事後処理
体を揺れている。
目を開けると傍でムツミが俺の肩を揺すっているのが見えた。視線が合うと安堵した表情になる。
「――――……」
彼女が口を開く。だけど何も聞こえない。
頭が痛い。体の所々が痺れている。何が起きたんだったけっけ?
(……ああ)
思い出す。蜘蛛型の上に乗り、オハバリで雷撃したんだった。
直後に体を震わす振動と体内を流れる電流。それを経験したことまでは覚えている。
それで今、目が覚めたら地面の上で横たわっている。どうやって蜘蛛型から降りたのか分からない。
たぶん、いや確実に気を失っていた。「雷」の魔法に体が耐えられなかったのだろう。
「――――?」
ムツミは首を傾げている。言葉を発しているようだけど全然聞こえない。
轟音に耳をやられたのだろう。あまり動かさない方がいいかな。
俺は彼女に耳を指し、聞こえていないことを伝える。すぐに伝わり、彼女はアゾットを俺の頭のそばに突き刺す。
アゾットを使って魔法を発動させることは分かっていたけど、いきなり耳元に突き刺されたら心臓に悪いな。
当たり前のようにされても困る。
(……まあ文句を言っても仕方ないか)
自分自身の発した言葉そのものが分からない。声に出して文句を言える状態ではない。
それに過ぎてしまったことだから、言ったところで意味がないし。
しばらくして俺の頭を中心にして広がる円形の光。暖かい光だ。
「聞こえますか?」
光が収まり、ムツミが尋ねてきた。
「大丈夫、聞こえている」
「他に怪我は大丈夫ですか?」
体を起こし、確認する。打撲や擦り傷はあるけど、重傷なものはない。問題なさそうだ。
次に立ち上がって体を動かす。痛い部位はなかった。
「大丈夫だ……蜘蛛型は?」
尋ねるとムツミは指差す。その先には黒い煙を上げる蜘蛛型の残骸。オハバリは突き刺さったまま残っている。
雷撃で無事破壊することができたようだ。
「まったく、無茶しますね」
「無茶をする場面だと思ったからな」
「死んでいたら、このあとどうするつもりだったんですか?」
このあと……ああ、ナナミとの勝負のことか。
「なんとかなっただろ」
「計画した作戦が実行前に破綻ですよ……」
呆れた声。
まあ、そうなんだけどな。
肩をすくめる。するとムツミに睨まれた。
「……ごめん」
「分かってくれたなら、いいです……それにしても」
蜘蛛型の方を見ている。何か気になることでもあったのだろうか。
「雷の魔法は電気を帯びていたのですね」
「何言っているんだ、当然のことだろ」
放電現象があるから俺みたいに感電する。
魔法で考えるなら、音を出すために使うのではなく、どちらかというと電気、電流のイメージが強いか。
「「雷」はもともと自然界の現象だ。落雷とか」
「ラクライ?」
首を傾げる。あ、これは理解していない顔だ。
漢字の「雷」が自然界の「雷」が紐付くことを分かっていない。
たまに忘れてしまうんだよな。異世界で日常で使われる言語がひらがなとカタカナで、漢字は魔法用の言語として使っていること。
「落雷は主に雲から地表に落ちる放電現象」
「イナズマのことですか?」
「そうだな……」
厳密言うと……何だっけ?
稲妻は雷の放電に伴って「空中に光を発する現象」だったはず。
細かいことはいいか。
「ほとんど一緒のはず」
「……それだと困るのですけど」
「どうして?」
「漢字が日常で用いられず、魔法のみに使われた歴史を学びませんでしたか?」
漢字が日常で使われなくなった理由。
それは魔法大国のセイカで「消滅事故」があったからだ。
使用した漢字が不測の事故をもたらしたという……
「もしかして「雷」について説明不足だった?」
「そうです。下手をしていたら私も死んでいたのですよ」
ムツミの言う通りだ。反論はできない。
「……ごめん、今度からは気をつける」
「気をつけてください……あっ」
ムツミは立ち上がるが、直後にふらつき体が斜めになる。
このままだと地面に倒れてしまう。慌てて俺は彼女を支えた。
見ると左足はひどい火傷を負っていた。蜘蛛型の主砲の攻撃を受けたからだと思う。
この足で立とうとしていたのか。いくらなんでも無茶だろ。
(ん?)
