助けるために
「さて、セタさんに醜態を晒してしまったので……」
数分してムツミは顔をあげ、俺から離れた。
鼻をすすり、目は赤い。
「責任を取ってください」
「何をどう責任を取るんだよ?」
「……さっき「ムツミを支える」とか言っていたのに、反故にするつもりですか?」
「……悪い。言ってはいけない冗談だった」
「……はぁ。ではまず一つ目」
呆れが含まれたため息を吐いて、ムツミは左手の人差し指を立てる。
「呼び捨てで呼ばさせてください」
「ん? それくらいいいぞ」
「では……ナオヤ、と呼びます」
苗字じゃなく、名前を呼び捨てか。
まあ……構わないけど。
だけど慣れていないから、こそばゆい。
「初めて呼びましたけど、口にして気持ちいい名前ですね、ナオヤ」
「知らん。でも口調は丁寧なんだな」
「追々直しますよ、ナオヤ」
「連呼するな」
「照れているのですか、ナオヤ?」
「うるさい」
からかわれている。このままだとムツミのペースに呑まれてしまいそうだ。
本題に戻らないと。
「……で、一つ目があるということは、二つ目があるのか?」
「はい、あります」
俺の問いに口惜しそうだったけど、彼女も切り替えて頷く。
こちらが本題です、と言い中指を立てる。
「ナナミ様をナギ所長から解放することを手伝ってくれませんか?」
「フルンティングからじゃないのか?」
「はい。所長からです」
ムツミは首を縦に振る。
日記からの推測になるけど、ムツミの研究はミズカネの研究――ナナミを支配しようとしているフルンティングを抑える精神剤の開発だと考えている。
解放だから、てっきりそれの手伝いだと勝手に思っていた。
「もしかしたら関わることがあるかもしれませんが、今回は別の話です」
「詳しく教えてくれないか?」
「はい。まずは所長の魔剣について……と、このことは日記で読んでいるのでしたっけ?」
簡単にだけど知っている。
確か「マニピュレータ」と呼ばれる精神を支配する魔剣だったか。
ムツミとナナミはこの魔剣によって、所長から逆らうことができないようにされているんだったっけ。
「精神支配する魔剣で、今はムツミとナナミが支配されているんだったか?」
「そうです。おとなしく従うことしかできません」
私はある程度、自由な状態ですけど、とムツミは付け加える。
「つまり所長の支配から、ナナミを解放したいということか?」
「はい」
俺の問いにムツミはうなずいた。
「その状況から、私は解放させたい」
それが二つ目の願いか。
「でも何で、解放したいんだ?」
「このままだとナナミ様が壊れてしまう可能性が高いのです」
「……壊れる?」
「所長の指示でナナミ様は魔剣を手に入れています。そのためにナナミ様が何をしているのか分かりますか?」
「えっと……」
「ここはフヨウ。罪人――特に魔剣を所持した罪人が転送される場所です」
言われて思い出した。
ナナミがフヨウに転送されてきた罪人を殺し、所持していた魔剣を奪う。
もしかしたら俺も殺され、オハバリを奪われてたかもしれない、とそんなことを考えていた気がする。
出来過ぎた憶測だ、と切り捨てた内容だった。
(当たっていたのか……)
憶測が確信にかわり、思わず俺は天井を見上げる。
「ナナミ様はもともと殺傷が嫌いです。このまま罪人を斬り続ければ、精神が擦り切れてしまいます」
「そうなのか? 魔物はバッサバッサと斬り捨てていたけど」
「……感情を押し殺しているのですよ」
悲しそうな表情で言う。
だけど俺にはどこか腑に落ちない。
「ナナミ様の話をしましょうか。気になることは減らしていきましょう」
「……頼む」
「ナナミ様は剣術を自身の身を守るために習っていました。だけど状況が変わりました」
「ヒゴが占領されたことか?」
「そうです。占領され、脱出を試みたとき、初めてナナミ様は人や魔物を殺めました」
「……」
「その後ナナミ様がフルンティングを手に入れ、戻ってきたヒゴの城下町で敵を殺し、暴走して住民を殺してしまった」
フルンティングに支配されていたとは言え、殺した事実は変わらない。そこに苦しみを覚えているのか。
(ん?)
俺はナナミが「敵を殺す覚悟を決めたから魔剣を手に入れた」と思っていたけど、ムツミの話を聞くと違う気がしてきた。
敵を殺す覚悟だったら脱出の時に魔剣に変化する気がする。だけど実際は脱出した後に変化。
変化するタイミングは魔力量が一定量を達したときだというから、些細なズレかもしれないけど。
「ナナミの魔剣からの問答は、何だったんだろうな?」
「……問答についておそらく、ナナミ様の身をフルンティングに捧げ、殺戮の狂人になることを受け入れる覚悟を聞かれたのだと思います」
ムツミは言葉を続ける。
「ナナミ様のフルンティングは攻撃特化型の魔剣だとは以前話しましたよね?」
「ああ。攻撃魔法が内蔵されているんだよな」
研究所での生活を始めて二日目、昼食の時に教えてもらったことだ。
ミズカネを用いずとも魔法が使えるというメリットがある。
「あの時は良い点しか言いませんでした」
「良い点?」
「はい。攻撃特化型の魔剣は確かに、勝負の場では最高の力を発します。ですがその分、魔剣の意志は気性が激しく、受け入れるための代償が大きい」
首をかしげるとムツミが答えてくれた。
「最悪気性が激しい魔剣の意志に飲み込まれる可能性もある。それなりの覚悟が必要なのですよ」
小説や漫画で見たことがあるな。
二重人格の登場人物が裏の人格に飲み込まれてしまう話。
考えてみるとナナミの今の状況はそれに近いのか。
「どうしてそんな魔剣に変化したんだ?」
「憎悪、復讐が根底にあったから、だと思います」
「……なぜ?」
「故郷を占領され、取り残された住民が虐げられている状況。その状況を看過できますか、ナオヤ?」
「……いや」
俺は言葉をつまらせる。
城主の娘として、住民を見捨てることは彼女自身が許すことができない。しかしその当時はそうすることしかできなかった。
ヒゴの領地から逃げている間もホラズムに対して憎悪が溢れていく。
「その感情が渦巻く中、トツカのツルギが魔剣に変化したらどうなりますか?」
憎悪が膨れ上がり、トツカのツルギが魔剣に変化する魔力量に達した瞬間。攻撃特化型のフルンティングに変化した。
敵を殲滅するための魔剣へと。
本当に間が悪かったとしか言いようがない。
『何かを守るためには何かを犠牲にする、そうしないと生き残れなかったから』
そして武器を持つ覚悟を持ったことをナナミに尋ねたとき、彼女が答えた言葉が頭の中を反芻する。
守りたかったものは住民。
犠牲にしたものはナナミ自身。
こういうことだろうか。





