VS機械(ムツミ)
蜘蛛型より先に動いて攻撃しようと思っていたけど、失敗した。銃器を使う敵だから先に攻撃されることは仕方ないとは思う。
ナオヤではなく私を攻撃対象にしてくれたことを考えると、最低限の目標は成功したと言えるのかな。
だけどその後が上手くいっていない。攻撃に転換することができていなかった。蜘蛛型に攻撃され続けている。
ただ幸いなことに短時間ながら再装填の時間があって、攻撃が止む時間帯がある。その間は休憩ができるので助かっている。
ナオヤのほうにも攻撃が届かないように配慮もできている。
あと、目下に備えられている主砲らしき砲塔から一度も攻撃してこないから威力が分からなくて、怖い。ただ砲塔は固定されていて、背後に旋回することはない。背後を狙えると思ったけど、小銃で牽制しながら器用に脚で反転するから、これも失敗している。
(それに……)
体が思うように動いていない。考えて行動するまでズレがある。明らかに思考能力が低下しているし、体が重くなっている。
――……悪いな。
歯切れの悪いアゾットの声が聞こえる。
「何がです?」
――疲れているのは我がセタと戦ったせいであろう?
そういえばそんなこともあった。私が精神剤を飲み、意識を失っている間にアゾットがナオヤと勝手に勝負していたんだった。
全く、体の主導権を握らせたらロクなことをしない。
――ひどい言われようだな。
「当然です――っ!」
束の間の休息も終わり銃口が向けられた。突差に横に跳躍する。直後私がいた場所は銃弾によって穿かれた。アゾットと無駄話をしている場合じゃない。
そんな余裕はない。まずはあの銃弾から身を守ることを考えないと。
この際、アゾットもこき使うことにするかな。
少し嫌な予感がするけれども。
「持っている蜘蛛型の資料から弱点があるか調べて。それに銃弾を防ぐための魔法の準備」
――人使いの悪い……了解した。
アゾットが沈黙。しばらくして目の端に二文字の漢字。
――「土」「盾」だ。アゾットで攻撃することはできなくなるが、銃弾を防ぐことはできるだろう。
「わかりました」
――地面にアゾットを突き立てて魔力を込めろ。長ければ長いほど頑丈になる。
短剣を地面に突き刺すなんて戦っている最中にできると思っているのだろうか。
愚痴を言いたいけど、そんなことも言っていられない状況。とりあえずアゾットの言葉に従うことにする。
間髪を入れない攻撃を無理矢理に転がり回避し、その流れでアゾットを地面に刺す。時間的に魔力はそれほど込めることはできない。
アゾットに磁石のごとく土がまとわりつく。持ち上げると食べ物にナイフを突き刺したような感じになった。
大きさも小さい。これだと盾の機能は有さない。かえって邪魔だ。
面が増えて銃弾を弾き返すことができているけど、短剣が重くなって動かしづらい。
――魔力を継続して魔力を込め続ければ、大きくすることができる。
「不便です」
一蹴する。私はナオヤと違い、無限に近い魔力を持っているわけではない。後々に魔法を使うことがあると考えると、継続して魔力を込めることなんて不可能。素直に従った私が馬鹿馬鹿しく思える。
銃弾が太ももを擦った。重いものを持った分重心がずれて、回避行動もできなくなっている。
「騙したわね」
――何を言う。依頼した魔法は「銃弾を防ぐ魔法」だろう?
そうだけど、こんな効率の悪い魔法なんて無駄なだけ。時間を消化して、不利になる。
絶対に、遊んでいる。
私もこういう言葉遊びは好きだけど、時と場合を選ぶ。今やられると私が死んでしまう。
苛立ちとともに私は短剣に突き刺さっている土を投げ捨てた。
回避もそろそろ辛い。息が上がってきた。
「……アゾット、あなたは私の味方よね? そして私の魔力から生まれた意識」
――そうだが?
「私の考えなんて聞かなくても分かるでしょう? 冗談なんていらないから、まともに戦える魔法を呼び出しなさい」
――……はぁ。承知した。
ため息とともに目の端に漢字が浮かび上がる。
――「土」と「壁」だ。使い方は分かるだろう?
