模擬戦場(開始)
「やっと来たわね、セタ」
模擬戦場に入るとすでにナナミがいた。時間を確認する。午後二時。指定されていた時間ちょうどだ。
不意に彼女が手にしている魔剣フルンティングの剣先を俺に向けた。
そのまま勝負が始まるかと思い身構えた。だけどナナミは攻撃をせず、俺を見据えている。
向けられた魔剣に反応してしまった自分自身が恥ずかしい。
「負けないわよ」
ナナミは笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。
俺は返事をせず、目を逸らした。
「どうしたの?」
視線を外した俺に疑問を持ったのか、ナナミは首を傾げる。
「……なんでもない。それよりフルンティングは大丈夫なのか?」
「ええ。この勝負には出てこないように説得したわ」
「そうか」
普通に会話をしているだけなのに気分が重い。
ナナミの前に立つと、どうしても考えてしまう。
過去のことを背負っているナナミが今、何を考えているのか。日記を読み、ムツミと会話して過去のことを知ってしまった分、辛い。
今思えば石鹸を返しに行った時、ナナミが差し出した腕に古傷があったのが見えた。あれは過去に拷問を受けたものだったのかもしれない。
ムツミが消そうとしたけど拒否した傷痕。
「気分が悪そうだけど」
「……そうかもしれないな」
「……何かあったの?」
昨日とは違う調子の俺に疑問を持ったらしい。
「なんでもない。昨日なかなか寝つけられなかっただけだ」
「もう……体調管理も勝負事には大切よ。それに服も汚れているし」
「問題ない」
「……はぁ。それじゃあ、始めよっか」
ナナミの雰囲気が変わる。
「セタが負けることは決まっているわ。すぐに終わらしてあげる」
「……俺は負けないぞ」
「それはどうかしら」
ナナミは深呼吸する。そして俺を見据えた。
彼女をまとう空気が変わる。戦闘モードになったようだ。
俺もトツカのツルギを構える。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が発動しました。
(ちょっ!?)
想定外のスキルが発動した。「背水」が発動したということは、ナナミは俺に殺意を向けている。
つまり本気で殺しにかかっているのか?
戸惑う時間はない。トツカのツルギを顕現させ、構える。
負けるわけにはいかない。負け、とはナナミに殺されることと同義だ。
死ぬ訳にはいかない。気を引き締める。
「行くわよ――っ!」
ナナミは体を屈めたかと思うと、全身のバネを使って俺の懐に飛び込んできた。そのまま彼女はフルンティングを振り上げる。俺はそれをトツカのツルギで受け止める。
「なっ!?」
剣身と刀身が交錯し受け止めたと思った矢先、トツカのツルギが「斬られた」。ペーパーナイフで紙を切るかのごとく、いとも簡単に二分された。
驚いている暇はない。振り上げたフルンティングが見える。とっさに俺は後方へジャンプし、ナナミと距離を取る。
「武器破壊は反則だろ!」
「脆いのが悪い」
再度懐に飛び込んでくる。俺は体を半身にし、彼女の攻撃を回避した。
ヒットアンドアウェイでの攻撃が続く。だけど回避できない攻撃はない。数回繰り返されたあと、俺は距離を取るべく接近するナナミに蹴りを入れた。
そして牽制するために俺は剣先のないトツカのツルギをナナミに向けた。
ナナミも無闇に仕掛けても回避され、反撃されると感じたのか、飛び込んでくる様子はない。
「これ、ムツミから借りているんだぞ!」
「それが?」
「壊すなよ! あとで一緒にムツミに謝れよ!」
「そんなの、どうでもいい」
反撃がこないことが分かるとまた仕掛けてきた。直線的な攻撃。
攻撃を受け止めたいけど、そんなことをすればトツカのツルギの柄まで壊される。これ以上剣身が無くなれば攻撃どころか防御もできなくなる。
回避に専念しつつ、ナナミの様子を伺う。
(ん?)
ナナミの動きに慣れてきた。単調な攻撃。回避は簡単だ。
同時に背水のスキルが発動した当初の驚きや戸惑いがなくなり、心に余裕ができた。だからこそナナミに違和感を感じることができた。
無心の雰囲気。表情が消えているように見えなくもない。
「……本当にフルンティングの自我じゃないんだな?」
「ええ。この勝負のために不要な感情は極限まで減らしたの」
「……無駄なことを考えないようにしているってことか?」
「そうよ」
どうしてそこまでする?
ナナミは俺を負かすだけでいいはずだ。
それなのにトツカのツルギを破壊し俺の攻撃手段をなくし、さっさと終わらせるかのごとく急所を狙う攻撃を繰り返してくる。
ふと脳裏に浮かんだのは精神支配。
ナギ所長の持つ魔剣「マニピュレータ」の能力。
あれなら強制的にナナミを戦わせることが可能じゃないのか?
例えば精神を操り、攻撃させるとか。
「なあ、ナナミ。マニピュレータで精神を支配されている訳じゃないんだよな?」
「所長のマニピュレータを知っているの?」
「魔剣の名前と「精神支配」のスキル名だけだけどな。操られているんじゃないのか?」
「違うわ」
彼女は首を横に振る。
「これは正真正銘、私の意思で動いている」
「でもなぁ」
「それに仮に操られていたとして、素直に「操られています」なんて言うと思う?」
「それもそうか」
淡々と話すナナミの言う通りだ。操っているなら、そのことを話す訳がない。
……だったら、今はどっちなんだ?
「……何かを犠牲にしないと生き残れない」
俺の疑っている表情を見てナナミがポツリと呟く。
その言葉は一昨日、狩りに出かけた時に彼女が発したものだった。
生き残るためには手段を選ばない。
なぜその言葉が出てくる?
「ヒゴの時のように……操られて殺すなんて嫌」
その言葉の裏では彼女のフルンティングに支配され、住民を殺めてしまった過去を思い出しているようだ。
「……殺すというのは俺のことだよな?」
「ええ。気の毒だけど」
「そんな抑揚のない口調で言われても、気の毒だと思っているとは思えない」
感情は読み取れないけど、言葉を聞いてナナミが彼女自身の意思で本気で俺を殺しにかかっていることだけは分かった。
「なぜ殺そうとするんだ?」
「セタの持つオハバリが欲しいから」
「どうして欲しいんだ?」
「所長の研究のためよ」
魔剣は所有者が死なないと他人に渡すことができない。所長がオハバリを保持したいのならば、俺を殺すしかない。
そしてナナミは俺を所長に操られて殺すより、覚悟を決め自らの意思で殺すほうがいいと考えたのか。
「だからお願い……死んで」
「断る」
首を横に振り、トツカのツルギを片付け、オハバリを顕現させた。
それを見たナナミは目を丸くする。
「……正式に所有したんだ」
「ああ。オハバリは俺の魔剣だ」
研究のために、という理由で死んで渡すことなんてあり得ない。
理不尽な理由にふつふつと怒りが沸いてきた。
絶対に負けない。
魔剣の剣先をナナミに向ける。
「全力で行くぞ。俺も死にたくはないからな」





