戦闘
ナナミは魔物の群れを背後から襲う。右手にはいつの間にかフルンティングが握られていた。それを片手で振るい、近くにいた魔物を斬り伏せる。
「ギャウ!?」
斬り伏せられた魔物は悲鳴をあげていた。
その悲鳴を聞き背後から攻撃を受けていることに気づいた魔物は一斉にナナミのほうを向く。その間にも彼女は魔物を斬り伏せていく。
仲間を斃され、数秒遅れて魔物達はナナミに襲いかかった。彼女は魔物の攻撃を回避し、攻撃する。
軽やかなステップや高さのあるジャンプをし、隙を見つけて刀を振るう。
「シッ」
細い息を吐いて左手に持っていた火炎瓶を魔物に投げる。魔物は火炎瓶を当たる直前でよけた。対象を失った火炎瓶は地面に落ち、その場で火の手が上がる。
二つの火炎瓶で洞窟内は明るくなる。火力は俺が想定していた以上だ。視界が白色で覆われ、なにも見えない。
俺はゴーグルを外す。
白黒の世界に色が戻った。少し薄暗いけど見ないわけではないな。
「はぁああっ!」
また一匹、魔物の懐に入るとナナミは掛け声とともに刀を振り上げた。その一撃で魔物の首が宙に舞った。遅れて鮮血も吹き出す。
急所を狙い一匹、また一匹と斃す。フルンティングの切れ味が良いのもあるけど、ナナミの剣の扱いが上手いのだ。剣筋に乱れがない。
そして反撃されても確実な回避で、攻撃は一度も当たっていない。
息を乱すことなく、ナナミは動き回る。
まるで踊っているようで、美しいと感じてしまった。
薄暗くはっきりと見えていないためか、魔物の首や鮮血にリアリティーが欠けているように思えた。
まるで映画のシーンの一部。
空想と現実の狭間。
「ギャウ?」
「ん?」
ナナミの舞いを見ていると魔物が一匹、俺のほうを向いた。視線が合った気がする。
背中に冷や汗。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」及び「ヴュルテン剣術(基本)」「基礎技術」を発動します。
脳内に流れる音声と自身の能力が上がる感覚。
「セタっ。その一匹任せたわっ!」
「おい、無茶言うな!」
想定外の事態に叫び返すと同時に魔物が俺に向かって突進してきた。叫んだことで俺の存在を確証したらしい。
俺は持っていた火炎瓶を投げる。
魔物はジグザグに動き、火炎瓶を避けた。魔物の背後で火炎瓶は割れ、炎を上げる。
魔物の容姿がはっきりと俺に見えた。
口からはみ出している鋭い上顎の犬歯は死神の持つ二対の鎌のように見えた。
四肢は発達した強靭な筋肉。足先の長く鋭い爪を使われたら引っ掻かれた、という一言では済まされないだろう。
逡巡の思考の間に魔物は宙に飛び、俺に爪牙を向けた。ここままだと魔物の爪牙の餌食になる。
鋭い爪が振り上げられるのが見えた。
死ぬ気は、ない。
どこか俺の中でスイッチが入った。
ここで魔物を斃す。
「認証 トツカのツルギ 出てこいっ!」
認証言語を叫ぶ。すぐに右手に冷たい感覚と重量感。それをしっかりと掴むと俺は一歩前に出て魔物へトツカのツルギを薙ぎ振るう。宙にいる魔物は避けることはできず、俺の攻撃を左前足に受けた。
だけどナナミみたいに完全に斬ることができなかった。骨の手前で太刀筋が止まる。
「チッ」
斬ることを諦め、舌打ちをしてツルギを力任せに振る。魔物は遠心力で横へと飛ばされ地面を転がった。
「ギャオウ!!」
魔物は起き上がると、俺に対して吠える。全身が空気を伝って震える。
唾を呑み込み俺はツルギを構えなおす。
(……ふぅ)
大きく深呼吸。心を落ち着かせて魔物を見る。
距離は四、五メートルほどか。俺が斬った左前足の傷からは血が流れ出ている。それ以外は無傷。
襲ってくることは時間の問題だ。
(俺から仕掛けるか?)
そうすれば俺のペースで戦える。
だけど魔物も生き物だ。どんな行動をしてくるのか分からない。
(どうする?)
逡巡している間に魔物が襲ってきた。先程と同様に俺へと飛びかかってくる。
今の場所にいると危ない。
再び爪が俺にめがけて振り下ろされるのが見える。
仕掛ける前に回避だ。
「くそっ」
とっさに前転する。背後で魔物の爪が空を切る音が聞こえた。
間一髪。
(あぶねぇ)
一歩遅かったら俺の頭はなくなっていたかもしれない。
すぐに起き上がり、魔物へと剣先を向ける。
二度も攻撃が当たらなかったためか、魔物はすぐには襲ってこない。警戒して唸り声を上げながら俺を睨んでいる。
その間に俺は思考をフル回転させる。
(どこを攻撃する?)
足を斬るのは無理だろう。左前足のときと同じで太い骨に阻まれるのがおちだ。
もっとやわらかい部分。
最初に考えたのは腹部。俺が異世界に来たときにダークテイルウルフを斃した方法。
あれはすれ違いざまに腹部にトツカのツルギを突き立て、力任せに斬った。
そこまで考えてこの攻撃方法を却下した。
あの時は骨を斬ることができたが、今回はそうとは限らない。足の骨も斬れなかったからなおさらだ。
(だとしたら……)
ふと今朝のナナミとの鍛錬を思い出す。
ナナミが俺にした突き。
あれだったらうまく攻撃ができるんじゃないか?
「ギャウッ!」
しびれを切らしたのか、三度魔物は俺に飛びかかってきた。俺は魔物に剣先を向け、構える。
ナナミの見よう見まねの型。だけどしっくりとした、違和感がほとんどない構え。
空中で魔物は爪を振り上げる。今度は俺は逃げない。短く息を吐き、集中する。
突くのはやわらかい箇所。目か口の中が思いついた。
目は無理だ。範囲が狭い。
だとしたら大きく開けている口の中。
迷っている暇はない。
「う、おぉおおお!」
迫りくる鋭い牙に怖じけそうになるが、大声を出し心を奮い立たせる。そしてその声とともにツルギを突き出した。
視線は逸らさない。ツルギは魔物の口の中へと吸い込まれていく。
「グ、ガ?」
魔物のくぐもった声と両手に伝わる突き刺す感覚。ツルギは根元まで深々と突き刺さった。
思っていた以上の重量感。このままだとツルギを引き抜くことができず、俺は魔物に押しつぶされる。
ツルギから手を放し、俺は横へと転がった。
「やったか?」
起き上がり魔物のほうを見る。魔物は俺の突き刺したツルギを口に生やした格好で悶え苦しんでいた。両前足でツルギを取ろうともがいている。
即死ではなかったようだ。だけど剣の刺さった角度、深さからして口から脳に達しているはずだ。
死ぬのは時間の問題だろう。
ひとしきりもがいた魔物は起き上がる。そして俺のほうを向いた。
一矢報いる気か?
今の俺には得物がない。魔物が息絶えるまで逃げるしかない。
俺は魔物から目を逸らさずに後退する。
「ダメよ、セタ。得物から手を離したら」
声と同時に脇を駆け抜ける疾風。その疾風はあっという間に魔物の懐にたどり着くと刀を振り上げた。
紙をカッターで切るかのごとく、首と胴体が一撃で切り離された。
「得物がなくなると戦う手段がなくなるから、絶対に手放さないこと」
「……ああ」





