魔剣(所長談)
臨機応変に魔法が使える?
つまり魔剣に設定された魔法を使うのではなく、所有者自身がその場で使いたい魔法を思うように使うことができるということか?
それなら確かに魔剣に魔法が設定されない。
「ですが、あり得るのですか?」
「この魔剣にしか見られないソースコード見つけたのだよ。解析は全体の一割も満たしていないが、読み取れた内容から推測したのだ」
自慢げに話す所長。だけど一割しか解析できていないのだろ?
信じられない目を所長に目を向けていると、所長は笑みを浮かべた。
「知らない物を研究し、日々新しい発見がある。間違っていることもあるが、それも研究の一つだ」
……研究者はこういう風に考えていかないと前に進めないのかもしれない。
俺は研究者ではないけど「魔剣で魔法が使えない」と考えるよりも「魔剣で様々な魔法が使える」と前向きに捉えて考えていこう。
「もし臨機応変に思うように魔法が使えたら、便利ですよね?」
「便利どころではないぞ。その仕組みが開発されれば世界は急速に発展するかもしれん」
今は漢字を「描いて」魔法を発動する、だけど「描く」という工程が無くなれば魔法の発動するスピードが早くなる。
だから多くの人が漢字を描かずに魔法が使えたら急速に世界は発展するかもしれない。
まあ、オハバリはそのようなことができるのかどうか分からないから、これは希望論だけど。
「あの、質問なんですけど」
「なんだね?」
「そもそも魔法って解明されているのですか?」
漢字が日常から使わなくなったことで、忘れられた文字があるんじゃないか?
火が三つ、水が三つなどの常用外漢字ならともかく、常用漢字でも複雑な漢字は忘れられている気がするんだよな。
ロストテクノロジーみたいな状態だと表現できると俺は思っている。
「解明途上だ。まだ見つかっていない魔法は多くあると私は考えている」
「そうですか」
「ふむ。イジンの君に聞くのもいいかもしれないな」
なんだろう。
「君のいた世界には漢字はどれくらいあった?」
漢字の数?
常用漢字で確か二千文字くらいだったかな。
表外漢字は……千文字くらいか?
中国の皇帝が指示して作成された字典は一桁違っていた気がする。
数なんて分かるわけがない。
「恐らく、一万文字以上あると思います」
「たくさんあるのだな」
「使われていない文字もありますし、実際に使っている漢字はもっと少なくなりますよ。多くて数百文字ではないでしょうか」
「だが組み合わせることで、様々な魔法が見つかる可能性が高い」
そうかもしれない。
全ての魔法を見つける、ということは不可能かもしれないけど、日常に使える便利な魔法が見つかるかもしれない。
無限の可能性を秘めているのだろう。
俺も覚えている漢字を色々と試してみようかな。
まあ今は魔力量のコントロールができないから、試すのは当分先になると思う。
ああ、日本から漢字辞典を持ってこれたらなぁ。
無いものをねだっても仕方ないか。
「俺も魔力をコントロールできるようになったら、覚えている漢字で魔法を試してみます」
「新しい魔法を見つけると楽しいぞ」
「そうですね」
ふと俺は周囲を見る。
あれ? オハバリの横に以前来たときにはなかった剣がある。
刀身が三日月のように弧を描いた剣だ。あれも魔剣かな。
オハバリ同様、コードが繋がれている。
「所長、あれも魔剣ですか?」
「あれ……オハバリの横にある武器かね? あれはハルペーと呼ばれる魔剣だ。ナナミが拾ってきたのだよ」
拾ってきた?
この荒れ果てた山で?
「君はこの山のことを知らないのかね?」
この山について、か。
名前はフヨウ。アキツの中心に位置する山。
何か忘れている気がするな。
記憶を遡る。
そういえばナナミと出会ったときに「犯罪者がたまに転送されてくる」って言っていた気がする。
「……もしかして、その武器は犯罪者が使っていたものですか?」
「そうだ。この山は犯罪者の流刑先。魔剣を剥奪することができなかった犯罪者が転送される」
「転送された犯罪者はどうなるのですか?」
「一部は山を下りることができるが、大半は餓死するか魔物に殺される運命だ」
俺はナナミに出会えたし、幸運だったのか。
「そのハルペーも元は犯罪者の所持していたもの。それをナナミが拾ったのだ」
「この山には他にも魔剣が落ちているのですか?」
「いや、朽ちているはずだ」
「朽ちている、ですか?」
「所有者を無くした魔剣は一週間ほどで刀身が腐敗し、消えてなくなるのだよ」
朽ちてなくなるのか。
あれ、だったらどうしてハルペーは残っているんだ?
見たところ、朽ちているようには見えない。
「朽ちて無くなる前の魔剣に魔力を流し込むことで所有者を判別し、別の人間が所有することができるのだよ」
「それは所有者が死んだ場合だけできるのですか?」
「そうだ。不思議なことに魔剣と所有者が離れていても、魔剣は所有者の生死が分かるらしい」
所有者が生きているときに魔剣へ別の人間の魔力を流し込んだことがあるのか。その時は何も起きなかったということか。
「ハルペーは所長の魔剣になるのですか?」
「ナナミが所有者だ。私はこれ以上魔剣を持つことができないからな」
所長はいくつ魔剣を持っているんだ?
所有上限があったはずだから……五本か。
そんなに持っているのか。
「ハルペーは私が願っていた研究対象だからな。手に入ってよかったよ」
今の言葉、何か引っかかる。
何だろう、この違和感。
心の中で首をかしげつつ、所長に対してはうなずいていた。
「……ふむ。今のところ、君に説明できるのはこれぐらいか」
「そうですか」
それは助かる。そろそろ腹がへって限界だ。
ナナミたちはまだ食堂にいるのかな。
「魔剣について詳しく知りたいのなら、ナナミが持っている魔剣の書籍を読むといい」
「分かりました」
「気になることがあれば、私のところに来なさい」
「はい」
所長はこのまま脱衣場で研究を続けるようだ。俺に言葉をかけたあと、俺に背を向けて画面を睨んでいる。
俺は所長を邪魔しないようにそっと脱衣場を後にした。





