ムツミ
「ナオヤっ」
目覚めると同時に私は叫んでいた。だけど彼はいなかった。
先程とは違う場所。辺りを見渡す。見慣れた薬品棚と机。
ここは地下ではなく、真上にある実験室。
――起きたか。
待っていたかのように声が響く。声の主は眠そうな口調だった。
「……アゾット、現状を教えて」
――どこまで覚えている?
「えっと、確か……」
尋ねられて記憶を遡る。私はナオヤとナナミ様が勝負するのを見届けようと、彼についていこうとした。その直前、ナオヤが私に向けてオハバリを振るい、魔法で気を失わせた。
「最後に眠らされた?」
眠気が襲ってきたから、おそらく眠らせることに関する魔法だろう。
――ナオヤはムツミに休んで欲しかった、と言っていただろ。
そんな話もした。あの時ナオヤが「分かった」と言ったから、気を緩めていたけど、その隙を突かれたということ。
何だか裏切られた気分。でも私の体調を心配しての行動だから嬉しい気持ちもある。
複雑な心情。
「先に起きていたのなら、起こしてくれればよかったのに……どれくらいの時間、寝ていたの?」
――十五分ぐらいだ。
「まだ間に合うわね」
今すぐに模擬戦場に行っても、ナオヤとナナミ様は戦っているはず。
立ち上がり、状態を確認。頭が少しボーッとすること以外は問題はない。
両手で頬を叩き、気持ちを入れ替える。
「ふむ。ここにいたのか」
「っ」
顔を上げる。聞き覚えのある声。
「……私を捜していたのですか?」
実験室の入口、そこに所長が立っていた。片手にはマニュピレータが握られている。
「そうだ。貴様はやり過ぎた」
「……何をです?」
「とぼけなくてもいい。あのイジンを利用して、マニュピレータを破壊しようとしているだろう?」
「……っ、どうして」
少し考えて、当然のことだと気づいた。
私は支配されている。
意のままに操られ、管理される立場。
私が何をしているのかなんて、すぐに分かること。
大きく息を吐く。知られている状態で言い繕っても無意味。
「……私はナナミ様にフヨウに送られてくる人をこれ以上、殺させたくない」
「罪人を庇うつもりか?」
「違います。私はただ、ナナミ様が人を殺めることをさせたくないだけ」
「新しい魔剣を手に入れるためには必要なことだ」
「でしたら、魔剣所有者を雇えばいいことでしょう?」
この研究所は多くの人が住むことができるような設計になっている。魔剣所持者を雇い、研究を手伝わせればいい。
そうすれば他人から魔剣を奪う必要もなくなる。
「それでは研究が捗らん」
「捗らない?」
「実際に自身で魔剣を使うことで研究ができる。誰かが使っているのを見ても、正確な研究ができない」
「ナナミ様はどうなのです?」
「あれは特別だ。魔剣の意思に支配されては研究ができないからな」
(勝手すぎる)
所長の言い分に思う。他人の苦しみはどうでもよく、何よりも自身の研究を優先する。そんなことがあり得ていいのだろうか。
――ムツミ。
黙って会話を聞いていたアゾットが声をかけてくる。
(どうしたの?)
――聞いてほしいことがあるのだが……
そう言って、アゾットは言葉を続けた。
その言葉を聞いて私は血の気が引く。
「……所長」
「なんだね?」
「罪人が送られてくるということは、国は所長の研究を許可しているのですか?」
尋ねると所長は少し時間を空けて口を開く。
「その答えは是だ。研究が終われば魔剣を国に渡す、という条件でな」
「……それにしては罪人が多くないですか?」
「最近魔剣所有者の罪人が多くなり困っていたらしいからな」
「多くなった?」
「近頃、反王国の組織が活発な動きを見せているそうだ。だから捕らえた反王国の人間はフヨウに送り、ナナミに処分させていたらしい」
――ぞんざいな扱いだな。
アゾットが苦虫を嚙み潰したように言う。
その感情に私も同意だった。ナナミ様に尻ぬぐいをさせていたことが許せない。
やっぱり国を信じることができない。
「前回のハルペー所有者みたいに本当の罪人も含まれているが……まあ、私にとってはどうでもいいことだ」
「……」
「話が逸れたな」
何の感情も含まれていない、淡々と作業をこなすような視線を私に向ける。
「改めて言い直す。貴様はここで死んでもらう」
「……従うと思います?」
「従うも何も「支配」を使う」
「っ」
マニュピレータが光ったかと思うと、左手にアゾットが握られていた。呼び出した覚えはない。マニュピレータの能力で無理矢理顕現させられた。
「刺す場所ぐらいは選ばせてやろう」
「……死なない場所がいいです」
「それは無理な提案だな」
逆手に両手で持つ。剣先は胸に向いている。
(今は、死にたくない)
死んでしまうとナオヤに提案した方法に異常が発生してしまう。
私が死ぬと「支配」の枠が一つ空く。そしてナオヤに「支配」を実行する。
誰も助かることができない、最悪な状況。
――ちっ。
舌打ちが聞こえ、意識を後ろに引っ張られる感覚。直後、私はアゾットと入れ替わっていた。
アゾットは魔剣を構え直し、所長へと接近する。
――アゾット!?
