午後(明日に向けて)
「さて明日の勝負のために練習をしたいのですが……大丈夫ですか、セタさん?」
「あれだけくすぐっておいて、平然とそんなことを言えるな」
昼御飯を食べ、いつも通りムツミと一緒に模擬戦場へと来ていた。
ここに来るまでの間昼御飯の時も含めて、俺の腹筋は痛かった。
今でも正直呼吸することも辛い。
過剰な攻撃だ、と言いたかったけど俺から仕掛けた手前、そんなこと言えるわけがなかった。
あ、ナナミは昼食後にちゃんと精神剤を飲んでいた。
ムツミが気を利かせて数本の精神剤をナナミに渡していた。
これで今晩以降はこれを飲んでいるか確認ができる。
「面白かったですよ。セタさんが悶絶していた格好は」
「……次はムツミだな。ナナミと結託して仕掛けてやる」
「お断りです」
彼女は素っ気なく返し、右手に剣先の平らな魔剣クルタナを顕現させる。
「今日も実戦形式でやりましょう」
「了解」
俺もトツカのツルギを呼び出し、深呼吸をする。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「ヴュルテン剣術(基本)」及び「基礎技術」を発動します。
スキルの発動。体が軽くなる。腹筋も痛みも少し和らいだ。
これなら戦うことに問題なさそうだな。
手放すことはなるべく避けよう。
トツカのツルギを構え、意識を集中させる。
さて、どう戦うか。
昨日は剣をメインで使い、魔法を途中から使った。だけど剣から魔法への移行に間があったから、ムツミに読まれて上手くいかなかったんだよな。
それに最後の勝負で使った水の魔法も力み過ぎて失敗し、俺の次の攻撃の邪魔になった。
魔法を使う時に気をつけること。
それは剣技から魔法への攻撃の移行。そして魔法に対する加減。
時間もないし、そこを意識してムツミ勝負をしよう。
魔法を使う場合があったら、だけど。
「仕掛けないのでしたら、私からいきます!」
考えているとムツミが足のバネを使い俺の懐へと飛び込んできた。
彼女の構えは柄を腰まで引き、剣先は俺の方を向けている。
それに飛び込んでくるスピードが疾い。
(突きか?)
「はっ!」
ムツミの攻撃を悟るのと同時に剣が突き出される。予想通りだ。俺は半身になって回避。
脇腹の前を弾丸のごとくムツミが通過する。
俺は通り過ぎたムツミの方を向き、剣を構え直す。彼女は前転して勢いを殺し、腰を落とした格好になっている。
魔剣を右手に持ち、左手は地面につけている。
その左手の周囲が光る。魔法の発光。
一瞬見えた漢字は「水」か「氷」のどちらか。他に二文字ほど描いてあったが、読み取れない。
どんな魔法なのか考えているうちに形が出来上がる。氷の大きな一本の槍。槍先は俺を向いている。
氷槍と言えばいいだろうか。
「ちっ」
命名という余計なことをしているうちに氷槍が魔法陣から射出された。舌打ちをして俺はツルギで弾き、軌道を逸らす。
堅かったのか弾くだけで手が痺れた。
ツルギを落とさないように気をつけ、氷槍が射出された場所を見る。
ムツミがいない。
周囲を見渡しても見つからない。
どこにいると考えかけた直後、背後に気配を感じた。咄嗟に横っ飛びでその場から離れる。
直後に俺の立っていた地面に衝撃。クルタナが叩きつけられ、地面が抉れる。
危ない。あの場所に留まっていたら、脳天を割られていたんじゃないのか?
「隙を作ってはダメですよ!」
ムツミが跳躍。俺に剣を向けて跳んできた。
一瞬俺は回避を考えたが、即座に否定。逃げてばかりもいられない。
ムツミは俺の懐へと入り、剣を振るう。
先程とは違い、振り上げられる剣。
「っと」
弧を描く剣の軌道を予測し、後ろに移動する。
平たい剣先が俺の鼻をかすめる。紙一重の回避。
同時にムツミの懐へと入ることができた。彼女は剣を振り上げているから、胴体はがら空きだ。体勢も悪い。
俺はツルギを薙ぎに振るう。だけど一歩下がったムツミの胴体にはツルギが届かない。
彼女は器用に剣を逆手に持ち替え、俺のツルギを剣身で受け止める。
一瞬の間。間髪入れずに彼女へ蹴りを入れた。
「ぐっ」
ムツミの口から漏れる呻き声。彼女が俺から強制的に離れる。
体勢は崩れたままだ。俺は蹴りを入れた足を下ろすとそのまま体重を預け、勢いよく駆け出す。
ムツミも俺の駆け出したことに反応し、腹を押さえながら俺から距離を取ろうとする。
俺は迷わず近づく。距離を取らせない。また魔法を使われる。
「甘いですっ!」
彼女の動きが予想よりも早い。俺との距離が開く。
その間にクルタナの剣先を向けられた。思い出したのは昨日、水で洗われたこと。
水に勢いは強かったはずだ。至近距離であれを受けたら、ひとたまりもない。
だけどあの攻撃は直線的な攻撃のはず。避けることは可能だ。
攻撃を仕掛けられた瞬間と狙っている位置を確実に把握することが大切。
狙っているのは俺の上半身か。
攻撃のタイミングはもう少し近づいたら、仕掛けてくるはず。
仕掛けさせるためにも近づかなければならない。それに避けるために身軽になる必要がある。
トツカのツルギが邪魔だな。接近しながら認証言語を呟き、剣を格納する。
ツルギがなくなったことで、スキルの一部が解除される。体が重くなるが無理にでも動かす。今が頑張りどころだ。
あと少し。飛び込めそうな距離。
「剣を収めて大丈夫なのですかっ!」
「――今っ!」
ムツミの剣先から水が射出された瞬間、俺は身を屈めた。俺の直上で水が通り過ぎるのを感じる。
そして低い姿勢のまま俺はムツミに向かって飛び込んだ。彼女の腰に腕を回し、しっかりと抱え込んで後ろへと倒す。
イメージはラグビーのタックルだ。
勢いよく地面へと叩きつける。
彼女が握っていたクルタナが宙を舞う。
「かはっ」
彼女の口から肺の中の空気が漏れる。俺はすぐさま馬乗りになって、トツカのツルギを再び顕現。彼女の首に剣先を向ける。
「勝負あり」
「わ、たしの負け、です」
ムツミは両手を頭の上に移動させ、降参の格好をする。俺は短く息を吐いて、彼女の上から離れる。
「どうした?」
なかなか起き上がってこない。不思議に思って俺はムツミの顔を覗く。
「……完敗です」
「偶然だって。癖とか攻撃方法がなんとなく分かったし」
何度も戦っていたからな。攻撃の予測はしやすかった。
「セタさんがトツカのツルギを手放すとは思いませんでした」
「普通に戦っても無理そうだったからな」
「それも立派な作戦ですよ」
褒められることは素直に嬉しい。
だけどほとんど直感だったから上手くいったのは奇跡的だった、とは言わないでおこう。
ナナミと勝負する時は通用しないかもしれないし、今言ったらムツミが拗ねるかもしれない。
そんなことを考えている間にムツミは起き上がった。服に付いた土汚れを叩いて取りながら、俺を見据える。
「明日のナナミとの勝負が楽しみです」
「今のままじゃ足りないさ。晩御飯まで頑張るよ」
負けたらムツミに殺される。それだけは嫌だ。
ナナミには悪いけど、とにかく俺は勝つ。
「その意気です」
俺の言葉にムツミは満足げな表情だった。





