狩り
「さて、辛気臭い話はここまでにしよっ」
両手をパン、と叩いてナナミは空気を変える。
「もう少し研究所を離れると魔物の住む洞窟があるの」
「……物騒な場所があるんだな」
「冬が近いし、洞窟に集まるのよ」
寒いから魔物が一ヵ所に集まるのか。
それで集まった魔物を狩るということか。
だけど洞窟がどんな場所なのか分からないから期待半分、不安半分といったところだな。
「洞窟で狩りをしたことがあるのか?」
「一昨日別の洞窟を見つけた時は沢山の魔物がいたわ」
「ダークテイルウルフを追い払ったやつか?」
「ええ。研究所に近づいてきた数匹は倒したけれど、根本的な解決にはならないのよね」
「それで深追いして、洞窟を見つけたのか?」
確か二、三十匹の群れだったと言っていた。
洞窟内で倒したというのか。
「うん。でもあんなに多くいるとは思っていなかったわ」
「平然と言っているけど、大丈夫だったのか?」
「一人で戦う分には問題ないわ。怪我も擦り傷程度だし」
そういえば、ナナミの腕にあった切り傷やミミズ腫れ。あれは狩りでできた傷だったのか。
研究所に入ってこさせないために体を張っているんだな。
「すごいな」
「経験よ、経験」
洞窟のある方へとナナミは歩きだす。俺は彼女に並んでついていく。
すぐに洞窟に到着した。ゴーグル越しに、岩の裂け目が大きく口を開けているのがはっきりと見えた。
その裂け目の中は真っ暗だ。
入り口付近に魔物はいないのか、ゴーグルに生物の反応はない。
近づいて覗いてみる。かなり深いらしく、奥まで見えない。
「行くわよ」
「あ、ああ」
唾を飲み込み、奥へと向かうナナミに続く。
光が無い洞窟の中。それでも視界は良好だった。
白と黒で視界が表示されている。地面の凹凸、小石まではっきりと見えていた。
ゴーグルの仕組みが分からない。
レンズの表面に描かれている漢字を読み解けば分かるのかもしれないけど、今は無理だ。
狩りに集中して、ナナミとはぐれないようにしないと。
洞窟内を進み、しばらくしてナナミが手を上げて足を止めた。近くの岩陰に隠れ、前方を見るように指示を出される。
岩陰から顔を覗かせると、白い物体が複数見えた。
体長は二メートルほど。大型犬はこれくらいの大きさだっただろうか。
あれがナナミが言っていた魔物か。
十数匹いる。俺も戦わないといけないのか。
実際に相対すると戦うことが躊躇われる。
「今日はここから私の動きを見ていなさい」
俺の考えを読み取ったのかナナミが俺を見て言った。
「俺は戦わないのか?」
「一人で戦うことは慣れているのよ。近くにいたら間違って斬ってしまうわ」
断言した言い方。
「物騒なことを言うな」
「事実だから仕方ないわ。だから離れて見て動きを知りなさい」
「だけどここからだと白い影が動くだけで、どう動いているのか分かりにくいぞ」
近くにいる分は細部まで見えるけど、魔物がいる場所は白い物体しか見えない。これだと見てもどういう動きをしているのか分からない。
「……仕方ないわね」
俺が文句を言うとナナミはため息を吐いた。
「明かりをつけると魔物も私のことを見えるようになるから、したくなかったんだけどね」
「悪いな」
もう一度ため息を吐くとナナミは岩陰にしゃがみ込み、認証言語をつぶやき何かを取り出した。ガラスでできた瓶だろうか。中身に液体らしきものが揺れている。
これはもしかして……
「火炎瓶よ」
「おお」
「知っているの?」
俺はうなずく。知っていたけど実物を見るのは初めてだった。日本では製造・所持すること自体が犯罪だからな。映像としてはテレビで昔のデモや闘争で見たことがある。
そういえば火炎瓶って爆発物じゃないから爆発物の法律じゃなくて火炎瓶用の法律があるんだったか?
今更思っても日本に戻ることができないから、知っていても意味はないけど。
ナナミはその火炎瓶をいくつか取り出していた。
一、二……全部で四本か。
「これを魔物の群れに投げるわ。それで明かりになるでしょ」
「全部投げるのか?」
「ううん、半分はセタの分」
「俺?」
火炎瓶を二つ渡される。
「どうしろと?」
「私が持っていても仕方ないし」
「仕方ないって……」
じゃあ何で余分に持ってきたんだよ。
「魔物が近づいてきたら、投げればいいわ」
「適当だな」
「護身用の御守りよ」
「御守りを敵に投げる奴がいるか」
「それもそうね……じゃあ、行ってくるわ」
準備が整ったらしく火炎瓶を両手に持つとナナミは岩陰から出た。彼女は足音をたてずに魔物に向かって疾走していく。
俺のいる岩陰と魔物の中間点ぐらいにナナミが到達する。すると彼女は右手に持っていた火炎瓶を魔物の群れに投擲した。
ゴーグル越しに俺の視界で描写された白い瓶は放物線を描き、魔物の群れの奥で地面に落下した。落下した衝撃で火炎瓶は割れ、発火する。
どこに投げているんだと俺は思ったが、よく見ると魔物達は発火した火炎瓶のほうを見ていることに気づく。火炎瓶だとは思っていないので突然発火した場所を警戒している。
つまり投げた張本人のナナミを見ていない。
自然とナナミは魔物の背後を突く状態となっていた。
上手く行き過ぎだと思う。これはナナミが想定していたことなのか?





