幕間(ムツミとアゾット)
「……できた」
試験管に出来上がった液体を見つめながら、私は呟いた。
ほぅ、息を吐いて椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げる。
精神剤の出来はこれまでの中で一番のものだろう。前回、ナナミ様に注入した精神剤を希釈したものだから危険性は低いはずだ。
――ふぁ。できたのか?
大きな欠伸とともに声が聞こえた。
声の主は魔剣アゾットから生まれたもう一人の私。私はこの精神をそのままアゾットと呼んでいる。
彼女は医療系の知識が豊富で、精神剤を作る時も手伝って貰っていた。
だけどかなりの怠惰で、今日も一緒に作っていたけど飽きてしまったのか、途中からは声が聞こえなくなっていた。
たぶん寝ていたんだと思う。
「できました。あとは私が少量飲んで、確認するだけです」
――飲むことはあまり勧めないな。
「いつも言いますね」
――作っている薬はどれも体に毒だからな……それで、今回作っている薬はなんだ?
「……言ったはずですが」
――忘れた。
あっけらかんに答えるアゾットに呆れる。
この薬も最初はアゾットと一緒に造っていたはずなんだけど。
「ナナミ様の精神剤ですよ」
――また作ったのか。昨日も作っていただろ?
「あれは今日使ってしまいました」
――そうなのか?
「セタさんが襲われていたので、急遽使いました」
――またか。彼女のフルンティングには手を焼かされる。
全くその通りだ。あの破壊、殺戮衝動にはいつも苦労する。
私が作った精神剤で抑え込んでいなければ、出会った時にすぐ戦闘。
無駄に疲れる。
――最近は襲う対象があの少年に移っていたが……ムツミの苦労は変わらないのだな。
「楽になっていますよ。戦闘が少なくなりましたし」
――少年が来たことで余裕ができたのか。
「はい。所長からの呼び出しも減りましたし」
セタさんの魔剣「オハバリ」の研究に所長は没頭している。その間は私に所長からの依頼で研究を手伝うことはない。
「今のうちにできることをしなければいけません」
――それが精神剤の作成か。
アゾットの言葉に私はうなずく。
精神剤の作成。魔剣アゾットを所有した私のするべきことだ。
「私が持っていたトツカのツルギがアゾットに変化した理由は知っているでしょう?」
――ああ。ナナミを助けることだろう?
「はい。早く完成させないと」
――焦っているのか?
「当然です」
アゾットも知っているはず。私の体に限界がきていることを。
理由は簡単。精神剤の毒味。
精神剤の作成にはミズカネを使う。そのミズカネは猛毒だ。失敗作を飲んだ際の毒が私の体内に蓄積されている。
だけど扱いを間違わなければ猛毒を無効化し、万能な薬の元となる。
例えばナナミ様のために作っている精神剤。
調合する薬品の種類、分量さえ間違えなければ魔剣の人格の表面化を抑えることができる薬となる。
だけど一歩間違える大変なことになる。毒で死に至ることはないが、様々な症状が現れる。
舌のしびれや喉が焼けるような感覚。そして苦痛のあとには幻覚症状や喪失感。
しかも人格を抑えることもできないため、苦しいだけだった。
だから失敗作を飲んでしまった時はいつも死んでしまったほうがいいと考えてしまう。
その度にアゾットが引き止めてくれているから、今まで生き長らえているけど。
――……ふむ。体は恐らくあと数回の薬の実験で壊れるだろう。
「そうですか」
――客観的だな。
「体のことを気にしていたら、薬なんて作れませんよ」
――あの少年を使えば良いではないか? 毒の耐性があるから、死にはしないと思うが。
「明日、ナナミ様と勝負があります。仮に精神剤を飲んで調子を落とされても困ります」
セタさんには明日は勝って貰わないと困る。彼が私の研究……精神剤の作成を手伝ってもらうためだけではない。
ナナミ様と私が所長の魔剣「マニピュレータ」で支配されている状況から解放してもらうため。
「現状、所長はセタさんがナナミ様よりも弱いと思っているはず。そこでセタさんが勝てば序列が入れ替わって、「支配欲」の強いマニピュレータは彼に切り替えようとするはず」
――切り替わってどうする。それでは少年が「管理」されるだけだろう?
「切り替える瞬間を狙うのですよ。切り替える時は私にかかっている「管理」も一時的に無効になります」
その瞬間に所長を私が倒し、マニピュレータを奪取。
それでナナミ様と私は解放される。
――上手くいくのか?
「失敗した場合、私は死ぬかもしれませんね。ただナナミ様は確実に解放されます」
――……はぁ。
アゾットは私に聞こえるようにため息を吐いた。
――だったら何も言うことはない。
「そうですか。では、精神剤を試しますよ」
――はいはい。それで私は内側からムツミに声をかけることができなくなったら、成功なんだな?
「そうです」
私は完成した精神剤を手にする。
これを飲んで体に異常がなく、アゾットの意識が表に出てこないで抑え込むことができていたら、精神剤の作成は成功だ。
そして――
私は意識を失った。





