六日目、違和感
清々しい朝だ。
部屋には窓もなく、外の景色が見えない。本来なら窓から入ってくる日差しを浴びて「清々しい」という言葉を使うと思う。
まあ仮に窓があったとしても霧のお陰で何も見えないことは予測できた。
だけど目覚めは良かった。
寝ぼけることもなく、はっきりと目が冴えている。
「認証 トツカのツルギ 取り出し」
俺はベッドから起き上がると、おもむろにトツカのツルギを顕現させる。
両手でツルギを正眼に構え、目をつぶる。
脳裏に浮かぶのはナナミとの勝負のこと。
寝起きから勝負のことを考えるなんて、かなり意識しているな。
「すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をする。息が震えていた。
緊張しているのだろう。今日の勝負は特別だからな。
もし負ければ今度はムツミの手によって殺される。俺の生死がかかった重要な勝負だ。
(はぁ……)
戦っている光景を想像するけど、勝てるイメージができない。
朝の鍛錬で何度も打ち合っているから、ナナミの動きはイメージできる。
動きが分かるからこそ、どこで攻撃されるのか先に分かってしまい、勝てる気がしない。
――メッセージを受信しました。内容を確認してください。
通知が届く。俺はトツカのツルギを片付け、メッセージを見る。
ムツミからだった。
件名を見ると「今日の予定」と書いてあった。
そういえば勝負は日程は決めていたけど、時間は決めていなかったな。
メッセージ本文を展開し、中身を見る。
ひらがな、カタカナだけの文章にはだいぶ慣れた。頭の中で漢字に変換しながら読んでいく。
【件名】
今日の予定(共有)
【本文】
ナナミ様、セタさん
ムツミです。
今日はこれまでと予定が異なるので、事前に連絡します。
なお私は急遽予定が入りましたので、午前中は連絡が取れません。
まず食事ですが、食堂に作っていますので各自食べてください。
次にナナミ様とセタさんの勝負ですが午後二時開始とします。時間に遅れないように模擬戦場へと集合してください。
以上です。
「午後に勝負か」
まだ時間があるな。
心を落ち着かせる時間は十分ある。
――メッセージを受信しました。内容を確認してください。
すぐに新しいメッセージが届いた。今度はナナミから。さっきのメッセージの返信のようだ。
【件名】
RE:今日の予定(共有)
【本文】
ムツミへ
わかったわ。その予定でしましょう。
あとセタ。今日の朝の鍛錬は中止ね。勝負前に手の内を見せたくないし。
追伸
セタ、負けないわよ。
「俺も負けるつもりはないけど」
メッセージに俺は言い返す。
死ぬのは嫌だからな。勝てるイメージができていないけど、何が何でも勝ちにいく。
【件名】
RE:今日の予定(共有)
【本文】
ムツミへ
今日の予定、了解。
ナナミへ
こっちこそ、負けないぞ。
俺も返信して、ベッドに倒れこむ。
(ん?)
俺はメッセージを再度展開する。
今日の予定に疑問があったわけではない。頭で変換した文章に違和感があったのだ。
メッセージをゆっくり読み返し、その違和感に気づく。
(ナナミ「様」?)
ムツミは会話でナナミを呼ぶときは呼び捨てだったはず。どうして様付けなんだ?
昨日の朝、ナナミに襲われたときに送られたムツミのメッセージも展開する。このメッセージではナナミを呼び捨てで書いてある。
一方でナナミも「様」を付けてムツミが呼んでいることに突っ込みを入れていなかった。
彼女は違和感を感じなかったのだろう。
(そう言えば……)
以前ムツミがナナミを「世話をしていた」とか言っていたっけ?
ふと浮かんだのはアニメや漫画に出てくる主人によく意見を言うメイドや世話好きの幼馴染み。
メイドに関しては「様」をつけて主人の名前を呼ぶだろう。
ナナミとムツミは主従関係?
彼女たちは同郷だと言っていた。過去はそういう関係で、ムツミがナナミに対して言っていたことがあるのだろうか。
そう考えると辻褄が合うから、ありえないことはないだろうけど……
だったら昨日までは呼び捨てで、どうして今日は「様」をつけて読んだのだろうか。
【件名】
呼び方
【本文】
ナナミのことを「様」付けで呼んでいたけど何故だ?
しばらく待っても返信はなかった。急遽入った予定のせいで、もう連絡が取れなくなったのだろう。
「まぁ、後で聞くか」
今は勝負に集中しよう。どうしてそう呼んだのかなんて、勝負が終われば聞くことができる。
勝負に負けたら聞く機会すらないかもしれないしな。
っと、さっきから負ける前提の考え方になっている。
ネガティブ思考だ。気持ちから負けてしまっている。
勝つためにもナナミの攻撃を整理しよう。
ナナミは剣を使う攻撃が中心。
勝負は朝の鍛錬のような剣技を交えるものとなる可能性が高い。
注意することと言えば本物の武器で戦うことか。
鍛錬時から常に使っているから扱いには慣れたけど、今回は勝負だ。鍛錬で俺に合わせてくれていたナナミも本気で仕掛けてくるはずだ。
下手をしたら、怪我だけでは済まない。
だけどナナミは俺を殺しにこないはず。真剣勝負といっても、ナナミとは生死を賭けていない。首を両断する剣筋でも、斬る直前で剣を止めるとは思う。
(けど、まぁ……)
何故か不安が残る。相手の動きに期待して戦おうとする、他力本願な考え方だからか?
それに剣を止めることを予測して戦うことは危ない考え方か。勢い余って斬られる可能性も否定はできないし。
首を斬られたら辛うじて瀕死の状態になるだろう。そうなれば俺の負けとなって、俺を殺すことを予告しているムツミもわざわざ助けてくれることはない。
次にナナミの魔法。
俺が知っている彼女の攻撃の魔法は「カマイタチ」と呼んでいたものだ。
風の魔法で敵を斬る。これは日本の妖怪、怪異で呼ばれている「鎌鼬」と同様のイメージで考えていいはず。
違うことと言えば威力か。
魔物を一刀両断する威力は俺の想像を超えている。
中距離魔法だから、ナナミから離れて背を向けたら即座に魔法を使ってきそうだ。
(他に魔法は使えるのか?)
これについてはは分からない、としか言えないな。鍛錬ではナナミは魔法を使わなかったから、知ることができなかった。
手の内を見せなかったのか、他に使い慣れている魔法がないのか、判断できない。
気をつけるべきことだな。





