因果応報
「う……あれ、ここ、は?」
勉強していると背後のベッドから声がした。どうやらナナミが目を覚ましたようだ。
振り向いてナナミを見る。寝惚けた表情をしている。
「おはよう、ナナミ」
「セタ、おはよう。いい朝ね」
「もう昼だけどな」
朝御飯を食べた後、俺はいつも通り本を読んで勉強をしていた。ナナミを起こす理由もなかったので、そっとしておいた。
まあ昼まで熟睡するとは思っていなかったけど。
だけど精神剤を作ったムツミの言う通りになったな。
「そうなの? だからお腹が減っているのね」
ベッドから起き上がるとナナミは部屋を出ていこうとする。
食堂に行くつもりなのだろう。
だがそうはさせない。
彼女を反省させないと。
「待て」
「……何でしょうか」
「そこに直れ」
「……はい」
ナナミは床に正座した。
従順で言葉が丁寧になっているということは心当たりがあるということか。
「何か言いたいことは?」
「私は悪くない」
「おい」
「冗談です。すみませんでした。許してください」
即座に訂正し、深々と頭を下げる。拍子抜けするほど素直だ。
自覚しているのか?
「許すって何を俺は許せばいいんだ?」
「えっと……昨日の夜、セタ……さんを洞窟に置いていったこと」
「それだけ?」
「それから……朝にセタ、さんを殺そうとしたこと」
「本当に反省しているのか?」
そう聞くとナナミはうなずいた。
「今後は迷子になるような場所に置いていかないし、精神剤のストックも数えておきます」
「……はぁ」
ため息が出る。反省しているのならいいか。
「まぁ、いいか」
「終わり? だったら食堂に行きましょ。お腹かが減ったわ」
「……いや、まだ終わらない」
切り替えが早い。ナナミの口調から俺はその場のみの反省だと判断した。
立ち上がろうとするナナミの頭を押さえて動けなくする。
不満があるらしく、彼女は上目遣いで俺を睨んできた。
「まだ続くの?」
「反省していないだろ」
「反省してるって。だから昼御飯」
「駄目だ」
これは反省ができていない。また同じことを繰り返す。
被害に遭うのは主に俺かムツミだ。
何度も被害に遭う気はない。
「後一時間ぐらい正座していろ」
「えー」
「文句を言うから、二時間追加」
「追加する時間が多くない!?」
「一時間追加」
「ごめんなさい、増やさないでください」
押さえつけていた俺の手から逃れ、深々と頭を下げた。
時間を増やされることが本当に嫌なのか、顔を上げてこない。
ふむ。
「文句があるし、反省の色が見えないんだよな……」
「セタ、私で遊んでない?」
「いちじ……」
「増やさないでください」
「ナナミは精神剤については前科があるからな。正直安心できない」
模擬戦場と寝起きに一回ずつ。そして今日の朝で計三回目。
五日間で三回死にかけたということだし。
「……どうしたらいいの?」
ナナミはゆっくりと顔を上げ、俺の表情を窺っている。
今の彼女の顔はさっきの不満顔ではなく、不安が溢れた表情だ。
「精神剤は食事の時に飲め。そしたら俺も確認ができる」
「毎回?」
「そうだ」
「分かった」
これで死にかけることは少なくなるはず。そう願いたい。
あとは今朝のように精神剤切れで襲われる時の事後の対処法をどうするか。飲ませる時間さえ作ればなんとかなる気がする。
(これはムツミに聞いてみるか)
彼女が使っていた注射器型の精神剤もいいな。あとでお願いして作ってもらうか。
「……終わり?」
天井を見上げて考えていた俺にナナミが尋ねてくる。
そうだな。これで一応は終わりか。
「ああ、終わりだ」
「ふぅ」
「あ、足は崩すなよ」
正座を止めようとするナナミを制する。
「あと五時間残っている」
「え、いや、あの……足が限界なんだけど」
「それが?」
「本当に許してください」
地面に額を擦り付けるような土下座。見ているこっちがいたたまれなくなってくる。
足の痺れをもぞもぞと太股を動かして治そうとしている。
反省しているようだし、許すか。
「俺もそこまで鬼じゃないからな」
「……ふぅ」
土下座をしていた格好から足をゆっくりと伸ばし、うつ伏せに倒れた。
なるべく足を動かさないように倒れている。
……ふむ。
おもむろに俺はナナミの足の近くへと移動する。
そして投げ出している足をつついた。
「ひぃっ!? ちょ、ちょっとセタ?」
「正座したあとの足の痺れも、俺の生まれた世界と共通なのかなっと思って」
「共通だと思うから! 止めて!」
ナナミは逃げようとしているが足が痺れていて思うように逃げることができていない。俺につつかれて、もがき苦しんでいる。
つつくたびに「はうっ」や「やっ」という声がナナミの口から漏れる。
そもそもくすぐられることに弱いのかもしれないな。
これは面白い。
もう少し続けてみよう。
しばらく続けているとドアが開いた。
「……何をしているのです?」
「ムツミか。どうだ、参加するか?」
つつきながら中に入ってきた人物のほうを向き、声をかける。
「ぜひ参加させてください、と言いたいところですが……」
「ん?」
「そろそろ止めたほうがいいですよ。痺れもそろそろ治ると思いますし」
「え?」
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」を発動します。
音声とともにつついていた手を捕まれる。嫌な予感。ゆっくりとナナミを見る。
彼女は立っていた。そして満面の笑顔。
笑顔なのに寒気しかしない。
「……『ダホ』」
いつの間にか握っていたフルンティングから紐が射出され、俺を縛る。
両手足を縛られ身動きができなくなり、突き飛ばされて床に転がる。
非常にマズイ状況。
というか、すでに逃げることができない。
「セタ、言い残すことは?」
「……お手柔らかにお願いします」
「お断りよ! ムツミ、参戦しなさい!」
「わかりました」
「ムツミっ!?」
「残念ながらナナミの言うことは絶対です」
「面白がっているだろ!」
「長い物には巻かれろ、です」
四本の腕が俺へと近づいてくる。
(……マジかよ)
抵抗できない俺は天井を仰ぐ。
これが因果応報、天に唾する、か。
その後俺はたっぷり一時間悶絶した。





