて戸惑いの表情をするタケ。
「統王からの指示だし、守らないと怒られるんだよな」
「ナナミにちゃんと説明したのか?」
「自己紹介をしただけだけど?」
「どんなふうに?」
するとタケは大剣の剣先を俺に向けた。
「「統王の直属部隊隊長タケだ。ナナミだな? 貴様を保護しに来た」って感じだ」
それは自己紹介じゃなくて、宣戦布告だ。
「……キサ」
「はいぃ」
俺が声をかけると、意図を察したキサがナナミへ一歩近づく。
「ナナミ様ぁ、あなたを研究所に連れてきた統王は死にましたぁ」
「信じることができると思っているの?」
「言葉だけでは無理ですよねぇ」
ナナミの返しにキサは肯定する。
おい、同意したら駄目だろ。
「それじゃあ、同行をお願いしますぅ」
「同行?」
「統王との謁見ですぅ」
「だから……」
「謁見の際、魔剣の帯刀も許可しますよぉ」
「は?」
さすがにナナミも目を丸くしている。
一国の王の謁見の際の帯刀許可。
言い換えれば、ナナミが不信に思えば抜刀して、統王に害を加えても構わないということ。
「……本当でしょうね?」
「はいぃ。統王には許可を貰いましたよぉ」
そう言いながらキサは空中に何やら表示させる。
どうやら文書のようだ。
内容は謁見を求め、承認されたもの。右下には直筆のサインと押印があった。
この短時間によく承認してもらったな。
「これでいいですかぁ?」
「……わかったわ」
不服はないらしく、ナナミはうなずく。
微かに笑みを浮かべたのは見間違いだと思いたい。
「あとはぁ……あそこに転がっているのはナギですかぁ?」
模擬戦場の片隅、倒れている男を指差す。
ナナミとタケの戦闘に巻き込まれていたのか、ボロボロになっていた。
「そうだ」
「あれはこちらで回収しますねぇ」
「わかった」
ナナミが凄みを利かせて俺を睨むが無視。
所長に対してすることはすべてやったんだ。引き渡しても問題ない。
俺がうなずくのを見たタケが所長を担ぎ、そのまま模擬戦場から出ていった。
「あのぅ、他の部隊に連絡しないといけないのでぇ、待っていてもらえますかぁ?」
「あ、ああ」
「ではぁ、少し待っていてくださいぃ」
キサも模擬戦場から出ていく。この場所に残ったのは俺とナナミのみ。
とりあえず、誰もいなくなったし、ナナミの拘束を解くか。
拘束を解かれたナナミはフルンティングを格納し、俺のもとに来る。
「ナオヤ」
「所長のことはいいだろ?」
「別に。私もムツミも解放されているから構わないわ……少し不満はあるけど」
ナナミは深くため息を吐いて、俺をじっと見る。
「どうした?」
「この後のこと、全部ナオヤに任せてもいい? 私、ちょっと疲れた……」
「え……お、おいっ」
俺のほうへ倒れるナナミ。俺は慌てて彼女を抱きとめる。
彼女は静かに寝息を立てていた。
緊張の糸が切れたのか。
(それもそうか)
分からなくもない。
所長から解放されたと思ったら統王の部下を名乗る人物が現れ、息つく暇もなかった。
ナナミにとって所長がいなくなり、敵視する相手がいないこの瞬間、気が抜けてしまったのだろう。
今はゆっくり寝かせておこうか。





