魔法
「さて案内すると言ったけど、少し待ってくれる?」
所長室を出てすぐにナナミが言った。
一体どうしたのだろう。
俺は待つ理由を少し考え、口を開く。
「川に沈めた肉か?」
「……よく分かったわね」
当たりだったらしい。
「先に解体をしにいくのか? 俺は構わないけど」
「別の人に頼むわ」
そういえばこの研究所は三人いるんだったっけ。
ナナミとナギ所長ともう一人。
立場でいうと所長一人に助手が二人かな。
どういう人物なのか考えている間、ナナミはメニュー画面を展開し、俺が見たことのない画面を表示させた。
背後から画面を覗くと「Calling」と表示されていた。
通話機能も搭載されているのか。
「追加機能よ。セタさんも入れる? 通話やデータのやり取りができるから便利よ」
興味津々に覗いていた俺にナナミは説明する。
「追加できるのか?」
「簡単よ。後で教えてあげる」
通話とかできたら便利だよな。
まだ今の機能を全て扱いきれていないのに追加するのはどうかと思うけど。
「呼びましたか?」
しばらく呼び出しが続いたあと画面が切り替わり、一人の少女の顔が表示された。
ぱっと見た感じは中学生くらいか。
たまに画面が揺れて、何かを切っている音がしている。
「ムツミ、今大丈夫?」
「全然暇ではないです」
「何をしているの?」
「肉の解体です」
切っている音は肉を解体している音だったのか。
「……その肉って、もしかして川に沈んでいたやつ?」
「よくご存知で」
俺とナナミは顔を見合わせる。
ムツミ、という少女は川で俺たちが持ち帰った肉の解体作業をしているようだ。
俺はナナミが伝えようとしていた内容を先にしていたから説明の手間が減ったと思ったけど、ナナミはそう感じなかったらしい。
彼女は顔をしかめている。
「それ私の肉よ」
「目を離したことが悪いです。この肉は私のものです」
どうやらムツミはナナミの肉を横取りしたらしい。
「色々大変だったのよ」
「知りません」
取りつく島もない返答。
横取りされて不満なのかナナミは頬を膨らませている。
それを見たムツミははぁ、とため息を吐いた。
「冗談です。銭湯の件で大変だったことも把握しています。もちろん肉も横取りしません」
「だったら、今のやり取りは何のためにしたの?」
「暇でしたので。解体は単純作業なので退屈なのですよ」
「……」
「それで何の用でしょうか。肉の解体ならすでにやっていますが」
「その肉を解体したら調理場に持ってきて。御飯を作りましょ」
「ナナミは料理が下手なので結構です。ナナミは後ろにいる人の案内をしてください」
そういうと通信が切れた。「Disconnected」と画面に表示されている。ムツミが接続を切ったようだ。
もしかして彼女はナナミが料理が下手だから、先回りして肉の解体、料理をしようとしていたんじゃないか?
そんな考えが俺の頭に浮かぶ。
「……」
一方でやり取りを終えたナナミはがっくりと肩を落としている。
哀愁が漂っているな。
どう声をかけようか。
「ナナミ、料理が下手なのは仕方がない。練習あるのみ……って痛えっ!」
思い切り殴られた。
「黙りなさい。セタさんで料理の練習をするわよ」
「ご、ごめん」
刀を抜きながら睨まれたのですぐに謝る。
料理が下手なことを指摘するのはタブーのようだ。
「はぁ」
刀を鞘に収め、ナナミはため息を吐いた。
「研究所内を案内するわ。ついてきて」
「調理場じゃないだろうな」
「……死にたいの?」
すぐに首を横に振って否定する。ナナミはもう一度ため息を吐いて通路を進んでいく。
「まずは研究室と実験室ね」
研究所の出入り口に戻るように進み、二つ扉が並んだ場所で立ち止まる。それぞれ「ケンキュウシツ」「ジッケンシツ」とネームプレートに書かれている。
その二つの扉のうち「ケンキュウシツ」と書かれた方へと入る。
中は綺麗に整理された本棚や机、そして机の上には液体の入った小瓶が並べてあって、ノートパソコンらしきものもある。
