魔剣
「セタさんっ、何をしたのですっ!」
脱衣場から金属同士がぶつかる音が聞こえる。かなりのスピードでぶつかり合っているな。
扉越しだけど、よく聞こえる。
「悪い、迎撃の許可をしてしまった」
「私に何か恨みでもあるのですか!?」
「全くない」
むしろ初対面の俺を助けてくれた上、風呂にも入れてくれたから感謝しているくらいだ。
恩を仇で返すとはこのことか。
「なんとかしてください!」
悲痛な声が聞こえた。
余計なことを考えないで、早く助けよう。
トツカのツルギの詳細画面に戻る。「ゲイゲキのカイジョ」のボタンが新しくできていた。
そのボタンをタップする。
――ゲイゲキのカイジョをカクニンしました
――テイシまであとサンフン
画面上に文章が表示される。
止まるまでなんでそんなに時間がかかるんだ?
緊急停止をすると問題あるのか?
けどまぁ、待つしかないだろう。
そんなことを考えている矢先、風呂場のドアを突き破ってナナミが入ってきた。
片手には赤色にきらめく刀が握られている。
羽織っていた黒衣はボロボロで、原型をとどめていない。
その黒衣をナナミは脱ぎ捨てた。
腰まで届く黒い髪が露わになる。
服装は黒い長袖のインナーに白いシャツ。
野球などのスポーツで着るような格好だ。
「大丈夫か?」
「首を洗って待っていろ」
声をかけると殺気の含んだ紅い目で睨まれた。
口調もキャラも今までと違う。
さっきは初対面だったから丁寧な口調を使っていたのか。
こっちが素の口調なんだろうな。
しばらくして風呂場へと剣が飛び込んできた。まっすぐナナミに向かっている。その剣を彼女は刀で横に弾く。
剣は壁に深く突き刺さり、抜けようとしているのか小刻みに震えている。
抜けるのは時間の問題だな。
「大変だな」
「そう思うのだったら、あの剣を止めるのを手伝えっ!」
「もうやっているぞ」
画面を見せる。その画面を見たナナミは舌打ちをした。
「止まるまで二分とか表示しているけど」
「知っている」
「そんなに耐えられない」
「頑張ってくれ」
「……先に殺してやろうか」
それは困る。まだ死にたくない。
俺は詳細画面をもう一度見る。
「お、「キョウセイテイシ」の手順がある」
「教えなさい」
「えっと「ショユウシャがツカをツカみ、マリョクをナガす」だって」
ということは俺がやらないといけないのか。
ナナミを見る。顎で「早く行け」と言わんばかりに指示を出してきた。
まあ剣は壁に刺さっているし、タイミングとしては今しかないか。
立ち上がり、湯船から出る。
「ち、ちょっと、これを巻きなさい」
「ん、ああ」
置いていたタオルをナナミから投げられる。
そういえば湯船に浸かっていたから裸だった。
俺は投げられたタオルを腰に巻き、突き刺さっている剣へと近づく。
「どうして平然としていることができるのよ……」
ナナミがポツリと呟く。
本当にどうしてだろうな。普通なら恥ずかしいと思うだろう。
たぶん思考が止まっているからじゃないかな。
転生直後に魔物に襲われて死にかけて、魔物とはいえ動物を初めて殺し、そのあとナナミと出会った。
そして風呂に浸かってやっと落ち着けると思っていたら、いつの間にか戦闘が目の前で始まっているし。
目紛しく変わっていく状況に頭が追いついていない。
今も剣の動作を止めることしか考えることができていない。
下手したら死ぬかもしれない状況だし。
でも余計なことを考える余裕はある。
やっぱりどこかおかしいな。感覚が麻痺している。
そんなことを思いつつも慎重に剣に近づき、柄を掴む。
(どれくらい流し込むんだ?)
とりあえず全力で流し込んでみるか。
柄に向けて力を注ぐ。魔力が体から奪われていくのが分かる。
小刻みに震えていた剣はしばらくして振動を止め、動かなくなった。
呆気なかったけど、これで終わりか。
「終わったぞ」
「……なんですかその剣は」
ナナミも力を抜いて剣先を下げている。
「この世界に来る前に神様から貰ったトツ――!?」
――エラーが発生しました。速やかにトツカのツルギから手を離してください。繰り返します――
頭の中で声が響く。
「まだ終わってないみたい」
「どういうこと?」
「頭の中でアラートが鳴っている」
さっき通知をオフにしたけど、それでも聞こえるということは相当まずいことじゃないのか?