手から伝わる彼女の体温は熱い。息も荒くなっている。これは左足の怪我だけじゃない。容体がおかしい。
「どうしたっ」
「……急に意識が遠退きました」
「どうして!」
「おそらく、ミズカネの影響でしょう」
左手を差し出す。その手は黒く濡れていた。目を背けたくなるような、赤く爛れている。
指先を起点にして、手首のほうまで炎症を起こしている。
ミズカネを素手で触ったのか? それだけでここまで重傷になるのか。
ミズカネは毒性が高く、防具なしで触ることは危険な代物だと聞いている。俺の所持している「毒耐性UP(特大)」でも警告が出ていた。
俺には効果がないから素手で触ることができるけど、ムツミはそうはいかない。
でも触るだけで状態異常になるなんて……
「さっき素手でミズカネを触った時、体内に入り込んで、ミズカネの濃度が許容量を越えたんだと思います」
許容量。アゾットの言葉を思い出す。
精神剤の毒味を行い、彼女の体はもう、ボロボロだと。
手首より腕の部位は青黒い肌が見える。
「どうしてそこまでするんだ?」
「ナナミ様を助けるためですよ」
彼女の行動はすべて一つに集約される。
それはナナミを助けること。
そのためには彼女自身が怪我することを厭わない。
「……はぁ、そうだったな」
「そうですよ」
立ちくらみが収まったのか、支えていた俺の手から離れ歩きだす。歩む先には壁にぽっかりと空いていた穴。
あれは俺がここに来たときに利用した入口だ。二種類の機械を倒したことで開いたのだろう。
あの状態で行くつもりなのか?
足取りもフラフラとしていて、不安だ。
「待てって」
「待っていても、何も変わりません」
「ムツミはすることがないから、ここで待っていろ」
すると彼女は足を止めて振り返る。
「することがない?」
「だってそうだろ。俺が全てやるんだから」
今のところムツミがすることはない。彼女がすることは俺の結果を聞くことだけだ。
「……結果を見届けたいのですが」
「その時間を休んどけって」
「ですが……」
ああ、もう。
意固地になって、是が非でも行きそうな勢い。
「……はぁ、分かった。オハバリを取ってくる。一緒に行こう」
「はい」
ムツミは頷く。
どうにかして制止させたいな。
頭を掻きながら、蜘蛛型に刺さっていたオハバリを取りに行く。
――漢字「睡」を検知しました。対象者の付近で振るうことにより、眠らせることができます。
これを使うか。眠らせれば、時間を稼げるかな。少しでも安静にさせたい。
そんなことを考えている間に新しい通知が続いた。
――なお、魔力量には十分気を付けてください。
睡眠薬の多量摂取の症状になるということか。後遺症を残してしまったら、それは大変なことになる。
少しの間だけ眠らせよう。
幸いムツミは背を向けているから、俺がしようとしていることに気づいていない。
「ムツミ」
「はい?」
声をかけ彼女が振り向いた瞬間、俺はオハバリを振り上げた。
彼女の鼻先をかすめる剣先、ふわっと剣風で吹き上がる前髪。
「……何をするのです?」
「悪いけど、休んでいてくれ」
「それはどう、いう……」
まぶたが下がっていく。目が閉じられる直前に一瞬睨まれたように見えた。
倒れる彼女の体を抱え、俺は出口へと向かう。
戦場に残しても構わないかと思ったけど、扉が閉じてしまったらムツミが出ることができない。上の階の実験室に寝かせよう。
そう考え、俺は階段を上る。





