マニュピレータの破壊、そして助けに…
「所長のことは置いといて……セタ。聞きたいことがある」
改まった口調でフルンティングは俺を見る。
「なんだ?」
「貴様がなぜ私たちを所長から解放しようとしているのか、教えろ」
なぜ俺がナナミたちを助けたいのか。
(よく考えれば、成り行きに近いんだよな)
ナナミやムツミの過去を知り、そしてムツミに頼まれたから助けようとしている。
俺が率先して助けようと考えていたわけではない。
「……俺はナナミやムツミの過去を知った」
「どんな過去だ?」
「フルンティング――お前に乗っ取られ、住民を殺してしまったことだ」
その現実を変えることはできない。どんなに足掻いてもその過去をなかったことにはできない。
(だけど)
一呼吸入れる。
「その後が俺は理解できない」
魔剣の研究と称して所長に管理され、フヨウに転送された罪人を殺し、魔剣を集める。
そしてフルンティングに乗っ取られないよう、毒性のあるミズカネを用いた精神剤の飲んでいる。
少しでも苦しんでいる状況を減らしたい。
「可哀そうだから救いたいのか?」
「……そうだ」
「だったら、所長を殺せ。それが一番簡単で手っ取り早い手段だ」
「……殺すことは、できない。どうにかして所長から魔剣を奪い、ナナミやムツミを「支配」から解放させたいんだ」
「所長を殺さなければ、マニュピレータの所有権は所長のままだぞ?」
「分かっている。だけど俺はオハバリを持っている」
俺は握っているオハバリを突き出す。
「オハバリでマニュピレータを破壊すれば、ナナミとムツミは解放されるだろ?」
「……ふむ。助けるために他の誰かを犠牲にする覚悟はできていないが、オハバリを持ち、するべきことは理解しているのか」
「まあな」
「オハバリの所有者らしい考え方だな」
聞きたいことが聞けて満足したのか、大きくうなずくフルンティング。
「だったらすることは簡単だ。マニュピレータを破壊しろ」
「……フルンティングに、聞くのもおかしいかもしれないが、支配されたままで破壊しても解放されるのか?」
唯一の心配。俺とムツミが話していた方法は、最低でもナナミの支配から解放されている状態でマニュピレータを破壊することだった。
破壊しても、ナナミとムツミが所長の支配下になったままだと意味がないからな。
「魔剣を初期化、破壊するのがオハバリだ。問題ない。魔剣である我が保証する」
「保証、ねぇ」
異なる魔剣のことが分かるのだろうか。いまいち俺は信用できない。
一方で理由を尋ねても、それを真実だと確認する方法もない。
つまり根拠なしに信じるしかないということ。
「……分かったよ。フルンティング、おまえを信じる」
「では……」
地面に落ちていたマニュピレータを拾い、地面に突き立てる。俺はマニュピレータに近づき、その剣身にオハバリを当てる。
目の端にプログレスバーが表示され、ゲージが増えていく。しばらくして検知率が百パーセントとなった。
――魔剣・マニュピレータを検知しました。魔剣破壊を実行しますか?
オハバリからの通知。俺はうなずき、続行させる。
俺は所長のほうを見る。俺のほうに手を伸ばし「やめろ……」と言っていた。
俺は顔をそむけ、オハバリを握る手に力を込める。
マニュピレータは剣身を分断され、柄を含む上部が断面を滑り、地面に落ちる。
カラン、と乾いた金属音が模擬戦場に鳴り響く。
「これで、終わりか?」
「そうだ。ナナミのステータスにも「ヒシハイ」の文言が消えたそうだ」
呆気ない終わり。俺は落ちたマニュピレータの柄を拾い上げ、じっと見つめながら次にすることを考える。
「なぁ、フルンティング」
「なんだ?」
「魔法の「ダホ」だったか? それで所長を拘束してくれ」
「なぜだ?」
「所長の傷を癒すんだよ。癒した後に攻撃されたら困るからな」
マニュピレータを破壊し、目的は達成した。所長がこのまま死ぬ必要もない。
だったら拘束して治療をすればいい。
(その後のことは……あとで考えよう)
ひとまずは治療が優先。俺の考えに不満そうなフルンティングを睨む。
フルンティングは短く息を吐き、所長を拘束した。
体と足を縛られた所長は地面に転がる。
俺は所長に近づき、オハバリの剣身を彼の体に当てる。
天井を向いている所長の抵抗はない。血を流し過ぎて虚ろな状態のように見えた。
――漢字「治」「療」を検知しました。
すぐに魔法を発動させる。足の腱の傷が癒え斬られた腕からの流血も止まる。
顔色は悪いが、止血したことでこれ以上悪くなることはないだろう。
死ななかったことに一安心。だが、この後に体力が戻り抵抗されても困る。
――漢字「睡」を検知しました。
頭に思い浮かんだ漢字をオハバリが検知する。睡眠魔法。ムツミに発動させた魔法。
あの時より多くの魔力を使って、長い間寝かせるか。
俺は淡々と魔法を発動させる。
しばらくして、所長は寝息を立てて眠り始めた。
「これでひと段落、と」
「……お疲れ様」
振り向く。フルンティング――雰囲気が穏やかになっているし、口調が違うからナナミか――が駆け寄ってくるのが見えた。
「ありがとうね」
「約束を守っただけだ」
本当にそれだけだ。ナナミとムツミを所長の「支配」から解放する、その目的を達成しただけだった。
それ以上でもそれ以下でもない。
俺はオハバリを格納し、じっとナナミを見る。
「どうしたの?」
「さっき――眠らせる前に俺を殺そうとしていたけど、大丈夫なんだよな?」
「……あ-」
思い出したかのようにナナミは頭を掻く。
「当分は大丈夫だと思うわ」
「精神剤を飲んでいないのに?」
「うん。どうしてか精神が安定しているの」
確かに今のナナミは精神剤を飲んだ後の状態に近い。苛々していないし、好戦的でもない。
理由はナナミにも分かっていないらしい。
もしかしたらフルンティングが理由を知っているのかもしれないけど。
聞きたいことではあるけど、優先度は低いか。
俺はすぐに行かなければならない場所がある。
「俺はムツミのところへ行くから」
ナナミの問いに俺は考えていたことを口にする。
「どうして?」
「所長と戦って怪我をしているらしい」
「そうなの? だったらセタが行かないとね」
治療の魔法が使えるのはセタだけだし、と付け加え、ナナミは大きくうなずく。
ナナミは行かないのか?
「私は所長を監視しているわ。「ダホ」で捕縛して寝ているとはいえ、監視は必要でしょ?」
俺の疑問を感じ取ったのか、尋ねる前にナナミが答える。
「頼む」
「任されたわ」
ナナミは胸を叩く。俺はそれを見て、駆け足で模擬戦場の外に出てムツミのいる場所へ急ぐ。





