言い争い
ナナミはヒゴに住む人たちを守りたかった。
そのためにフルンティングの意志に応え、その身をフルンティングに委ねた。
「ナナミは復讐できたのか?」
「できたと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
「フルンティングに変化した直後、一度ヒゴの城下町に戻り敵を斬り伏せました。問題はその後です」
「……ああ」
日記に書いていたことを思い出す。
フルンティングに支配されつつあったナナミは、ムツミに連れられアキツの首都に戻り、統王との面会。
その後兵士に対する死傷問題。最後には精神剤を飲むことができず、フルンティングに支配された状態で占領下のヒゴの城下町への投入。
その結果、ホラズム軍の殲滅と住民に対する蹂躙。
復讐はできたのかもしれない。
だけど守るべき住民も殺してしまった。
「フルンティングに支配されていた時のことはナナミ様も覚えているそうです」
「そうなのか?」
「「人間を斬った時の感覚が消えない」と話していましたから」
悲しげな表情。
「ナナミ様は後悔しているのだと思います」
「……ナナミの状況は大体分かった」
話を切り上げる。これ以上聞くことができない。
聞いていて辛い。
そろそろ本題に戻ろう。
ナナミの精神が擦りきれてしまう前に助けないと。
「それで、ムツミは所長の魔剣で支配されているナナミを解放したい。その理由は彼女が魔剣を手に入れるために人を殺しているから、でいいのか?」
「はい」
「で、具体的な方法は?」
「まずは今日の勝負でナオヤがナナミ様に勝ってもらいます」
「勝つことが解放に繋がるのか?」
ナナミとの勝負に繋がるのか。
ムツミが勝負にこだわる理由がナナミのためだと分かったけど、いまいち理解できないな。
「所長の持つ「マニピュレータ」が一度に支配できるのは二人までです」
順を追って話しますねと言い、ムツミは指を二本立てる。
その二人とはムツミとナナミか。
「また所長が人を支配する基準は「研究に役立つか」です」
「所長の研究って、魔剣の研究だったか?」
「はい」
魔剣の研究に役立つと支配する基準になる。
基準に達しなかったら、支配されることはない。
「私が考えている作戦はナオヤが勝ち、ナナミ様よりも強いことを所長に証明することです」
「証明出来たらどうなるんだ?」
「所長はナナミ様ではなく、ナオヤを支配することを考えると思います」
俺がナナミに勝つと、彼女より強いことが証明され、所長が俺を支配しようとする。
なるほど。それならナナミの支配が解除される……って。
「それだったら、俺が支配されてしまうだろうが」
「そうです」
「……俺を身代わりにするのか?」
うなずく彼女を怒気を含んだ目で睨む。
さすがにそれは嫌だぞ。
「そんなつもりはありませんよ」
「だったらどうするんだ?」
「支配の解除と実行するタイミングを狙うのですよ」
支配の解除と実行するタイミング。ムツミの言わんとすることを考える。
支配できるのは二人まで。
だからまず、ナナミの支配を解除する。
そして次に俺に対する支配の実行。
その間が一瞬でもあるということか。
狙うという意味では理にかなっているように見える。
「隙を狙うことは分かった。だけど何を狙うんだ?」
「所長からマニピュレータを奪うんですよ」
「奪う、か。それなら問題な……」
い、と言いかけて言葉を止める。
問題ある。
魔剣を奪うためには相手を殺さないといけない。
つまり、所長を殺すことになる。
ムツミはそれを分かっている……んだよなぁ。
「所長を殺してまで助けたいのか」
「当たり前です。これ以上苦しむナナミ様を見たくありません」
「……それで、殺すのは誰なんだ?」
「それはわた……ナオヤになりますね」
言い直したぞ。しかも俺が実行する形に。
「俺が殺すのか?」
「はい。よくよく考えてみたら、私は所長に支配されているので、殺すことができる可能性が低いです」
「無計画だな……で、可能性が高い方を選ぶと」
支配の解除、実行の場には俺が所長の一番近くにいるから、か?
そしてムツミよりも俺が手にかけることが成功する可能性が高いということか。
でもなぁ……
「……乗り気ではないようですね」
俺の表情から悟ったのか、ムツミが俺を睨む。
「人を殺すことは、な」
「ですが、そうしないとナナミ様は救われません」
「俺は人を殺すことなんてできない」
「そこは気持ちを切り替えるしかないですよ」
「……ナナミにはこれ以上させたくない「殺し」を俺にもさせるのか?」
さすがに苛々してきた。彼女のナナミを救いたい気持ちは分かる。それは俺も同じだ。
だけどナナミにして欲しくないことを、押し付けてくることは間違っている。
これは俺の人を殺したくない、という逃げの気持ちなのだろうか。
確かにそうかもしれない。だけど強要されることも間違っていると思う。
ムツミはうつむき、拳を握りしめている。
「……それでも、お願いしたいです」
「他人事みたいに言うな」
「私はナナミ様を救いたいんです!」
顔を上げ、キッと俺を睨む。彼女も譲る気は無いようだ。
俺も簡単にうなずく訳にはいかない。うなずくと今日、明日には俺は殺人者になってしまう。
それは嫌だ。他に方法はないのかよ?
「……さっき「ムツミを支える」って言いましたよね?」
「それを持ち出す気か?」
言ったのは俺だけど、今持ち出すのは流石に卑怯だろ。
返答に激昂したムツミは俺に掴みかかってきた。
「っ! それほど、私は! ナナミ様を……なんですか、アゾット! 今話しかけないでください!」
怒りの矛先が途中から彼女の内面にいるアゾットに変わっていた。
このタイミングは水を差しているな。
俺もされたら、彼女と同じことを言う。
「私は今、ナオヤを説得している途中……え? 他の手段がある?」
俺から離れ、ムツミはアゾットと会話している。傍から見ると独り言を言っているようで、内面にアゾットがいることを知らなかったらシュールな光景だ。
彼女を見ていると俺は落ち着いてきた。カッとなっていた感情に対して反省。
深呼吸をする。
そういえばさっき、アゾットが他の手段があると言っていたような……
「ナオヤ、ちょっといいですか?」
アゾットとの会話がまとまったらしい。ムツミが声をかけてきた。
「オハバリの問いかけに応え、正式に所有することはできますか?」