「研究室では主に過去の文献の調査や実験結果を整理する場所。ここで研究したことを実験する時は隣の実験室へ移動するわ」
「ここでは何の研究をしているんだ?」
「魔剣及び魔法の研究よ」
「だからナナミは魔剣について詳しかったのか」
納得。
「セタさんの世界には魔剣はないの?」
「魔剣も魔法もないな」
生活水準はこの世界と地球でどちらが高いのだろう。
机の上にあるノートパソコンらしきものを見ると、技術は地球と同レベルか。そうなると魔法がある分、地球よりも生活水準は高い気がする。
「不思議な世界ね、セタさんのいた世界は」
「そうかもしれないな」
ナナミからすれば魔剣も魔法もない世界は信じることはできないだろうな。
「そういえば、魔法について教えてくれないか?」
「いいわよ」
そう言ってナナミが壁を叩く。すると壁に紋様が走り、ホワイトボードのようなものが浮かび上がった。
そこにナナミは何やら文字を書いていく。
えっと「マホウについて」と書いているな。
「まずこの文字は読める?」
書いた文字を指さして尋ねられる。
「読みにくいけど、なんとか」
「平仮名とカタカナは知っているんだ」
「俺の世界にも同じ言葉があるからな。というか俺の使っていた言語」
「そうなんだ」
「あと漢字もある」
ナナミが目を丸くした。
「漢字をかくことができるの?」
「できるけど、それがどうした?」
「魔法を使うために漢字が必要なの」
魔法に漢字が必要?
「漢字の起源はものの形をかたどって描かれた文字ーー象形文字とされている」
首を傾げているとナナミが説明をしてくれる。
「漢字には特定の意味が宿っていることは知っている?」
「少し知っている……もしかして水や火という漢字をかけば、魔法が使えるのか?」
「惜しいわね。その漢字をミズカネを用いて描き、魔力を込めることで魔法が使えるの」
「ミズカネ?」
ナナミは机の上にあった小瓶を手に取り、蓋を開く。そして小瓶を傾け、机の上に中身を出す。
中身は黒く光沢のある液体だった。
「これがミズカネ。液体の金属」
「水銀か」
「みたいなものね。名前もそこから取ってきているし」
手袋をしてミズカネを指で何やら描いていく。
「何の魔法か分かる?」
出来上がった紋様を俺に見せる。
俺はその紋様を見る。漢字が五文字描かれていた。
水範囲十糎
最後の漢字は分からないけど恐らく……
「水の魔法か?」
「正解」
そう言いナナミは紋様に手を触れた。
紋様に魔力を込めているのだろう。
彼女が触れた場所から紋様が輝き、半球状の水の塊が出来上がった。
すげぇ。これが魔法か。
「こんな風に漢字を組み合わせ、魔力を込めることで魔法ができるのよ」
「簡単にできそうだな」
机に広がっているミズカネを指で触る。
冷たい、少し粘着のある水みたいだ。
俺の行動を見て、ナナミは血相を変えていた。
「ちょっと、どうして素手で触るのよ!」
「え、ダメなの?」
「ミズカネは皮膚に浸透しやすい上に毒性が強いの。最悪触れたところから壊死してしまうわ」
「まじか」
危険なことを言われたのでミズカネから手を離す。黒く濡れている指を見る。
壊死してしまうとか本当に嫌だぞ。
――強い毒性を感知しました。特殊能力「毒耐性UP(特大)」所持のため影響はありません
……どうやら影響はないようだ。
「大丈夫らしい」
「そうなの?」
「特殊能力で「毒耐性UP(特大)」を持っているから毒の影響が出ないらしい」
「……そう」
ほっ、と息を吐くナナミ。
俺も一安心だ。
事後だけど。
「けど人前では素手でしないほうが良いわよ。心臓に悪いわ」
そうだな。下手に心配かけても仕方がないし。
俺はナナミにうなずく。
「それで何を描こうとしていたの?」
「ナナミが描いた紋様を真似してみようかと」
俺も魔法を使ってみたい。
「なるほど」
ナナミも納得したようだ。俺はナナミと同じ漢字を描き、魔力を込める。
するとナナミと同じ魔法を使うことができた。
これが魔法か。
本や映画の中でしか見たことがなかったことが自分の手でできるのは、何だか感慨深いな。