四日目
何度も同じ過ちを犯さない。
部屋の扉が開く音がした時には俺は着替えて、軽く体を動かしていた。
扉のほうを向くと、片手に魔剣を握ったナナミの姿。
本当に殺す気だったのではないだろうか。
「なんだ、起きていたの」
「寝起きドッキリはもう嫌だからな」
そんな命を賭けた刺激的な毎朝はいらない。もっと平和的に朝を迎えたい。
「薬は飲んだのか?」
「ええ。ちゃんと飲んでいるわよ」
「だったらなんで魔剣を握っているんだ?」
「気分」
「……こっちの気持ちも分かってくれれば嬉しいんだけどな」
むやみやたらに危険に身を投じたくない。
分かっている危険は事前に回避する。
だから想定外のことはして欲しくないんだけどなぁ。
言っても仕方がなさそうだ。
「じゃあ行くか、朝の鍛練」
「ええ」
俺たちは模擬戦場へと向かう。
「ムツミには昨日のこと謝ったわ」
「許してくれた?」
ナナミはうなずく。それは良かった。
「それで聞いたんだけど、トツカのツルギを借りたのよね?」
「ああ。真剣なんて持っていないからな」
「オハバリがあるじゃない」
「あの問いに答えられていないからな」
「……問いね。あれは分かりにくいわ」
ナナミも悩んでいるようだ。
「そういえば」
一昨日の夜にオハバリと相対したとき、問いかけが詳細になったんだよな。
この雰囲気だと彼女は詳しくなった問いかけを知らなさそうだ。
受け取ったメッセージを開き、見せる。
「一昨日、魔剣を見に行ったんだけど、問いかけが変化したんだ」
「へぇ」
俺の見せたメッセージを彼女はまじまじと見る。
「何だか、セタへの問いかけみたいね」
「そうなのか?」
「だって「汝」って書いてあるじゃない」
なるほどね。俺専用の問いかけとも取れるか。
「ナナミもオハバリのところへ行ってみたらどうだ? 問いかけが変わるかもしれないぞ」
「そうね」
模擬戦場に到着する。
「今日も打ち込みか?」
「そうよ。今日は真剣でやってみましょうか」
そう言いながらフルンティングを取り出す。
俺は認証言語を呟き、トツカのツルギを顕現させた。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「ヴュルテン剣術(基本)」及び「基礎技術」を発動します。
スキルが発動し、少しだけツルギを握る違和感がなくなった。
「……なぁ」
「なに?」
「怪我とかしないよな。下手だから加減ができないけど」
「怪我なんてしないわよ。昨日も一筋も入れれなかったくせに」
そうだった。昨日は完敗だった。なすすべもなく、逆に何度も俺の体に木剣を入れられたんだ。
ナナミも魔剣を持っているし、怪我に気をつけるのは俺のほうか。
昨日学んだ構えをしてナナミに対峙する。
「昨日のようにはいかないぞ」
「その意気よ。じゃあ、かかってきなさい」
俺はナナミに接近し、ツルギを振り下ろした。彼女は魔剣で受け止め、俺の剣筋が当たらないように横に弾く。
剣筋を弾かれた俺はツルギを水平にし、横薙ぎに振るう。
するとナナミは後方に飛んで回避した。
「へぇ」
感心した声。
「昨日の今日でここまでできるようになったのね。お母さん、嬉しいわ」
「俺の親じゃねーだろ」
立て続けに動き、俺は彼女の懐へ入る。今度は下から切り上げた。これも避けられる。
「っは」
短く息を吐きながら突きをする。今度は俺の突きを魔剣で受け止めた。
金属と金属がぶつかる音。俺はそのままツルギを押しつける。
「いい連続攻撃ね。けど残念」
「うおっ!?」
魔剣を横に傾けられ、押しつけていたツルギが金属を引っ掻きような嫌な音をたて、魔剣の刃の上を滑る。
強く押しつけていた俺は刃の上を滑るツルギを止めることができない。ツルギが滑り切った後はナナミの横をたたらを踏みながら通り過ぎる。
そして最後には首に冷たい感覚。
魔剣を首筋に当てられていた。
「はい、死んだ」
「……いけると思ったけどなぁ」
「勢いよく突きをしては駄目よ。突いたらすぐに引くようにしないと」
首筋から冷たい感覚が消える。俺は魔剣を当てられていた箇所を触りながら、ナナミのほうを向く。
「どうしてだ?」
「突いたままの格好だと腕が伸びているし、剣が体から最も離れているから、バランスが悪いのよ」
「なるほど」
「だけど目を狙って突きをすれば、遠近が分からないから有効かな」
「できるかよ」
「あら、私ならできるわよ」
ナナミは素早く魔剣を手元に引き、突きを繰り出した。俺は動けず、硬直したまま。
刃が漢字の「一」のように見えて、距離感が全く分からない。
気づいた時には剣先は文字通り俺の目の前で止まっていた。
少しの間その状態で魔剣を止めた後、ナナミは魔剣を引く。
「こういう風にね」
「いきなり止めろ。心臓に悪い」
「体感するのが一番よ」
体感するにも事前通知は必要だろ。
ナナミの突然の行動に俺は内心でため息を吐く。
「剣は「振り下ろす」「振り上げる」「突く」を織り交ぜて攻撃。そして魔法を合間に使う」
「ナナミの場合は魔剣を振り上げて、振り下ろす時に魔法で「カマイタチ」をするとか?」
俺は例を挙げる。
ナナミの使っていた魔法「カマイタチ」は遠距離の攻撃だから、仮に相手が彼女から刃の届かない距離を取っても攻撃を連続で行うことができる。
「そうね。私の場合は相手が油断している時とか背を向けた時に魔法を使うかな」
俺と出会った初日、三匹の魔物を倒した時もそうだったな。
最後の一匹がナナミに背を向けて逃げたら「カマイタチ」で斬られた。
「けど、この場では魔法は使わないわよ。あくまでも剣術の練習」
「俺もまだ剣を扱うのに精一杯だ」
魔法を使う余裕はない。それに魔剣じゃないから魔法を発動するにも「描く」という手間が発生する。
すぐに魔法が使えないから勝負の流れの中で使うのは難しいだろう。
そこら辺の魔法の使い方はムツミと一緒に考え中だ。
「じゃあ打ち込みの続きをしよっか」
「だな。絶対に一本入れてやる」
「できるものならね」
魔法については考えない。とりあえず剣術の基礎を身につける。
俺はツルギを構え、ナナミに対峙すると打ち込みを再開した。





