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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(初日)
8/90

所長

 脱衣場で渡された服を着る。白の襟つきシャツに紺のブレザー。ネクタイはないのでシャツの第一ボタンは外して着る。

 高校の制服みたいだ。この世界にも学校はあるのかな。

 個人的には高校時代に戻った気分。


「なあ、ブレザーは着る必要はあるのか?」


 ナナミのほうを見る。


「着たほうがいいかな。空調が効いているから寒いわ」


 彼女は振り向かず、銭湯の入口で脱衣場に背を向けて座っていた。

 手元にステータス画面を広げて何か確認をしている。

 その手は寒いのか手袋を着けている。

 いや、手袋はずっと着けていたか。外したところを見たことがない。


 彼女の周囲を見る。ボロボロになった黒衣は脱ぎ捨てられて、彼女の片隅に置かれている。

 纏めていない黒い長髪が無造作に床に広がっていた。さっき風呂場に居たからか、蒸気で髪が濡れている。

 そういえば敬語を使うのはもう止めたらしい。

 俺もその方がいいな。気楽に会話ができる。


 それにしても……


 背後の脱衣場を見る。散々な状態だった。床や壁は斬り傷だらけ。捲れ上がっているところもある。

 ナナミと魔剣で壮絶なバトルが行われいたのが窺われる。

 片付けたり修理するのが大変だろうなぁ。


「早く行くわよ」


 俺の方をちらっと見たあと、ナナミは立ち上がり銭湯を出る。俺は彼女のあとを追う。

 研究所は銭湯の隣にある大きな建物。その中に俺たちは入る。

 入ってすぐに前方、左右に別れた通路が現れた。その通路をナナミは真っ直ぐ進む。


「さっきの通路を左に曲がると居住区になっているわ」


 辺りをキョロキョロと見ているとナナミが説明してくれた。


「右に曲がると模擬戦場、この道は研究室、実験室があるわ」

「へぇ」

「興味ありそうね」


 今まで研究所とか行ったことがないからな。興味がないわけがない。

 異世界の研究所だし、魔法の研究でもしているのかな。

 時間があったら案内してほしい。


「はい、ここが所長の部屋」


 目的の場所に到着する。ひときわ扉が大きい訳でもなく、他の扉と変わらない。

 扉横のネームプレートに「ショチョウシツ」と書いてある。


「ナギ所長、失礼します」


 大きく深呼吸をしたあとナナミはノックをして中に入る。続いて俺も中に入る。


 中は綺麗に整理されて……いなかった。

 本や色々なものが山積みされている。埃を被っているところもあるな。

 その本の山の間を俺たちは奥に進んでいく。

 奥の窓際、そこに机があり白衣を着た男性が椅子に座っていた。


 研究に没頭しているらしく、俺たちに気づいていない。


 一歩前に出てナナミが口を開く。


「ナギ所長」

「……ああ、ナナミか」


 声をかけられ、ナギ所長と呼ばれた男性が振り向く。

 メガネをかけ、いかにも研究者といった格好だな。

 整えていない無精髭が印象的だ。


「先ほど頂いたメッセージに対しての説明をしにきました」

「メッセージ……ああ、銭湯の件だな」

「はい。この男――瀬田直也が所持していた「トツカのツルギ」が暴れたため、騒がしくなりました」

「ふむ」


 ナナミはうなずき、説明をする。ナギ所長は腕を組んでナナミの説明を聞いている。


「またその「トツカのツルギ」が途中で魔剣「オハバリ」に変化し、銭湯内部の損壊が拡大しました」

「質問するぞ」

「はい」

「まず一点目。瀬田直也というこの男は何者だ?」

「イジンです」

「イジンだと?」

「別世界から来たと自称していますので」

「ほう」


 ナナミとナギ所長が俺のほうを向く。

 自己紹介をしろってか?


