湯船
「タオルは……お、あった」
脱衣場の片隅に重ねられて置いていたタオルを一枚取る。清潔を感じさせる白いタオルだ。
風呂場へと繋がる扉の近くに移動。そこに脱衣籠があった。中に脱いだ服を入れていく。シャツを籠に入れようとして、背中の部分が破けていることに気づく。
これって、テイルウルフと戦った時に破けたんだな。
逃げようと背中を向けた時に攻撃され、激痛が走ったんだっけ。
今思えばあれは尻尾で攻撃されたんだろう。
鏡を見つけたので、背中を映して見る。
うわぁ、鞭で打たれたようなミミズ腫れになっている。
赤黒い色。見なかったほうかよかったかも。
首も締められた跡が残っているな。
(そういえば)
尻尾には毒があるとかナナミは言っていたけど、そんな状態異常にはならなかった。
毒耐性の能力を持っていたから影響がなかった、と考えればいいのだろう。
これは大国主に感謝。
この背中の傷は浴槽に入ると湯が傷口に沁みて痛いかもしれない。
だからといって入らない訳ではないけど。
むしろ入りたいし、血や汗を拭いたい。
傍らにあった小さなタオルを持って、俺は風呂場へ入る。
「おお」
見たことのある構造。手前に数台シャワーが設置されていて、奥に大きめの浴槽がある。
想像していた通りの銭湯だ。
そして俺にとって久しぶりの風呂だ。
一人暮らしで最近はシャワーしか浴びていなかったからな。
すぐに入りたい衝動を堪え、俺はシャワーの前に座り、体を洗う。
血や汗が取れて気持ちいいな。
「いたっ」
やっぱりというか、背中が痛い。我慢できないほどの痛さでもないので、背中も洗う。
――忍耐力が上がりました。ステータスを確認してください。
こんなことでもステータスが上がるのか。俺はおもむろにジコノウリョク画面を展開する。
また渾名が変わっていた。
ナマエ:セタ ナオヤ
アダナ:タニンダヨリのイジン
タニンダヨリ……他人頼りのイジンだと?
右も左も分からないから仕方ないことだろ。
そんなことを思っているとまた渾名が変わった。
ナマエ:セタ ナオヤ
アダナ:モンクのオオいイジン
……俺、このシステムに遊ばれていないか?
呆れてため息しか出ない。
渾名を見るのを止め、レーダーチャートを見る。
「あれ?」
画面に「ニンタイリョク」のステータスはない。
画面内を探すとレーダーチャートの下に「ホカのノウリョクをミる」のボタンがあった。
そのボタンをタップする。するとレーダーチャートには記載されていなかった能力が一覧として並べられていた。
その中に「ニンタイリョク」の項目もあった。
試しに選択してみる。
「これは……」
能力の詳細か。何やら条件とかが書いてある。
ざっと見てみるけど「◯◯を……秒我慢する」や「△△を継続する」など書いてあるな。
これを行えば能力が上がるのか。
ただ全てを確認するのには時間がかかりそうだ。これは後で確認。
「あとは風呂に入りながら見よ」
さっさと洗って湯船に浸かろう。
――俊敏力が上がりました。ステータスを確認してください。
……この通知、切ることはできないだろうか。
けどまあ、先に体を洗おう。設定の確認も湯船に入ってからだ。
さっさと体を洗い湯船に浸かる。
「はぁ」
気持ちいい。
温かい湯船で、俺は全身を伸ばす。
日本人と言えばやっぱり風呂だな。
口元まで湯船に浸かる。
「っと、さっきのステータス画面」
しばらく浸かった後、表示させる。あ、下部が湯に浸かって見えない。
上に動かないかな。
そう思っていと画面が勝手に上に動いた。
(ん?)
画面を下に動くよう念じてみる。すると画面は下に動いて湯船の中に沈んだ。
念じることで画面の位置を変えることができるのか。
もう一度見えるように調整して、ステータス画面の「ニンタイリョク」の詳細を表示する。
「能力値アップ、ダウンの条件が書いてあるな」
次に「ニンタイリョク」の数値を上げるためには「同一作業を五分以上継続する」か。
現在の俺に設定された数値も表示している。
ここの数値がレーダーチャートに記載されている気がする。
レーダーチャートに表示されていない能力についてはどこかで非表示の設定をしているのだろう。
「設定する画面がありそうだな」
メニュー画面に戻り、色々画面を操作していく。
「あった」
メニュー画面の左下、歯車のマークをタップしたら「セッテイ」画面が表示された。
通知とかの設定もできるようだ。
俺はその画面で自身が分かりやすいように設定を行っていく。
とりあえず通知は「ジュウヨウ」以外は全て切っておこう。
「セタさんー。湯加減はどうですか?」
脱衣場からナナミの声が聞こえてきた。
「気持ちいいぞ」
「それはよかったです。替えの服を置いておきますので、上がったら着てください」
「分かった」
「あとセタさんの剣ですけど、借りてもいいですか?」
「何に使うんだ?」
「肉を捌きます。私の刀でもいいのですけど……」
……ああ、ナナミが持っていた刀だと切りにくいのか。
思わずナナミが剣で捌いている光景を想像してしまう。
剣を逆手に持ち、淡々と解体していく。
解体するときは血は出るのだろうか。
見たことがないから全く分からないな。
「いいぞ」
「では、お借りします……って、あれ? セキュリティがかかってる。魔力認証?」
ナナミはトツカのツルギを手に取って何かしているようだ。
セキュリティなんてかけた覚えはないんだけど。
「魔力を込めて……あ、まずい。セタさん「ショウニン」してもらってもいいですか?」
少し脱衣場が騒がしくなったな。ドン、ドンと音が聞こえる。
「ショウニン?」
「「ソウビ」画面から詳細を見れませんか?」
そんな項目があったな。
俺はソウビ画面を開く。
フクソウ:ナシ
ブキ:ナシ
ショジヒン:トツカのツルギ
ブキに表示されていないのは俺が今帯刀していないからだろうか?
俺が武器として認識していないからかもしれない。
どっちでもいいか。
俺はトツカのツルギを選択し詳細を見る。武器の状態や画像、所有者名が表示されていた。
ん? 黄色い三角に「!」のアイコンが埋め込まれた画像が表示されているな。
見慣れた警告のマーク。
「見れましたら、画面上のアイコンを押してもらっていいですか?」
「黄色いアイコン?」
「そうです……あの、少し急いでもらっていいですか?」
どうしたのだろう。
いつの間にかナナミは切羽詰まった口調になっている。
騒がしさも増しているように感じる。
疑問に思いつつもアイコンをタップした。
新しい画面が表示され、何か書いてある。
ケイコク
キョカされていないジンブツがブキをショジし、マリョクのコンニュウをカクニンしました。
ゲイゲキしますか?
YES/NO
「ゲイゲキ……迎撃!?」
何がどうして、そうなった。
とりあえず警告画面下の「YES 」をタップする。
「……あ」
画面に新しい文章が追加された。
ケイコク
キョカされていないジンブツがブキをショジし、マリョクのコンニュウをカクニンしました。
ゲイゲキしますか?
YES
ゲイゲキのショウニンをカクニンしました。