食事中
ムツミが不機嫌だ。
晩御飯を作っている間、そして食べている間も機嫌が悪い。
がつがつと音を立てて食べている。
正直なところ、ご飯を食べにくい。
「……何かあったの?」
隣で食べているナナミも一緒だったようで、小声で俺に尋ねる。
「いや、午後に実戦練習をしていたんだけど……」
「うん」
「全部俺が勝ったんだ」
「それで機嫌が悪いの?」
「恐らく」
実戦形式の勝負は計五回行った。
全て俺の勝利。
偶然や辛勝ではなく彼女の攻撃を完全に見切り、追い詰めた。
最後の勝負なんて、連敗したムツミが意地になって大雑把な攻撃を繰り返していたから、攻撃を避けやすかった。
「聞こえていますよ」
口に入っていた食べ物を飲み込むと、ムツミは眉間にシワを寄せ俺たちに文句を言ってきた。
「……なんか、ごめん」
「いえ、セタさんが強くなることはいいことですので」
「ムツミが弱くなったんじゃないの?」
ナナミ。そんなことを直球で聞いていいのか?
さらに機嫌が悪くなると思うけど。
案の定、ムツミのシワが深くなった。怒っているように見える。
だけど彼女は言い返すのではなく、大きくため息を吐いた。
「そうかもしれませんね」
「え、嘘でしょ?」
「そう疑いたくなりますよ。完敗でしたし」
「……セタ。ムツミに何をしたの? 普通ならこんなに機嫌が悪くならないわ」
「ただ勝負しただけだって」
「魔法を一切使わずに「ただ勝負した」と言われても、私は困りますけどね」
ムツミに嫌味のごとく言われ、俺は勝負のことを思い返す。
確かにムツミの言う通りだったな。俺は一切魔法を使わなかった。
というより、使うタイミングがなかった。
速記や簡体字で描く練習はしていたけど、実戦では描いている時間はどうしても動きが止まる。
ムツミは出来ていたけど、それは慣れの問題だと俺は考えている。俺の場合無駄な動きがあったし、とてもじゃないけど俺が彼女の真似をして魔法を織り交ぜることができる状況ではない。
そもそも実戦形式の練習を一日数時間、トータルの時間は一日も満たない中で上手くなるとは思えない。
だからこそ動き回り、隙を伺ってムツミに攻撃を仕掛けていた。
「剣技だけで勝ったの?」
ナナミが目を丸くして俺を見る。
「まあ、そうかな? 剣技を使ったというよりはずっと動き回っていただけだけど」
「戦い方が変わっていない?」
「そうか? ムツミと勝負していた時とあまり変わらないと思うけど」
ムツミを見ながら言う。すると彼女は首を横に振った。
「違いますよ。昨日は魔法で攻撃をすることを意識した動きでしたし、そもそも剣重視ではなかったですよ」
二人に言われ、俺はこれまでのことを振り返る。
朝の鍛錬でナナミと勝負している時は剣技の練習だから主に打ち込みをしている。打ち込み中、たまに距離が開くことがあるけどすぐに剣をぶつけ合っている。
午後にムツミと勝負していた時は剣技と魔法を織り交ぜた攻撃方法。動き回っていたけど、あれは回避するためというよりは魔法を使うため、場所を探していたに近い。
今日みたいに魔法を使わずに動き回った戦い方は初めてか。
どうしてだ?
昨日の午後から今日の午後までにあったこと。
「……あー」
「思い当たる節でもあった?」
「たぶん魔物を狩ったナナミを見たからかな」
昨日の夜のナナミの動き。攻撃するときだけ接近し、そしてそれ以外は魔物に的を絞らせないよう、動き回っていた。
その動きを見ていた俺が無意識に真似をしていたのだろう。
「私の真似をしたってこと?」
「無意識だけど、そうかな」
「無意識でも真似して、できるようになられても困るけどね」
「能力の「成長する力」のおかげだろ」
模俺の所有する能力が影響したとしか考えられない。
考えられる能力は「成長する力(刀剣)」だ。魔力量や対毒性の能力ではありえないだろうし。
ふと「成長する力(刀剣)」のスキルを確認する。
「あ「一撃離脱」ってスキルが新しく付いている」
ヒットアンドアウェイのことか? 確かに俺の戦い方は回避に専念、隙あらば攻撃だったけど。
見て想像し、勝負で模倣したことでスキルを得ることができたというのか?
