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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(六日目、VS粛清機械)
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事後処理

 体を揺れている。

 目を開けると傍でムツミが俺の肩を揺すっているのが見えた。視線が合うと安堵した表情になる。


「――――……」


 彼女が口を開く。だけど何も聞こえない。

 頭が痛い。体の所々が痺れている。何が起きたんだったけっけ?


(……ああ)


 思い出す。蜘蛛型の上に乗り、オハバリで雷撃したんだった。

 直後に体を震わす振動と体内を流れる電流。それを経験したことまでは覚えている。

 それで今、目が覚めたら地面の上で横たわっている。どうやって蜘蛛型から降りたのか分からない。

 たぶん、いや確実に気を失っていた。「雷」の魔法に体が耐えられなかったのだろう。


「――――?」


 ムツミは首を傾げている。言葉を発しているようだけど全然聞こえない。

 轟音に耳をやられたのだろう。あまり動かさない方がいいかな。

 俺は彼女に耳を指し、聞こえていないことを伝える。すぐに伝わり、彼女はアゾットを俺の頭のそばに突き刺す。

 アゾットを使って魔法を発動させることは分かっていたけど、いきなり耳元に突き刺されたら心臓に悪いな。

 当たり前のようにされても困る。


(……まあ文句を言っても仕方ないか)


 自分自身の発した言葉そのものが分からない。声に出して文句を言える状態ではない。

 それに過ぎてしまったことだから、言ったところで意味がないし。

 しばらくして俺の頭を中心にして広がる円形の光。暖かい光だ。


「聞こえますか?」


 光が収まり、ムツミが尋ねてきた。


「大丈夫、聞こえている」

「他に怪我は大丈夫ですか?」


 体を起こし、確認する。打撲や擦り傷はあるけど、重傷なものはない。問題なさそうだ。

 次に立ち上がって体を動かす。痛い部位はなかった。


「大丈夫だ……蜘蛛型は?」


 尋ねるとムツミは指差す。その先には黒い煙を上げる蜘蛛型の残骸。オハバリは突き刺さったまま残っている。

 雷撃で無事破壊することができたようだ。


「まったく、無茶しますね」

「無茶をする場面だと思ったからな」

「死んでいたら、このあとどうするつもりだったんですか?」


 このあと……ああ、ナナミとの勝負のことか。


「なんとかなっただろ」

「計画した作戦が実行前に破綻ですよ……」


 呆れた声。

 まあ、そうなんだけどな。

 肩をすくめる。するとムツミに睨まれた。


「……ごめん」

「分かってくれたなら、いいです……それにしても」


 蜘蛛型の方を見ている。何か気になることでもあったのだろうか。


「雷の魔法は電気を帯びていたのですね」

「何言っているんだ、当然のことだろ」


 放電現象があるから俺みたいに感電する。

 魔法で考えるなら、音を出すために使うのではなく、どちらかというと電気、電流のイメージが強いか。


「「雷」はもともと自然界の現象だ。落雷とか」

「ラクライ?」


 首を傾げる。あ、これは理解していない顔だ。

 漢字の「雷」が自然界の「雷」が紐付くことを分かっていない。

 たまに忘れてしまうんだよな。異世界(この世界)で日常で使われる言語がひらがなとカタカナで、漢字は魔法用の言語として使っていること。


「落雷は主に雲から地表に落ちる放電現象」

「イナズマのことですか?」

「そうだな……」


 厳密言うと……何だっけ?

 稲妻は雷の放電に伴って「空中に光を発する現象」だったはず。

 細かいことはいいか。


「ほとんど一緒のはず」

「……それだと困るのですけど」

「どうして?」

「漢字が日常で用いられず、魔法のみに使われた歴史を学びませんでしたか?」


 漢字が日常で使われなくなった理由。

 それは魔法大国のセイカで「消滅事故」があったからだ。

 使用した漢字が不測の事故をもたらしたという……


「もしかして「雷」について説明不足だった?」

「そうです。下手をしていたら私も死んでいたのですよ」


 ムツミの言う通りだ。反論はできない。


「……ごめん、今度からは気をつける」

「気をつけてください……あっ」


 ムツミは立ち上がるが、直後にふらつき体が斜めになる。

 このままだと地面に倒れてしまう。慌てて俺は彼女を支えた。

 見ると左足はひどい火傷を負っていた。蜘蛛型の主砲の攻撃を受けたからだと思う。

 この足で立とうとしていたのか。いくらなんでも無茶だろ。


(ん?)