なぜ動けるのかということよりも、アゾットの行動に戸惑いを覚える。
「今なら奴を殺れるっ」
――……でも、殺してしまったら、ナナミ様が!
「ムツミが死んだら元も子もない!」
――だけどっ
「黙っていろっ!」
鬼気迫る言動に言い返すことができない。
言葉を詰まらせている間にアゾットは所長との間合いに入る。不気味なほどに所長に動きはない。
アゾットは躊躇うことなく魔剣を振るう。所長の首に刃が吸い込まれる。
しかし攻撃した所長が空中に霧散する。幻影だった。
「アゾットと入れ替わることぐらい想定済みだ」
背後から声。振り向くとそこにマニュピレータとは異なる魔剣を持った所長の姿。
すでにその刃は私に向かっている。
「くっ」
後ろに跳び、実験室から出る。繋がっている研究室へと転がり込み、攻撃を避けた。
勢いが余って研究室中央にある机の側面に衝突する。
苦しそうにアゾットが息を吐く。
視界の中で魔剣を振り下ろす所長の姿が見えた。
――アゾット、前!
内側にいる私は苦しくはない。避けるように指示を出す。
「っ」
アゾットは無理矢理に横転。私たちがいた場所は机ごと斬られる。
すぐに立ち上がり、剣先を所長に向けて牽制する。
魔剣を突き出せば、所長の脇腹に突き刺すことができる距離。
――大丈夫?
「思っていた以上に、体が動か……うっ」
口元に手を当てる。そしてひどく咳き込む。
手を離すとその掌は赤く染まっていた。
――アゾット!?
吐血したことに驚く。
机にぶつかった時の衝撃はそれほど強くはなかったはず。
「限界なのだろう」
目を離した隙に所長は私たちの横に移動していた。そして蹴りを入れられる。防御する間もなかったアゾットは吹っ飛び、壁に衝突する。
「か、は……」
――大丈夫!?
視界が揺れ、アゾットの苦しそうな声が聞こえる。私の声に反応する余裕もないようだった。
「ミズカネの毒で体が蝕まれているのだ。今でも動いていることが奇跡に近い」
所長に声で顔を上げる。所長はマニュピレータの剣先を私たちの胸に向けて突き付けていた。
その目は変わらず物を見るような視線を向けられている。
「動けなくなることも、想定していたのか?」
「過去にミズカネの研究をしていたからな。毒性が強く、どういう症状が発症するのかも分かっている……が」
そう言うと、造作もなく私の体に魔剣を突き立てた。そして地面に縫い付けられる。
滲み出る血。体内で響くアゾットの苦悶の声。
「単に死ぬのは無意味だな。実験を手伝ってもらおうか」
懐から小瓶を取り出す。中身は黒色に光る液体。
「これまでは魔剣の意識が表に出ている間、これで実験をしたことがなかった」
「な……にを」
「貴様たちが作ろうとしていたものだよ」
作ろうとしていたもの。つまり精神剤。
所長は完成させていたというの?
だったら、私たちがやってきた研究は何だったというの?
落胆している私たちをよそに、所長は小瓶の口を開け、傾ける。中からこぼれ落ちた液体はマニュピレータの剣身を伝う。
「貴様たちはこの液体を「飲む」という事で魔剣の意識を抑え込もうとしていたが、実は血液に触れさせ、体内に直接入れることほうが効果的だ」
――アゾット!
私は叫ぶ。だけど縫い付けられているアゾットは動くことができない。加えてもがくほど魔剣が傷口を広げる。
「さてこの薬品が効果を発した時、どちらの意識が残るのだろうな?」