それは成長できるという意味では便利だけど、成長した実感がないから正直複雑な気分だ。
「へぇ、一撃離脱ね。私の真似してそんなスキルが付いたんだ」
ナナミの意外だと言うような口ぶり。
「どういうことだ?」
「内容はほぼ同じなんだけど、私のスキルは「乱戦(孤軍)」なの。「一撃離脱」ではないわ」
乱戦(孤軍)のスキルか。だから昨日は舞うように戦うことができていたのか。
でも、どうして俺の習得したスキルと違いがあるんだ?
「恐らく戦った相手が一人か二人以上なのかで、習得したスキルが違ったのでしょう」
首をかしげているとムツミが補足してくれた。
「ナナミの「乱戦(孤軍)」は一対多で得られるスキルで、セタさんの「一撃離脱」は一対一で得られるスキルです。セタさんは一対多で戦ったことはないでしょう?」
「まぁ、そうだな」
ナナミやムツミ、そして魔物に対しても一対一でしか相手にしていないな。
「ですので、「乱戦(孤軍)」の下位互換「一撃離脱」を習得したのでしょう」
「下位互換なんだ」
「そうです。「乱戦(孤軍)」の場合は一対一での勝負でも発動しますから」
だから「一撃離脱」は下位互換になるのか。
だけど下位互換だから、どうせなら上位に変えたいなぁ。
魔物の群れに突っ込みか?
いや、今のままだったらリスクが高いか。
「ナナミは魔物の群れと戦っていたからスキルが付いたのか?」
「……そうね」
返答に間があったな。違うのか?
そういえば、ナナミはたまに言葉を濁すことがある。
何かを隠しているような……
言いたくないのならいいけど、気にはなる。
隠していること以外にも気になることは多々ある。
例えば一昨日の朝に見えた彼女の腕の傷や昼に触れた手が冷たかったこと。
研究内容も「武器への魔法の再設定」と簡単に言っていたけど、詳細は教えてくれていないし。
(どこかのタイミングで聞いてみようか)
「どうしたの?」
考えに耽っていると、ナナミが顔を覗いてきた。俺は「何でもない」と答え、食事を続ける。
簡単には答えてくれそうにないし、今は聞くタイミングではないと思う。
「それにしても、セタさん。これで勝率が上がりましたよ」
「スキルを習得したからか?」
「はい。「背水」と「一撃離脱」があるので、攻撃しやすいかと」
機嫌良くなったのか、声のトーンが高くなったムツミに言われ、俺は少し考える。
背水による身体能力の向上、そして一撃離脱での攻撃。
戦いやすいのは確かかな。
「賭けは私たちの勝ちですね」
「それはどうかしら」
ムツミの勝利宣言に不敵な笑みをナナミは返す。
「私にもスキルはあるし、背水を発動させないように戦う手段もあるのよ」
そういえば、一度やられたな。感情を押し殺し、攻撃を仕掛ける方法。
あれをされると苦戦するかも。
「だけど、あれって攻撃が単調になるだろ。以前は為す術がなかったけど、今なら大丈夫な気がする」
「……言うようになったわね」
「毎日戦っていたら自ずと分かってくるさ」
油断はできないけどな。下手したら体の部位がどこかなくなってしまうか、死んでしまう。
死んでしまったら元も子もない。
「……セタさんが成長して、私は嬉しいです」
「お前は俺の母親か」
って、このやり取りをした覚えがあるな。ほとんど無意味な会話だけど、気楽でなんとなく楽しい。
「面倒見ているし、確かにムツミはセタの母親になっているわね」
「……ナナミ。ちゃんと精神剤は飲んだのか?」
「……あ」
「ちゃんと飲みなさい」
「セタは私の父親か」
俺たちは談笑しつつ食事を終え、夜が更けていく。





