武器を持つ覚悟
シャワーを浴び食事を終えたあと、部屋に戻ってきた。本を読む気にもなれなかったのでベッドに寝転がり、自分のステータスの確認をしていた。
ステータスは格確実に上昇している。
ナナミとの鍛錬で身体能力と剣技のステータス、ムツミとの魔法の練習で魔法の発動速度や精度・正確性のステータス。
魔法関連のステータスの上昇率が剣技の上昇率と比べて低いのは悲しいことかな。
精度・正確性についても伸びているけど微々たるものだ。
きっかけがあれば伸びそうな気がするけど。
剣の扱いはこの調子で伸ばしていきたい。
コンコン。
ノックをする音が聞こえた。俺が「どうぞ」と言うよりも先にドアが開く。
「セタ、狩りよ」
ナナミだった。
そして急だな、狩りなんて。
「夜の山は危ないんじゃないのか?」
「足元を気をつければ問題ないわ」
それは暗に危ないと言っているようなものじゃないのか?
ナナミは何度も行っているようだから問題なさそうだけど、俺は違うんだぞ。
「狩りの手伝いをするって言っていたわよね」
「う……」
不満な表情をしているとナナミが指摘するように言ってきた。俺はその言葉に声を詰まらせる。
一昨日の晩、朝の鍛錬の約束をしたときに確かにナナミに狩りに誘われていた。
今度行くことがあったら誘うって。
それが今晩だったのか。
「それに夜のほうが安全なのよ」
「どうして?」
「魔物が寝ているからね。昼間ほど凶暴ではないわ」
そういう考え方もできるのか。
それなら安全、なのか?
「暗闇はどうするんだ?」
「これを使うわ」
見せられたのはスキーで使われているような、ごく一般のゴーグル。
受け取って確認をする。布地のストラップにバックルで長さを調整するものだ。
ただ正面のガラスの縁に漢字が描かれている。
暗視、という漢字が読み取れた。他にも漢字が描かれているけど、どれも暗闇で視界を確保するもの、視界を広げるもの……など視界に関するものがほとんどだ。
これは魔法を使った暗視装置か。
魔力を込めれば暗闇で使えるのだろう。
「これで暗闇でも視界が確保できる訳か」
「セタの世界にもあるの?」
「あるけど、こんなにシンプルなものではないな」
ゴーグルというよりは双眼鏡をつけているイメージだな。
ネットやテレビで見たことがあるけど、拳一つ分は前に出ていた気がする。
「もっと複雑?」
「高性能なものだともっと大きいかな」
部品を組み立てて作るから、どうしても大きなものになる。
こんな安物のゴーグルで暗視装置を作ることなんてできない。
さすが魔法、といったところか。
技術的に不可能なことを魔法で代替している。
とりあえずゴーグルを装着してみた。普通のゴーグルと変わらない。周囲がはっきりと見える。
「魔力を込めれば暗闇でも見えるようになるわ」
「込め過ぎても大丈夫か?」
「上限を設定しているから問題ないわよ」
「じゃあ……」
魔力を込める。すると次第に周囲が真っ白になっていく。
何も見えない。明るい場所だから光を集め過ぎているのか。
目がチカチカする。
「これを使うのか」
魔力を込めるのを止め、ゴーグルを頭から取り外しながら言う。
「そうよ。設定を変えれば望遠鏡にもなるし、便利でしょ」
「だな」
「じゃあ、行くわよ」
そう言うとナナミは部屋を出た。俺も彼女に続いて部屋を出る。
「あ、そうそう。これを着て寒さを対処して」
部屋を出ると、ナナミが思い出したように服を俺に渡した。
手に取り広げてみる。黒い外套だ。
「ただの外套だけど、ないよりはましだわ」
「了解」
外套を羽織る。少し肩幅が狭いけど、問題なさそうだ。
着心地を確認してナナミのほうを見る。彼女は俺を見てうなずくと、足を進めた。
俺はただただついていく。
外に出る。今日は曇り空。星は見えない。
雲が月明かりを遮っているから、暗いな。
暗闇の中ゴーグルを装着する。魔力を込めて視界の確認。
次第に周囲の風景がゴーグルを通して見え始める。