「当然ですっ」
立ち止まり地面に短剣を突き刺す。土の壁を私と蜘蛛型の一直線上に形成する。直後、壁に銃弾が当たる音が響く。
間一髪。
蜘蛛型は銃で壁を破壊しようとしているのか、攻撃の手を緩めない。壊れる気配はないので、呼吸を整えるぐらいの時間はありそう。
――改めて「土」「盾」だ。これを使って接近。
「順番を正しくしてください。それで弱点は?」
短剣に土を纏わせ盾を作りながら聞く。
――胴体と脚を繋ぐ関節。「氷」「凍」で動きを止め、行動不能にすることだ。
魔法の通知。この魔法で攻撃すればいいのね。
教えてもらうと同時に壁から飛び出す。攻撃が止んでいる。これは再装填のタイミング。盾を構築した今なら最短距離で接近できる。
短剣を突き出すように構え、頭を隠す。しばらくして盾に重い衝撃が断続的に続く。衝撃に腕を持っていかれそうになるけど、なんとか堪える。
(えっ?)
小銃からの攻撃が不意に止んだ。これまでの再装填と比べると間隔が短い。急に攻撃が止んで戸惑う感情と、今なら盾を捨てて接近できるという思考が混ざり、動きが止まる。
――おい、避けろ。あれは防ぎきれない。
盾から顔を覗かせる。主砲の先が赤い光を収集している。その光からは熱気を感じる。
――魔法を使った砲撃だな。恐らく「熱」「前」だろう。
「熱の魔法、ですか?」
――ああ。攻撃を受けたら盾は溶かされ、体は焼け爛れるだろうな。
背筋が凍る。改めて前を見る。赤い光は砲身から溢れんばかりの量になっていた。
背後を確認。後ろにナオヤはいない。
私は土の盾を捨て横っ飛びする。同時に射出される光。
少し、遅れた。
「いっ!」
左足首より下が光の中に残った。想像を超える熱さは激痛でしかなかった。地面を転がりながら激痛に見舞われた左足を抱え込む。
――動きを止めるなっ!
「う……あ……」
呼吸ができない。激痛で思考がままならない。
悶えながら蜘蛛型を視線を蜘蛛型に向けると、小銃の口が私に向いていた。
――ちっ!
意識が後ろに引っ張られる感覚。しばらくして左足の痛みがなくなる。
それ以外の感覚が消えた。残っているのは視覚のみ。
その視界が左に動く。怪我をしていない右足で跳んだことがなんとなく分かった。
その後もアゾットは右足だけで器用に跳んで攻撃を回避する。
「強引だったが、入れ替わらせてもらった」
アゾットが話す言葉が響く。
――……ありがとうございます。
「しばらく休んでいろ。我が蜘蛛型の動きを止める」
――そうしてください。原因はあなたですよ?
「はっ」
鼻で笑われた。全く、原因はアゾットなのに。
――痛みは無くなるのですね。
「体の痛みだからな。精神には影響しない。
――そうですか。
「その分、我が歯を食いしばって堪えているのだ。感謝しろ」
――自業自得ですよ。魔法をちゃんと教えなかったアゾットのせい。
「取りつく島もない返答だな」
小銃の攻撃が止まった。もう一度主砲が赤い光を集める。その間にアゾットは片膝をつき、左太腿に短剣を突き立てた。左足が淡い青色の光に包まれる。
――ちょっと!
「大丈夫だ」
すぐに淡い光が収まる。突き立てたはずの左太腿からは血が流れていない。アゾットは立ち上がると主砲の射程圏内から出るために走る。
その時に左足も何事もなかったかのように使っていた。お陰で主砲から放たれた攻撃を難なく回避できた。
「足を感覚を一時的に無くした」
疑問に思っているとアゾットが答えてくれた。
――無くしたですか?
