やり過ぎ、言い過ぎ
「……おい、ナナミ。起きろ」
この言葉は二回目。
そして起こすのは三回目か。
午後の魔法の練習と魔法を含めた打ち込みを終え、調理場でムツミの指示のもと晩御飯を作った。火を使うことは許されなかったが、野菜を切るぐらいの手伝いはできるからな。
料理を作り終え、メールでナナミを呼んだけど返事がなかった。ムツミが言うには寝ているとのことだったので、部屋まで呼びに来たところだ。
ナナミは部屋の前で行き倒れていた。うつ伏せで寝ている。
俺はムツミの頬を軽く叩いた。
「んあ?」
「んあ、じゃない、目を覚ませ」
「あー」
子供か。
「飯だ、晩御飯だぞ」
「ばん……ごはん?」
俺の言葉が聞こえたのか、ナナミはピクリと反応する。
起きるか……いや、起きないな。言葉だけじゃ無理か。
俺はムツミから渡されたおにぎりを取り出す。それを言われた通りナナミの鼻へと近付け……
「……ごはん!」
「うおっ!?」
目をかっと見開くとナナミは俺に飛びかかってきた。回避する間なんてない。覆い被さるように乗られ、右手に持っていたおにぎりを食べられる。
指に付いていた米を全て舐め取られ、そのまま指をかじられる。
「おいナナミ、痛いって! それ、俺の指だから!」
「にくー」
「肉じゃないから!」
「……あ?」
指を食べようとしていたナナミの口が止まる。そして顔を俺のほうへと向けた。
数センチの距離で視線が合う。
寝ぼけ眼から覚醒していくのが見てとれた。
「お、おはよう。とりあえず……」
「!?!?」
「痛いっ! まずは口を開け!」
状況を把握して驚いたらしいナナミは思い切り俺の指を噛んだ。俺が悲鳴を上げると彼女は俺から離れた。俺は右手を押さえ、その場で悶える。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ」
痛みが治まってきた頃にナナミが声をかけてきた。俺はうなずき、右手を見る。
指は付いているよな。無事に五本。歯型がついている部分が血が滲んでいるけど。
「……ごめん」
「元凶はムツミだ。ナナミは悪くない」
ムツミよ、加減はどこにいった? あれはナナミに対しての加減だったのか?
……もしかしてからかう対象を俺に変えたのか?
嫌な予感しかしない。
先に仕返しをするか。
「因果応報、どうやしてやろうか」
「……その前に、こっちに来て」
「ん?」
腕を引っ張られ、ナナミの部屋に入った。
入るのは昨日に続いて三回目だ。
だけど……
「……散らかっているな」
「う、うるさいわね」
綺麗に整理されていた昨日とは全く異なる。服が散らかり、机の上の本も適当に置かれている。
一日で何があった?
おそらくムツミが「開けるな」と言っていた、風呂場へと繋がる扉の向こうの側から全て取り出したのだろう。
……下着のようなものが視界に入った。俺は視線をそらす。
(何をやっているんだ、俺は)
なぜ部屋に入れられたのかを考えている間、ナナミはベッドの上を片付けて座り、横をポンポンと叩いた。
膝の上には救急箱、片手には消毒液が握られている。
「ベッドに座って、右手を出して。消毒するから」
「別にいいって」
「いいから」
力強く言われたから、俺は言われる通りにナナミの横に座り、右手を差し出す。
手際よく彼女は消毒し、絆創膏を指に巻いた。
「よし」
「手際いいな」
「まあね」
さも当然のようにナナミは答える。
「怪我させたのは私だから」
「そうか」
「うん」
「……晩御飯を食べに行くか」
「そうね」
俺とナナミは立ち上がる。
「ムツミに仕返しをするの?」
「そうだな……昨日の今日じゃなくて、今日の今日で反省をしてなさそうだし」
「手伝うわ」
逆にからかうか。
ふと救急箱の中身が見える。
古典的だけど、あれをやるか。
そのためにはナナミの協力が不可欠だ。
「なあ、ナナミ……」
頭の中でこの後の流れを考えつつ、ナナミに声をかけた。
~※~※~※~※~※~
「セタさん、遅いです」
「ああ、悪い」
しばらくして俺たちは食堂に向かった。
到着すると、当然ながらムツミから文句を言われる。
「もう少し遅かったら、セタさんの分まで食べていましたよ」
「だから悪かったって」
テーブルを挟んでムツミの向かいに俺とナナミは座る。
今日の晩御飯は炒飯のようなものだ。野菜は違うし、肉も知らないものだから「ようなもの」としか表すことができないが、味見したら香辛料が効いている炒飯に近かった。
「冷たくなってしまう前にさっさと食べましょう」
「そうだな」
テーブルの上に置いてあったスプーンを手に取って食べ始める。
だけど食べにくい。
右手をテーブルの下に隠し左手で食べているから、炒飯をすくうのが難しいな。
「どうして利き手で食べないのですか?」
食べることに苦戦している俺にムツミが首をかしげて尋ねてきた。
「利き手ではないほうの手を使う練習ですか? それをするなら別の場所でしてください」
「違うって。右手は食われたんだよ」
「食われた?」
「ムツミには心配されたくないから、隠しておこうと思ったんだけど……」
右手をムツミに見せる。俺の右手は包帯でグルグル巻き状態だ。
親指を除いた指を折り曲げて包帯を巻き、あたかも指が無くなったかのように見せている。
その手を見せるとムツミの瞳が僅かに見開いた。
「……どうして」
「俺がナナミを起こしに行くとき、食べ物で起こせばいいって言っておにぎりを渡したよな?」
「はい」
「それをナナミの鼻に近づけたら一瞬で目覚めて、指とおにぎりをまとめて食べられたんだよ」
「ナナミ」
ムツミはナナミを睨んだ。ナナミは両手を振り、睨み返す。
「私は悪くないわよ。寝ぼけていたし、食べちゃっても仕方ないじゃない」
「む……」
「私にセタの指をかじらせるように仕向けたのはムツミでしょ? 食べてしまうことは予測できなかったの?」
「それは……」
「私、飲み込んじゃったんだけど」
ここぞとばかりにナナミは責めているな。
今朝は力に物を言わせて責めていたけど、今回は言葉で責めている。
反論させないように立て続けに言っている。
だけど指を飲み込んだのは言い過ぎじゃないか?
俺は「指を噛まれて骨にヒビが入った」ぐらいにしようと言ったはずなんだけど。
「飲み込んじゃったから、ムツミの治療魔法でも治らないし、剣も握れないわよ」
ナナミは炒飯をスプーンで取ると俺に向けた。
視線が合う。
彼女の目が笑っていない。
本気で仕返しをしようとしているようだ。
「セタ、利き手の指がなくなって食べにくいでしょ。食べさせてあげる」
「え、いや、俺は……」
「はい、あーん」
女子に食べさせてもらえるなんて嬉しいことのはずなのに、全く嬉しくない。
今はナナミに対して恐怖しか持っていない。
俺は少し震えながらナナミが突き出しているスプーンを口に入れ、炒飯を食べた。
味が分からない。
「……ごちそうさまです」
ムツミは籠った声で言うと立ち上がり、食堂から出ていった。
食事にはほとんど手をつけていない。
ナナミはなぜ出ていったのか分からず、目を丸くしている。
言い過ぎだ。
「……ナナミ、ムツミの部屋はどこだ?」