地面に転がる小石や俺の姿形は輪郭を黒の線で描いて、囲まれた部分は白色。不思議なことに服のボタンや靴の紐まで鮮明に表示されている。
俺の知っている暗視装置以上に高性能のようだ。
「視界は問題ない?」
ナナミのほうを見る。彼女もゴーグルを装着していた。
彼女がどこを向いているのか、視線まではっきりと見える。
「大丈夫だな」
「それは何より。じゃあ散策開始」
ナナミを先導にして研究所の敷地を出て、山中を進む。
「そういえばナナミ、ムツミと賭けをしたんだって?」
狩りまで時間がありそうだったから、文句でも言っておこう。
内心ではまだ納得していないし。
「あ、聞いたんだ?」
「俺を景品にするなよ」
「嫌だった?」
「嫌って……」
「私も景品だから条件は同じよ」
「条件が同じだからってな……」
そうなんだけどさ。俺は不満があるぞ。
決まったことは仕方がないと割り切ったけど、俺には黙っていたこととか。
ちなみにムツミとの賭けはナナミには教えないことになっている。
彼女には教えるな、とムツミから釘を刺されている。
教えたところでナナミはムツミを止めるだろう。そうなれば賭けをしているムツミにとって都合が悪い。
まあ俺からすれば、教えたあとムツミは俺を殺しにくるんじゃないかと予想している。
ネガティヴ思考だな。
考えていて悲しくなってくる。
「他の賭けにしたかった? 例えば勝ったら負けたほうを殺す、にして命を賭けるとか」
「俺は死にたくないし、殺したくもない」
それほど血を見たいのかよ。ナナミやムツミの思考回路が怖い。
俺の返答に何か感じたのかナナミは足を止め、俺のほうを向く。
真剣な表情だ。
「もしかしてセタって人を殺したことがないの?」
「当然だ。俺が経験した人の死なんて親戚の老死ぐらいだ」
魔物も殺したのもこの世界に来てからのことだし。
あの時の感覚を思い出すと、手に違和感が残っているような錯覚に陥る。
「平和な世界なのね」
「そうだな」
日本は平和で戦争のない世界だ。
日常で武器を持っているのは特定の職業の人たちだ。
事件を起こすような人たちを除いて、普通は一般人は武器を持たない。
一歩国外に出たら違うけれども。
「いいわね。そんな世界で過ごせて」
「ナナミは違うのか?」
「……私は平和も戦争も経験したってところかな」
ゴーグル越しに遠い目をしているナナミの横顔が見えた。
どこか悲しそうな表情。
どんな経験をしたらそんな表情ができるのだろう。
だけどその表情は一瞬、真剣な表情に戻る。
「話を戻してセタは人を殺す、もしくは殺したことはないのね」
「ああ」
「……じゃあ、どうして武器を手にするの?」
「それは……」
「剣は武器よ。それも人を殺すための」
どうして、と再度問われる。
人殺しの武器なのにどうして手にするのか。
手にした先には血を見る、人の死を見るという未来があるけど、その道を進む覚悟ができているのか、ということを聞いている。
俺が剣を握った理由はある。
それは単に異世界に来て武器を使ってみたかったから。
日本では使うことが許されていなかったものを手にすることのできた、どこか優越感に浸っている感情。
ナナミからすれば陳腐で軽い気持ち。
だから彼女の言う覚悟はできていない。
俺が武器を持つ覚悟なんて持っていない。
返答を詰まらせていると、ナナミは息を吐いた。
「明日の朝までに答えを用意してよね。答えられなかったら勝負する前に棄権させるわよ」
「ナナミの覚悟したのか?」
「……したわ」
少し間があった後に彼女は頷く。
「何かを守るためには何かを犠牲にする、そうしないと生き残れなかったから」
ナナミは人を手にかけたことがあるのか。
「……重いな」
「聞いた本人がそんなことを言う?」
「悪い」
「……まあ覚悟したし、その道を進むことを私自身が決めたことよ」
「……そうか」
相槌を打つことしかできない。
それはどんな気持ちで、ナナミが覚悟を決めたのか分からないから。
だけど彼女の表情は辛そうだった。