「初めまして、瀬田直也です。地球から来ました」

「なぜこの世界に来たのかね?」

「死んだら神様と出会って、この世界だと生き返らせてくれるということだったので」

「生き返らせることができる神がいる世界から来たのか……ではナナミとは研究所の外で出会ったのかね?」

「はい。ナナミにはテイルウルフの群れに襲われかけたところを助けてもらいました」

「ダークテイルウルフのことかね? 奴等は狂暴だろう」


 あの魔物はダークテイルウルフっていう名前だったのか。

 名前からして確かにテイルウルフの亜種のようだ。


「ナナミがいなかったら死んでましたよ」

「まさか」


 含み笑いをされながら疑いの目を向けられる。

 本当に彼女がいなかったら死んでいるから、俺はナギ所長に対して肩をすくめる。


「魔剣――いや、ナナミと出会った時は普通の剣か――それを持っているのに、死にかけたのか?」

「剣の扱い方なんて知らなかったからですよ」

「では何故剣を持っている?」

「神様からのプレゼントですよ」


 大国主からのミッションの事前報酬だし間違ってはいないだろう。


「神は何でもしてくれるのだな」

「そうですね」

「……ふむ、まあ貴様がイジンだということは理解した。次に二つ目の質問だ」


 俺を見てナギ所長は続ける。


「何故貴様が持っている剣が魔剣に変化した?」

「たぶんですけど、俺とナナミが魔剣に魔力を込めたからだと思います」

「魔力を込めた?」

「はい」


 最初に「魔力認証」とか何かでナナミが魔力を剣に注いだ。そして暴走した剣を止めるために俺が魔力を注いだ。

 その後に魔剣に変化して俺とナナミにメッセージが届いたんだよな。

 俺とナナミの魔力が影響していないとは言えないだろう。


「ナナミ、どれくらい魔力を込めた?」

「「認証」といっていましたから、少しですね」

「貴様は?」


 どれくらいだろう。必死だったからなぁ。

 そもそも魔力の込め方ははっきりと理解できていないし。


「全力で込めました」


 そうとしか言えないな。


「全力だと?」

「はい」

「疲れとかはないのか?」

「そうですね」

「……ステータスを見せてくれないか」


 どうしたのだろう。

 言われて自己能力画面を展開する。画面を見せようとすると丸い石を渡された。

 表面は磨かれたように滑らかで、俺の顔も映っている。

 あ、紋様が見えるな。液体でできているのか表面に掘られた溝の中を流れている。

 その紋様の先にレンズが埋め込まれていた。

 小型のプロジェクターみたいだ。


「表示用の魔力石だ。それに魔力を込めろ。ゆっくりとだ」


 ゆっくりは分からないけど、慎重に魔力を込める。

 すると魔力に反応したのか紋様が浮かび上がる。紋様……というより漢字?


 崩してあるけど「投影」って漢字を表現しているのか?


 そんなことを考えている間に俺が手元に表示している自己能力画面が壁に映し出された。


「特に突出した能力はないな。むしろ低すぎる」


 暗に貶されているな。


「この世界に来てほとんど鍛えていませんので」

「これでは理解できないな……特殊能力は?」

「ありますよ」


 特殊能力画面を展開する。


「「毒耐性UP(特大)」に「魔力量UP(特大)」か。この「魔力量UP(特大)」のお陰で魔力量が多いのか……ん?」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ありがとう」


 そう言われたので俺は魔力を込めるのを止め、魔力石をナギ所長に返す。


「トツカのツルギがオハバリに変化か。ありえない話ではないが、確証を得るには……」


 何か考えながらナギ所長は呟いている。そして何か結論に至ったようで、俺のほうを見る。


「魔剣を今持っているか?」

「いえ、銭湯の脱衣場にあります」


 床に突き刺さり動かなくなったから回収しようとしたけど、見えない力で弾かれたんだよな。俺だけじゃなくてナナミも同様弾かれた。

 仕方がないので魔剣はそのまま放置している。


「この推測を確信に変えるためにも見に行くか。すまないが、魔剣を調べさせてくれ」

「分かりました」

「調べ終わるまでこの研究所で暮らすといい」


 それは助かる。俺も魔剣に答えを返すまでの生活場所が必要だったからな。

 無言で俺はうなずく。

 俺の返答を見てナギ所長は椅子から立ち上がる。ナナミが所長の通る道を開けるように俺に一歩近づいた。

 何故か手を握られた。

 ……震えている?


「ああ、ナナミ。連れてきたイジンだが、研究所を案内してやれ」

「はい」

「それと今日予定していた研究は全て中止だ。明日は予定通り行う」

「……分かりました」


 そのやりとりの後、俺たちのそばをナギ所長は通りすぎる。背後でドアが閉まる音を聞いて、ナナミは大きく息を吐いた。


「はぁ」

「緊張していたのか?」

「まあね。けど上手く話が進んで良かったわ」

「そうなのか?」

「ナギ所長はここで魔剣の研究をしているのよ」


 魔剣のこととなると夢中になるの、とナナミは付け加える。

 確かに予定を変更してまで魔剣を調べようとするくらいだからな。


「もし魔剣を持っていなかったら、すぐに研究所を追い出されていたわ」


 ナナミはそう言うけど、それだと俺は研究所に来る前に死んでいるな。


「ところでナナミ」

「ん?」

「いつまで手を握っているんだ?」

「あ、ごめん」


 ナナミは顔を赤らめて手を離す。

 顔も逸らされた。

 無意識でやっていた行動らしい。


 震えていたことは聞かない方がいいのかな。


「と、とりあえず研究所内を案内するわ。ついて来て」

「お、おう」


 照れているようだ。

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