握っている剣を見る。トツカのツルギは再び振動し始めていた。
もう一度魔力を込める。だけど収まるどころか振動が激しくなっていく。
形状も少しずつ禍々しく変形していく。
――魔力量が基準値を越えトツカのツルギが「魔剣」オハバリに成長しました。詳細を確認してください
成長、だと?
嫌な予感しかない。
アラートが鳴ったままの状態の上、武器の成長の通知。
想定の斜め上を行っている。
「手放していいか?」
「何が起きているの?」
「暴走」
そう言うとナナミは刀を構えた。
そして俺が睨まれる。
「なんなのよ、その剣は?」
「俺も聞きたい」
ミッション報酬としては割りに合わない。
「魔剣?に成長したし」
「……それ、トツカのツルギだったの!? なんでそんなもの持っていたの!」
「神様から貰ったんだよ。それで知っているのか? オハバリっていうらしいんだけど」
「……オハバリは神殺しと言われる魔剣よ」
魔剣や伝説の武器が存在するのか。
まあ神様が存在するし、伝説級の武器があっても普通か。
ナナミはというと魔剣、という言葉を聞いて刀を霧散させた。
どういう原理で消えているんだ?
っとそんなことを気にしている場合じゃない。オハバリは俺の手から逃れようとしているのか、暴れまわっている。
「詳しいな」
「調べているのよ。それより魔剣への変化となると、あとは所有者次第ね」
「そ、そうなの?」
「破壊はできないし、魔剣は意思を持っていて、所有者に質問をする」
「し、質問?」
「魔剣を扱うのにふさわしいかどうかをた――」
「ごめん、手が限界」
何か言いかけたナナミには申し訳ないが、俺は手を離した。
魔剣は勢いよく俺たちから離れていく。
何度か壁に衝突し斬り傷を付けたあと、空中で刃を俺たちに向け静止する。
「明らかに敵対しているよな?」
「所有者に対してのみだと思うよ」
「そうなの?」
「魔剣は意思を持ち、所有者を試す魔法の剣。扱うことができれば最強にもなれるけど……」
「けど?」
「下手したら魔剣に飲み込まれて死ぬわ。まあ、頑張って」
ナナミは我関せずという口調。
「……この世界に来て少ししか経ってないんだけどなぁ」
俺の異世界ライフ初日は中々濃いものになっている。
生死の境界線上にいるから、嬉しくない濃さだけどな。
――魔剣オハバリからメッセージが届きました。内容を確認してください
オハバリからメッセージが届いた。俺は内容を確認する。
「えっと「汝らに問う。逆らう勇気はあるか。苦難を越える覚悟はあるか。願いを叶える気概があるか。残り七日」」
七日か。意外に時間がある。
文章をもう一度読む。
内容が曖昧だな。「何に」逆らう勇気なのか、「どんな」苦難、願いとか抽象的過ぎる。
よく考えないといけない気がする。
それに「汝ら」ということは……
「ナナミ、どうする?」
「どうして私に尋ねるのよ?」
「「汝ら」って書いているからな。ナナミにも届いてないか?」
「……届いているわ」
ナナミはメニュー画面を開きメッセージが届いているのを確認して肩を落としている。
彼女も所有者なのか。俺から剣を借りようとした時「魔力認証」で剣に魔力を込めたからか?
「で、どうする?」
「すぐに答えられないわよ」
「だよな。時間あるし待ってもらおう」
俺もすぐに答えられない。考える時間が必要だ。
「返答だけど待ってもらうぞ」
返答はない。だけど「了解した」と言うようにアラートが止み、剣は床に落下した。
剣は床に突き刺さる。
もう動き出す気配はない。
「一応、これで終わりか?」
「そうみたいね。まだすることは残っているけど」
「あー疲れた」
その場に座り込む。どうしてこんなに大変なことが立て続けに起きるんだ?
まだ前途多難だし。
「私も疲れたわよ」
ナナミは大きくため息を吐いている。
「どうして私が所有者なのよ」
「魔力を込めたからだろ」
「あー」
脱力した声。納得したようだ。
彼女も何もする気が起きないらしい。
「時間はあるし、ゆっくり考えるか」
「そうね」
「そうと決まれば俺はもう一度風呂に入ろ」
とりあえず湯船に浸かりながら頭の中を整理したい。
「あ、待って。そんな時間はないわ」
しかしナナミが自身のメニュー画面を見ながら止める。
「銭湯での騒ぎが大きかったみたい。所長に呼ばれたわ」
画面を俺に見せる。そこには「何があった。説明しろ」と短いメッセージ。
「私の武器の暴走じゃないし、あなたに説明してもらうわ」
「……りょーかい」