ナナミ(精神世界)
ここは、どこ?
気が付くと私は白い空間にいた。
足元の感覚はない。ふわふわと浮いているような感じ。
(……そういえば)
過去に似た経験をしたことがあった気がする。
あれはフルンティングを初めて手にし、フルンティングの人格を受け入れた時。
あの時も今と同じような空間にいた。
現実ではない、私の内面――精神の世界。
――やあ、ナナミ。
声がしたほうを向く。そこには「私」がいた。
すぐに誰なのか分かる。彼女はフルンティング。私の持つ魔剣の精神。
「……こんにちは」
――浮かない口調だな。
「どうしてなのか、分かっているでしょ?」
同じ体を共有し、考えが読み取れる彼女が知らないわけがない。
浮かない口調なのは、セタに負けたからではない。賭け事に負けたことよる、私の所有権がセタとムツミにあることだ。
「誰かの管理・支配なんてこれ以上受けたくなかったのに」
――賭けの内容をきちんと見ていなかったナナミが悪い。
「うるさい」
もっともなことを言われ、ため息を吐く。ちゃんと内容を確認してから賭けをすればよかった。
今更になって反省している。
「目覚めたらムツミのところに行って、文句を言うわ」
――そんな状況だったら、言いに行けばいい。
含みを持たせた言い方。フルンティング睨むと、彼女は指先を上空へと向けた。
視線を向ける。そこに大きな画面があって、靄のかかった映像が流れていた。
映像には二本の黒い影。人の形をしている。
これはもしかして私の今の視界?
現状を把握したい。目を凝らしてよく見る。そうすることで映像から靄が少なくなり、見やすくなった。
映っているのはセタと所長。二人は魔剣を構え対峙したまま、動かない。
セタが持っている魔剣はオハバリだということはすぐに分かった。だけど所長が持っている魔剣は見たことがなかった。
――あれはティソーナだ。
「ティソーナ?」
――相手に幻覚を見せる魔剣だ。
通知が届く。詳細を開くとティソーナの文言と剣の画像。その下に説明がある。
〇魔剣名
ティソーナ
〇概要
直線的な剣身に木目状の模様が特徴の魔剣。幻覚・錯覚の魔法が設定されており、相手を混乱させることを得意とする。
またその幻覚・錯覚は相手の視覚的混乱だけではなく、思考にも侵食することができる。
思考に侵食。それができるということは、動きを封じることも可能ということ。
動かないセタを指していることは明確だった。
――幻覚を見せられているセタには所長が見えていない。
「どうすればいい?」
――ナナミが目を覚まし、頬でも思い切りひっぱたくことが一番手っ取り早いだろう。
「じゃあ、早く起こして」
――自然に目を覚ますことしか方法はない。
焦れったい。
早く何とかしたい。
――目を覚ますまで話をしよう。
「……勝手にすれば?」
――つれないな。
苦笑しつつ、フルンティングは頭を掻く。
――セタに負けた理由だがスキル『諦念』が『諦念(無心)』に変わったからだ。
「……そのスキルの内容は?」
――無心が加わったことで思考が単純・短絡的になる。今回は「セタを殺す」というものになり、結果セタに動きを読まれやすくなった。
「それだけ?」
――それだけだ。
そんな単純なことで私は負けてしまったの?
情けないことだと思う。
(まあ、それでも)
その短絡的な思考を突いてセタが私を負かしたことは、彼が成長しているということか。
その点については嬉しいことだけど、少し複雑。
――負けたくなかったのなら、変化させないように心情を落ち着かせるべきだった。
「……過ぎたことよ。考えても仕方ないわ」
彼女のほうを見るのを止め、私の視界が表示されている画面を見る。セタも所長も動かない。セタは所長に思考を蝕まれているから動けない。所長はセタを操っているから動かない、といったところだろう。
私が早く目覚めて、セタを現実に引き戻さないと。
――セタを起こすことが第一に考えているが、その後はどうするのだ?
「どう、とは?」
――貴様は所長に「支配」されている。隙をついてセタを起こすことは可能だと思うが、所長に操られ、セタを殺すのがおちだぞ?
「……それは」
――考えもしていなかったのか……呆れるな。
はぁ、と大きく息を吐く。ムッとなったけど事実だから言い返せない。
「何か対応策はあるの?」
――ある。
フルンティングは自身のメニュー画面を開く。指で何度か触れ、目的の画面を見つけたのか私の目の前に移動させた。
その画面は何の変わりもない、自身の能力を示す画面。私自身の画面と形式は変わらないから違和感も何もない。
だけど見せてきたからには何かあるはず。
彼女に聞いたり、分からないと答えることは駄目。白い目で見られるのがおちだ。
何が書かれているのか見る。身体能力が数値化された値が並んでいた。当たり前だけど、同じ体を共有しているのだから数値は私のものと変わらない。
なぜ見せたのか私は画面を見ながら考える。
「……え」
――気がついたか?
「フルンティングは所長の支配を受けていないの?」
私の画面にはあって、彼女のものにないもの。
それは所長の支配を示す「ヒシハイ」の言葉。体を共有する彼女にもあると思っていた。
だけどその言葉がどこにも見当たらない。
――マニュピレータの「支配」は人格一つに対して一つの支配を行う。支配を受けた時「表」の人格だったナナミが所長の支配下になったのだ。
平然と今まで知らされていなかった事実を言う。
「どうして教えてくれなかったの?」
――我の話なんて、聞く気がなかっただろ。
「それはあなたが信頼できないからよ。勝手に体を乗っ取ろうとするし」
――そうかもしれないな。
笑みを浮かべる。その笑みが腹立たしく感じた。
「……それで、なぜ今このことを教えたの?」
――マニュピレータを使われたとき、我と交代しろ。そうすれば支配の影響は受けない。
「……あなたがセタを殺さないわよね?」
信用できない。私は彼女をじっと見る。すると彼女は笑みを浮かべるのを止め、真剣な眼差しになる。
――殺さない。今のセタは役に立つからな。
「役に立つって……」
――呆れるかもしれないが、役に立つか立たないか。それが我の行動の根幹だ……っと、そろそろ目が覚める。
顔を上げ、上空に視線を向ける。つられて私も見上げた。
まぶしい光が射し込んできていた。その光が目覚めるためのものだと瞬時に理解した。
――で、どうする?
「……分かったわよ」
早くセタを起こさなければならない上、フルンティングの言う方法しか最善が思い付かない。
フルンティングの提案を受け入れるしかない。
「言ったことは守りなさいよ」
「我が名にかけて、我の所有者の役に立ってみせよう」