 手から伝わる彼女の体温は熱い。息も荒くなっている。これは左足の怪我だけじゃない。容体がおかしい。


「どうしたっ」

「……急に意識が遠退きました」

「どうして!」

「おそらく、ミズカネの影響でしょう」


 左手を差し出す。その手は黒く濡れていた。目を背けたくなるような、赤く爛れている。

 指先を起点にして、手首のほうまで炎症を起こしている。

 ミズカネを素手で触ったのか? それだけでここまで重傷になるのか。

 ミズカネは毒性が高く、防具なしで触ることは危険な代物だと聞いている。俺の所持している「毒耐性UP(特大)」でも警告が出ていた。

 俺には効果がないから素手で触ることができるけど、ムツミはそうはいかない。

 でも触るだけで状態異常になるなんて……


「さっき素手でミズカネを触った時、体内に入り込んで、ミズカネの濃度が許容量を越えたんだと思います」


 許容量。アゾットの言葉を思い出す。

 精神剤の毒味を行い、彼女の体はもう、ボロボロだと。

 手首より腕の部位は青黒い肌が見える。


「どうしてそこまでするんだ?」

「ナナミ様を助けるためですよ」


 彼女の行動はすべて一つに集約される。

 それはナナミを助けること。

 そのためには彼女自身が怪我することを厭わない。


「……はぁ、そうだったな」

「そうですよ」


 立ちくらみが収まったのか、支えていた俺の手から離れ歩きだす。歩む先には壁にぽっかりと空いていた穴。

 あれは俺がここに来たときに利用した入口だ。二種類の機械を倒したことで開いたのだろう。

 あの状態で行くつもりなのか?

 足取りもフラフラとしていて、不安だ。


「待てって」

「待っていても、何も変わりません」

「ムツミはすることがないから、ここで待っていろ」


 すると彼女は足を止めて振り返る。


「することがない?」

「だってそうだろ。俺が全てやるんだから」


 今のところムツミがすることはない。彼女がすることは俺の結果を聞くことだけだ。


「……結果を見届けたいのですが」

「その時間を休んどけって」

「ですが……」


 ああ、もう。

 意固地になって、是が非でも行きそうな勢い。


「……はぁ、分かった。オハバリを取ってくる。一緒に行こう」

「はい」


 ムツミは頷く。

 どうにかして制止させたいな。

 頭を掻きながら、蜘蛛型に刺さっていたオハバリを取りに行く。


――漢字「睡」を検知しました。対象者の付近で振るうことにより、眠らせることができます。


 これを使うか。眠らせれば、時間を稼げるかな。少しでも安静にさせたい。

 そんなことを考えている間に新しい通知が続いた。


――なお、魔力量には十分気を付けてください。


 睡眠薬の多量摂取の症状になるということか。後遺症を残してしまったら、それは大変なことになる。

 少しの間だけ眠らせよう。

 幸いムツミは背を向けているから、俺がしようとしていることに気づいていない。


「ムツミ」

「はい?」


 声をかけ彼女が振り向いた瞬間、俺はオハバリを振り上げた。

 彼女の鼻先をかすめる剣先、ふわっと剣風で吹き上がる前髪。


「……何をするのです?」

「悪いけど、休んでいてくれ」

「それはどう、いう……」


 まぶたが下がっていく。目が閉じられる直前に一瞬睨まれたように見えた。

 倒れる彼女の体を抱え、俺は出口へと向かう。

 戦場(この場所)に残しても構わないかと思ったけど、扉が閉じてしまったらムツミが出ることができない。上の階の実験室に寝かせよう。


 そう考え、俺は階段を上る。

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