最初の一撃
粛清機械?
なんだそれは?
ただその言葉を聞くだけで嫌な汗が俺の頬を伝う。
「模擬戦場に存在していることを聞いたことがないか?」
アゾットの言葉に思い出す。
ナナミから聞いた殺傷設定になっている機械。
実物は見たことないけど、それがここにあるというのか?
「あれはフルンティングに支配されたナナミでも破壊することに苦労する機械だ。数回戦わされて瀕死の重傷を負っている」
「本当に殺人機械だな、それは……」
ナナミでも勝てないとなると、俺では勝負にならないな。
機械相手だと「背水」のスキルも発動しないだろうし、俺の自力では歯が立たない。
抗うことができても結局は死ぬことだろう。
「機械と勝負することは嫌だろう?」
「……ああ」
「だったら、こうするしかないなっ!」
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が発動します。
スキルが発動。身体能力が上昇したことが実感できた。
それほどアゾットが敵意を持ち、俺よりも強いということだ。
アゾットを見る。彼女は前に屈み、そして俺に向けて跳躍する動作が見えた。
動きが速い。目で追いかけるのがやっとだ。
だけど直線的な動きだから狙いは分かる。
俺は咄嗟に握っていたトツカのツルギで胸元を庇った。
直後ギィン、という金属音と衝撃。見るとツルギの腹にアゾットが突き出した短剣の剣先が突き立てられていた。
間一髪。俺はツルギで押し返し、アゾットと距離を取る。
「アゾット! 危ないだろーが!」
「こうでもしないと、勝負が始まって機械が動き出すだろ?」
「う……」
その通りだ。アナウンスも「戦闘開始を検知。粛清機械は待機」と繰り返し放送していた。
またアゾットに対して怒りがふつふつと湧いてくる。
殺すような攻撃はしなくてもいいだろ。
「機械のことはともかく」
「おい」
「本気で殺しに来い。でないと我がセタを殺すぞ」
俺の考えを読み取っているのか、アゾットは俺に殺意を向ける。
――スキル「背水」に関する能力の上昇値が変更されました。変更の内容を確認してください。
今までに聞いたことがない通知。そして体が軽くなる。
まだ強くなるのか。それほどアゾットが強いということか。
これは気を引き締めないと本当に殺される。
戦う覚悟を決めないといけない。
アゾット、もといムツミを殺す殺さないとは別の問題だ。
勝負自体を躊躇っていたら、死ぬ。
勝負を、受ける。
俺のどこかでスイッチが入った。深呼吸してトツカのツルギを構える。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「ヴュルテン剣術(基本)」を発動しました。
――スキル「ヴュルテン剣術(基本)」は「背水」の影響を受け、条件付きで「ヴュルテン剣術(中級)」に変化します。
先程から連続する通知。今度は剣術に関するものだ。
(条件付きの変化?)
これは一時的な変化と見たほうがいいな。
解除されるタイミングは通知の内容からしておそらく「背水」のスキルが解除された時だろう。
つまりアゾットの敵意・殺意が俺に向かなくなった時。
いつその瞬間が訪れるのか分からない。
戻る前に決着をつけた方が良さそうだ。
体が自然と型を取る。
トツカのツルギの柄を右耳横まで引き寄せ、剣先はアゾットに向ける。
今までの「屋根」とは違う構え。
中級のスキルを得た状況だからか、この構えができている。
構えの名前は「雄牛」。
構え方から突きを行うことがメイン。
変化で「屋根」に構え直して、ツルギを振り下ろすことも可能だ。
頭の中に入ってくる戦うための新しい知識。
この状態なら勝てる。
どことなく溢れてくる自信。
俺は「雄牛」の構えのまま、跳躍しアゾットに接近する。
彼女に先制させない。こちらから仕掛けて、勝負を支配する。
俺はツルギをアゾットの胸元に突き出した。
ただし、その突きはアゾットがギリギリ受け止めることができるスピードで。
さっきの仕返しだ。
「っ!」
予測通りアゾットは辛うじて短剣の腹で受け止めた。
俺は息をつかせずツルギを引き、今度は足に向けて突き。アゾットは後退して避ける。
「剣術はよくできているな……だが!」
ツルギが届かない位置で彼女は短剣を薙ぐ。剣身から水が発生。水は剣筋を沿うように弧を描き、俺を襲う。
水の斬撃。水量で俺を押し流すのではなく、カマイタチのような攻撃だ。
ただその斬撃のせいでムツミが見えない。それで彼女の行動が分からず、予測できない。
すぐに俺はその水をツルギで上から叩き、二分する。その斬った間をすり抜け、アゾットへ接近した。
再度アゾットが短剣の剣身をこちらに見せているのが見えた。
その剣身が輝いている。次の魔法を使う準備。
(まずい!)
光系の魔法か。目を眩ます魔法だと推測。
一時的にでも視力を失ったら攻撃どころか防御ができない。俺は視線を逸らす。
だけど眩しくはならなかった。俺はゆっくりと視線を戻す。
困惑している矢先、腹に激痛。見ると腹に短剣が刺さっていた。
アゾットは刺した短剣を躊躇いもなく引き抜く。
苦痛に顔が歪んだ。思わず刺された箇所に手を当て、体を屈める。
手には生温い感触。
「目を逸らすことは駄目だな。片目だけでも見ておくべきだ」
「お、い……」
「それで、その格好でいると首を叩き落とすが良いのか?」
頭上を見る。アゾットが短剣を振り上げている様子が見えた。
痛みを堪え、俺は横飛びをする。耳元で空を切る音。
地面を何度か転がり、ふらつきながらも起き上がる。
「……殺す気、かよ」
「我が殺されないのならば、セタを殺すだけだ」
「く、そっ」
悪態をつく。
殺されてたまるか。
俺は死ぬ気はない。
腹を押さえていた手を見る。血で真っ赤に染まっていた。ズボンで手を拭い、ツルギを構え直す。
今度は慣れている「屋根」の構え。
ゆっくりと呼吸をする。
(長くは保たないな)
アゾットは俺の状態を理解しているのか、仕掛けてはこない。俺に血を流させ、消耗させる気か。
俺自身も現状が良くない状況だということは分かっている。
けどあまり時間をかけず確認する。
まず俺の怪我。
痛みは刺さった一瞬だけで、今はそれほど痛くはない。
痛覚が麻痺している状態なら大変なだけど、それを知る術はない。
知ったところで意味はない。
次にアゾット。
スキル「背水」で能力値が上昇している俺よりも強い。
ムツミと同じ体で、精神が違うだけだから無意識にムツミと勝負をしていた。
違う考えを持つ相手だから同じ訳がない。
そこは反省。
最後に「背水」のスキル。
このスキルの内容は「攻撃、防御等の能力値が敵と戦える程度まで上昇」だったか。
戦うことができる「程度」の能力値の上昇。
そのことを見落としていた。
相手より強くなった訳ではない。対等ぐらいの能力を持っただけ。
それに俺の場合は能力値が高くても実戦経験がほとんどないから、正手順ではなく搦め手とかには弱い。
そこをアゾットに突かれたんだ。
さっき自信が溢れてくる、と言ったけど全然違う。
ただの慢心だ。





