幕間(ナナミ:勝負前夜)
幕間とはいえ、重要な内容。
いつかはナナミの過去も書きたい。
深夜、私は所長に呼び出された。
どうして呼ばれたのかを考えながら廊下を歩く。
呼び出されたということは、研究所の外で魔物が徘徊している、もしくは誰かが転送されてきたのか。
こんな時間帯に所長は思いつきではない限り、研究や実験はしない。
できれば魔物が徘徊しているのであって欲しい。
そんなことを私は思う。
これ以上、人殺しに慣れたくはない。
内側にいる「フルンティング」に私が近づいていると実感するからだ。
フルンティング。
彼女は私がフルンティングを手にした時に聞こえるになった声。私のもう一つの人格。
本当は彼女を否定したい。だけど体を共有していることから完全に否定することができない。
違うとすれば残虐性のある性格か。
どす黒い感情。殺戮の衝動。これは私には持っていない感覚。そして日に日に私に侵食してきている。
彼女を意識しないと私の体を乗っ取られる。
現状はムツミの作った精神剤で抑え込むことができているけど、フルンティングに耐性が付き始めたのか、衝動は日々強くなっていく。
――私を否定するのか? もう一人の私よ。
フルンティングの声が頭の中に響いた。
これは精神剤が切れかかっている証拠だ。
日に日に精神剤の切れる時間が短くなっている気がする。
セタが言っていたように、食後だけでは回数が足りない。
あいにく精神剤は部屋に置いてきた。所長に会う前だから、今体を乗っ取られると問題になる。
気をしっかりと持たないと。
――おい、聞いているのか?
「聞いているわよ」
短く息を吐いた後、返事をする。
正直彼女と会話をしたくない。
――私のことが嫌いなのか?
「当たり前よ。私は殺戮者じゃない」
――嘘を言うな。これまでお前は幾度となく人を殺してきた。
「それはあなたの話」
――そうかもしれない。だが一心同体。精神が否定してもその体にはこれまでの経験が染み付いている。
「……やめて」
頭の中で響く声に私は首を横に振る。彼女の言う通りだ。精神が入れ替わっていても、感覚は残る。
肉を斬る感覚、骨を砕く音。
そして悲鳴や命乞い。
その感覚は今でも消えることはない。
――魔物を殺すことはできても、人を殺すことはできないのだな。
痛いことを言われる。魔物は確かに躊躇いなく殺すことができる。
でも、それは最近になってのことだ。最初は斬ることもできず、私自身が傷付き、斃したときの感覚で気分が悪くなった。
幾度もなく経験して慣れてしまった。
だけど人は慣れない。
(……セタのことをとやかく言うことはできないわね)
セタには「武器を持つ覚悟」を尋ねたけど、私も覚悟ができていない。
それに格好よく「その道を進むことを決めた」と言ったけど「人を殺すことに対して覚悟を決めた」という意味ではなかった。
実際は「人を殺すため、フルンティングから生まれた人格を受け入れる覚悟」だ。
過去に受け入れざるを得ない状況だったから受け入れたけど、覚悟はまだできていない。
厳密に言えば覚悟してい受け入れたけど、その覚悟が途中で見失ってしまった。
中途半端なことだと思う。
だからセタに強く言ったのはそんな過去の私とどこか重なったから。
チキュウという場所で平和な日常を過ごしてきたセタが単に武器を扱いたい、と言った言葉が軽い気持ちからだとすぐに分かった。
そのことが私と重なる。
セタにはオハバリがを正式に手にした時、彼なりの正しい選択をして欲しい。
オハバリも勇気や覚悟を問いかけているから、私とは異なる道を進むだろうけど。
――我が儘だな。私はあのイジンがどう成長するのか気になる。
「あなたはセタが成長すると、殺しがいがあるからでしょ」
――くくっ、そうだな。
それぐらいは分かる。彼は「成長する力(刀剣)」のおかげか、どんどん強くなっている。
フルンティングにとって、殺しがいのある相手になるかもしれないのだ。
――だが世の中は理不尽だぞ。
「どういうこと?」
――所長に会えば分かることだ。
そう言うと彼女は精神の奥に消えていった。会話だけをして消えるなんて珍しいことだった。
(どういうことだろう?)
所長に会えば分かる? フルンティングは何かに気づいているのだろうか。
考えていても仕方がない。所長の部屋へとたどり着いた私はため息を吐いてから中へと入る。
書籍や書類の山の間を通り、机に向かっている所長に近づく。
「ナギ所長、失礼します」
「遅かったな」
「すみません」
素直に謝っておく。言い訳をして愚痴を言われても仕方がない。
さっさと用件を済ませよう。
「先程の呼び出しですが、罪人が転送されてきたのでしょうか?」
「それは問題ない。国から罪人の転送通知が来ていない」
「では魔物ですか?」
「違う。明日のあの少年との勝負についてだ」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
「……勝負がどうかしましたか?」
「勝負の中であの少年を処分しろ」
「……え?」
「オハバリの研究はほぼ終わりだ。あとは少年に消えてもらい、オハバリを私の物にする」
所長はオハバリをいたく気に入ったようだ。だからセタを殺して自分の物にしたいということか。
「……所長は魔剣の所有数の上限に達していませんでしたか?」
「あんなものは口約束の上限だ。破っても構わない」
「ですが……」
「命令だ。あの少年を殺せ」
所長の手には剣身が黒く染められた剣が握られている。
あれは相手を支配する魔剣「マニピュレータ」。
常時発動の能力「管理」で私とムツミは所長の支配下に置かれ、そして私たちにとって憎い魔剣だ。
「私にこの魔剣の能力で逆らえないことは分かっているだろう?」
「……はい」
逆らえば私かムツミに死ぬほうが楽な苦痛が与えられる。
ムツミ辛い思いをさせたくない。
けど、だからといって……
整理がつかず、葛藤する。
「傀儡として私が貴様を支配し、あの少年を殺してもいいが?」
「……それは」
それは嫌だ。意識があるのに体が思う通りに動かせないことはフルンティングだけで十分だ。
ムツミのことを考えても、セタを殺すしかない。
彼を殺すほうが比較的心が痛まない。
「選択権はないぞ」
「……はい」
「話は以上だ。結果を待っている」
「……分かりました」
私は所長の部屋を出る。
――私が言った通りだろう?
頭の中で声が響く。
笑っているようだった。
私は壁に背中を預けその場へと座り込み、頭を抱える。
――代わりに私が戦おうか? 確実にイジンを殺せるぞ。
「私が、殺す」
――ほう、できるのか?
私の答えが意外だったのか、不思議そうにフルンティングは尋ねてくる。
――この前に転送されてきたハルペーの持ち主は私に任せたのに?
「セタは私が拾ってきた。私がかたをつける」
――……覚悟はできているのだな?
「ええ」
うなずく。フルンティングに勝負を任せる訳にはいかない。
覚悟を決めて戦わないと。
セタを、殺す。
――その覚悟があるのなら、新たな能力を一つつけてやろう。
その声と同時に頭の中で鳴る音。ステータスを確認すると新しい能力が付与されていた。
初めて見る漢字だ。どう読むのだろう。
――「諦念」だ。今のおまえには似合っている能力だ。





