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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(六日目、地下)
65/90

困惑

 駄目だ。思考がネガティブになっている。

 痛い。負ける。勝てる気がしない。

 このままだと鬱になりそうだ。モチベーションも上がらない。

 だけど勝負するしかない。

 俺は首を横に振り、ツルギを構え直した。


「……ふむ、そろそろだな」

「なにがだ?」

「それは自分の体に聞いてみろ」


 口の片端を吊り上げながらアゾットは言う。俺は彼女に問おうと口を開く。

 が、言葉を紡ぐ前に腹に激痛が走った。

 刺された時と同じような焼けるような痛み。


(時間、差っ!?)


 不意の痛みに俺は腹を抑え、片膝をついた。そしてアゾットを睨む。

 彼女は笑っていた。

 もう、嫌だ。


短剣(アゾット)の刃に麻酔薬を塗っていた。即効性があり、切れるのも早い代物だ」

「どう、して?」

「殺す気がないのなら、我がセタを殺すと言っただろう? だが簡単に殺すのでは面白くないからな」


 狂っている。

 率直に俺は感じた。

 遊ばれているのか、俺は。


「今度は毒でも塗って傷つけてやろう」

「ことわ、るっ!」


 そうは言い返したけど、このままでは結果的にアゾットに()られる。

 根本的な打開策も思いつかない。

 手詰まり感。


「……やっぱり面白くないな。治療してやる」

「信用でき、ない、な」

「信用されなくても、するだけだ」


 アゾットは数歩下がり、短剣を構えた。そして何やら魔法を発動。

 それだけで淡い光を放つ、半透明の半球が俺を囲った。

 痛みで立つこともできない俺はなすがままな状態。

 しばらくして傷付いた腹が塞がる奇妙な感覚。痛みも引いていく。

 本当に治療をしてくれているようだ。

 攻撃をせずに治療に専念している。

 目を瞑り集中していた。


 その行動に俺は困惑。


 (ムツミ)を殺してくれ。

 そうでなければ(セタ)を殺す。

 だけど致命傷を受けた俺を治す。


 彼女の行動は支離滅裂だ。

 本当にアゾットの目的は「ムツミを殺してくれ」なのか?


(答えてくれそうにないなぁ)


 聞いてもはぐらかされそうだ。

 目的はアゾットに勝ってから聞こう。

 傷がふさがり、痛みが和らいでいく。

 痛みが引いて気持ちも楽になった。

 まともな思考ができそうだ。

 先制攻撃を考える。


 不意打ちでもいい。勝負に勝ってやる。

 ふとズボンのポケットに目が移った。


(魔法を使うか?)


 中には実験室から取ってきたミズカネがある。

 使うとしたらアゾットと距離を取る魔法。

 もしくは反撃するための大がかりな魔法。


 ふと脳裏に浮かぶ、ムツミと実戦練習した時の水の魔法。

 あれを使えば、攻撃、そして距離を取るための魔法にもなる。

 集中しているアゾットに注意をしながら、そっとポケットに手を入れる。

 ミズカネの入ったビニール袋を取り出し、口を開き指を入れる。

 冷たい感触。頭の中でアラートが鳴るが無視。俺にはミズカネの毒は効かないからな。


 そっとアゾットを見る。まだ気づかれていない。

 俺は地面に漢字を描いていく。


 水前


 アゾットは俺の正面五、六メートルほど離れた場所にいるから、左右後方は意識しなくていい。


(……いや)


 ふと、ムツミの「雷」を三つ重ねた漢字の魔法を思い出した。

 三つ重ねたら音響爆弾のようになった。凄まじい威力だった。

 考え直す。水の威力が弱かったら意味がない。「水」の箇所を修正する。


 淼前


 確かこの漢字は「ビョウ」と読むはずだ。意味は「水が果て無くある」だったか。

 魔法を使った結果どうなるか分からないけど、威力はあるはず。

 それに水なら雷より危険度は大丈夫なはずだろうし。


「終わったぞ、セタ。これで問題ないだろう?」


 覆っていた半球が消える。

 腹に手を当ててみる。傷は塞がっていて、痛くない。

 さすがアゾット、治療に長けている。

 パラケルススが持っていただけはある。

 地球での話だけど。


 怪我の確認する傍ら、俺は地面に描いた漢字に手を添える。


「ありがとう……だけど、悪い」

「何だ?」

「また先に攻撃させてもらうっ」

「っ!」


 アゾットが身構えたのが見えたが、俺は無視して全力で魔力を込めた。描いた漢字を中心に俺とアゾットを仕切るように横一線に吹き出す水。

 それは五メートルほどの高さまで上昇。次に倒れるようにアゾットへと向かう。

 水は戦場と呼んでいたこの場所の端まで流れていく。そして壁にぶつかり、返しで俺のほうへ戻ってくる。

 戻ってくる水に対処するため、俺は漢字から手を放し、立ち上がる。

 だが大量の水が戻ってくることはなく、くるぶしあたりの高さまで低くなっていた。


 一面が水浸し。語源通りの風景だ。

 その中にアゾットが全身水で濡らした様相で片膝をついていた。

 押し流され、俺との距離はだいぶ空いている。


(チャンスだな)


 俺は足を取られないように気を付けつつアゾットに向けて駆け出す。

 接近し躊躇うことはせず、ツルギを振り下ろす。

 アゾットは頭上で短剣をかざし、俺のツルギを受け止めた。

 彼女の息は荒い。


「セタっ、限度というものを考えろ!」

「魔法はまだ不慣れだからな。全力でやらしてもらった」

「殺す気かっ」

「殺せといったのはアゾットのほうだろ?」


 うん、やっぱりアゾットは殺してほしくないようだ。だったら別の目的があることが確定。


「ちっ」


 舌打ちしアゾットは剣先を下げ、短剣を傾ける。ツルギを滑らせる気か。

 滑らせてしまったら俺がたたらを踏んで体勢を崩すことになる。

 そうなれば背中ががら空きだ。


(させない!)


 ツルギから手を放す。短剣を押さえる力を失ったツルギは俺の後方へと弾かれる。

 対してアゾットも不意に交錯していた短剣とツルギのバランスが消えたため、腕を伸ばした不用意な格好になっている。

 俺はアゾットの短剣を握る腕を掴む。そしてそのまま腕を外側に捻る。痛みに顔を歪めたアゾットは短剣を落とした。

 すぐさま短剣を蹴り、その場から遠ざける。


「降参しろ。俺の勝ちだ」

「ことわ、るっ」

「……ああ、そう」


 腕を捻る。


「セタっ、痛いぞっ!」

「痛くしているんだって」

「ムツミの腕を折れてもいいのかっ!?」

「折れたらアゾットが治療すればいいだろ……というか俺に殺してくれ、とか言いながら、傷つけられることは嫌なんだな」

「っ」


 目を見開き、そして逸らす。やっぱり嘘だったのか。


「目的は何だよ?」

「答える義理はな……痛いぞセタっ!」


 無言で腕を捻ると、痛みに耐えかねたアゾットが文句を言ってきた。

 俺も譲る気はない。さらに腕を捻っていく。


「し、仕方ない。この、手は、使いたくなかっ、たんだが……」

「何をする気だ?」


 俺の質問には答えず、アゾットは目を瞑る。しばらくして目を開いた。


「……あれ、ここはどこですかって……痛い!? セタさ、ん!? これはどういう、状況!?」

「ムツミ?」

「私以外に誰なんですか!? 早く手を、折れ、っ!」


 ……アゾットのやつ、ムツミと入れ替わって逃げたな。

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