「しびれさせたと言ったほうがいいか」
目の前に漢字が浮かび上がる。「麻」「痺」の文字だ。最初の文字はナナミ様のフルンティングに設定されている「麻酔」と同じ漢字。
「「麻」よりも「痺」が「しびれる」の意味だ」
――「痺」がですか? 「麻」ではなく?
「「麻」はもともと別の意味だ。詳細は機会があれば……っと」
話ながらアゾットは銃弾の中をかいくぐっている。
そうね。今は意味を知る必要はない。目の前のことに集中しないと。
アゾットの邪魔をすると共倒れになる可能性が出てくる。
視界からしか分からないけど、じっと蜘蛛型の攻撃とそれに対するアゾットの動きを観察する。アゾットは仕掛けることはせず、継続的に蜘蛛型に攻撃をさせ回避に専念。接近したり離れたり、蜘蛛型の周囲を円を描くように走っている。
「攻撃の定石も分かった。一定の距離まで縮めると主砲を使用。離れると小銃だな。主砲も真っ直ぐな攻撃しかできないようだ」
再装填で攻撃が止まり、アゾットが呟く。
――距離は?
「我が今いる場所が攻撃が切り替わる境目だ。少しでも前に出れば主砲での攻撃に切り替わる」
そう言うと一歩踏み出す。すると主砲の砲身に光が集まった。下がると収束していた光が霧散する。
「普通は反対だと思うが」
――何がです?
「この場合主砲は遠距離、小銃……副砲は短距離用が普通のはずなんだけどな。まあ今はいいか」
首を振り、主砲の攻撃範囲内に入る。今度は下がることなく真っ直ぐ疾走する。光が収束・発射される瞬間、走る方向を変え攻撃を避けた。頰の横を通過する光。最小限の回避だ、発射させることで攻撃の方向を決定付けさせ、ギリギリの回避を狙ったのだろう。
(こうすれば良かったのね)
アゾットの動きに感心する。無駄がない。私が戦っていた時とは全く違う。効率がいい。同じ体を使っているのにこの差は何だろうか。
「これで終わりだっ!」
短剣を脚の関節部にあてがい、魔法を発動させる。瞬く間に関節は凍り付く。
移動してもう一つの脚を凍らせる。そして蜘蛛型の背後に移動した。
振り向こうとした敵は上手く脚を動かすことができず、体勢を崩す。
ドン、という地響きとともに蜘蛛型は倒れた。
「これで問題ないだろう。あとは小銃が使われることに意識して……」
――っ、見てください!
蜘蛛型の主砲を見る。光が収束している。アゾットの言っていたことが正しいのならば今の立ち位置では発動しないはず。
砲塔は私達ではなく、別の方向を……
――っ、変わりなさい!
叫び、私はアゾットと入れ替わる。
蜘蛛型の上に立ち、銃口の先を確認した。
「ナオヤを狙っているわ!」
――……まさか近、中、長距離の三つだったのか?
そんな冗談はいらない、と言いたいところ。だけど事実、そうとしか考えられなかった。
ナオヤは私達に背を向けて戦っているから、銃口を向けられていることを気づいていない。彼自身の戦いに集中している。
このままだと彼が熱攻撃に晒されてしまう。
(砲身を壊す?)
それは無理だ。クルタナの剣身があっても難しいのに、短剣ならなおさらだ。
必死に考える。ナオヤが気づく方法を。
(あの魔法なら)
思い付いたのは、雷の魔法。三つ描けば凄まじい音になる。
だけど画数の多い漢字を描いている時間はほとんどない。一つだけ描いてもギリギリだろう。
気づくほどの音になるのか分からないけど、それに賭けるしかない。全力で魔力を込めるだけ。
頭に浮かんだ時にはすでに手が動いていた。懐に隠していたミズカネを取り出し、指を浸す。素手だけどためらっている時間はない。アゾットが何か言っていたけど、無視。
描いて魔力を込める。砲身からは熱波の攻撃が今にも射出しそうな状況。けど、私の方が少し早い。
雷鳴が周囲の空気を振動させ、響き渡る。その音に驚いたナオヤが私の方を向いた。
「ナオヤっ! 避けてっ!」」





