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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(三日目)
35/90

やり過ぎ、言い過ぎ

「……おい、ナナミ。起きろ」


 この言葉は二回目。

 そして起こすのは三回目か。

 午後の魔法の練習と魔法を含めた打ち込みを終え、調理場でムツミの指示のもと晩御飯を作った。火を使うことは許されなかったが、野菜を切るぐらいの手伝いはできるからな。

 料理を作り終え、メールでナナミを呼んだけど返事がなかった。ムツミが言うには寝ているとのことだったので、部屋まで呼びに来たところだ。

 ナナミは部屋の前で行き倒れていた。うつ伏せで寝ている。

 俺はムツミの頬を軽く叩いた。


「んあ?」

「んあ、じゃない、目を覚ませ」

「あー」


 子供か。


「飯だ、晩御飯だぞ」

「ばん……ごはん?」


 俺の言葉が聞こえたのか、ナナミはピクリと反応する。

 起きるか……いや、起きないな。言葉だけじゃ無理か。

 俺はムツミから渡されたおにぎりを取り出す。それを言われた通りナナミの鼻へと近付け……


「……ごはん!」

「うおっ!?」


 目をかっと見開くとナナミは俺に飛びかかってきた。回避する間なんてない。覆い被さるように乗られ、右手に持っていたおにぎりを食べられる。

 指に付いていた米を全て舐め取られ、そのまま指をかじられる。


「おいナナミ、痛いって! それ、俺の指だから!」

「にくー」

「肉じゃないから!」

「……あ?」


 指を食べようとしていたナナミの口が止まる。そして顔を俺のほうへと向けた。

 数センチの距離で視線が合う。

 寝ぼけ眼から覚醒していくのが見てとれた。


「お、おはよう。とりあえず……」

「!?!?」

「痛いっ! まずは口を開け!」


 状況を把握して驚いたらしいナナミは思い切り俺の指を噛んだ。俺が悲鳴を上げると彼女は俺から離れた。俺は右手を押さえ、その場で悶える。


「だ、大丈夫?」

「あ、ああ」


 痛みが治まってきた頃にナナミが声をかけてきた。俺はうなずき、右手を見る。

 指は付いているよな。無事に五本。歯型がついている部分が血が滲んでいるけど。


「……ごめん」

「元凶はムツミだ。ナナミは悪くない」


 ムツミよ、加減はどこにいった? あれはナナミに対しての加減だったのか?

 ……もしかしてからかう対象を俺に変えたのか?

 嫌な予感しかしない。

 先に仕返しをするか。


「因果応報、どうやしてやろうか」

「……その前に、こっちに来て」

「ん?」


 腕を引っ張られ、ナナミの部屋に入った。

 入るのは昨日に続いて三回目だ。

 だけど……


「……散らかっているな」

「う、うるさいわね」


 綺麗に整理されていた昨日とは全く異なる。服が散らかり、机の上の本も適当に置かれている。

 一日で何があった?

 おそらくムツミが「開けるな」と言っていた、風呂場へと繋がる扉の向こうの側から全て取り出したのだろう。

 ……下着のようなものが視界に入った。俺は視線をそらす。


(何をやっているんだ、俺は)


 なぜ部屋に入れられたのかを考えている間、ナナミはベッドの上を片付けて座り、横をポンポンと叩いた。

 膝の上には救急箱、片手には消毒液が握られている。


「ベッドに座って、右手を出して。消毒するから」

「別にいいって」

「いいから」


 力強く言われたから、俺は言われる通りにナナミの横に座り、右手を差し出す。

 手際よく彼女は消毒し、絆創膏を指に巻いた。


「よし」

「手際いいな」

「まあね」


 さも当然のようにナナミは答える。


「怪我させたのは私だから」

「そうか」

「うん」

「……晩御飯を食べに行くか」

「そうね」


 俺とナナミは立ち上がる。


「ムツミに仕返しをするの?」

「そうだな……昨日の今日じゃなくて、今日の今日で反省をしてなさそうだし」

「手伝うわ」


 逆にからかうか。

 ふと救急箱の中身が見える。

 古典的だけど、あれをやるか。

 そのためにはナナミの協力が不可欠だ。


「なあ、ナナミ……」


 頭の中でこの後の流れを考えつつ、ナナミに声をかけた。


 ~※~※~※~※~※~


「セタさん、遅いです」

「ああ、悪い」


 しばらくして俺たちは食堂に向かった。

 到着すると、当然ながらムツミから文句を言われる。


「もう少し遅かったら、セタさんの分まで食べていましたよ」

「だから悪かったって」


 テーブルを挟んでムツミの向かいに俺とナナミは座る。

 今日の晩御飯は炒飯のようなものだ。野菜は違うし、肉も知らないものだから「ようなもの」としか表すことができないが、味見したら香辛料が効いている炒飯に近かった。


「冷たくなってしまう前にさっさと食べましょう」

「そうだな」


 テーブルの上に置いてあったスプーンを手に取って食べ始める。

 だけど食べにくい。


 右手をテーブルの下に隠し左手で食べているから、炒飯をすくうのが難しいな。


「どうして利き手で食べないのですか?」


 食べることに苦戦している俺にムツミが首をかしげて尋ねてきた。


「利き手ではないほうの手を使う練習ですか? それをするなら別の場所でしてください」

「違うって。右手は食われたんだよ」

「食われた?」

「ムツミには心配されたくないから、隠しておこうと思ったんだけど……」


 右手をムツミに見せる。俺の右手は包帯でグルグル巻き状態だ。

 親指を除いた指を折り曲げて包帯を巻き、あたかも指が無くなったかのように見せている。

 その手を見せるとムツミの瞳が僅かに見開いた。


「……どうして」

「俺がナナミを起こしに行くとき、食べ物で起こせばいいって言っておにぎりを渡したよな?」

「はい」

「それをナナミの鼻に近づけたら一瞬で目覚めて、指とおにぎりをまとめて食べられたんだよ」

「ナナミ」


 ムツミはナナミを睨んだ。ナナミは両手を振り、睨み返す。


「私は悪くないわよ。寝ぼけていたし、食べちゃっても仕方ないじゃない」

「む……」

「私にセタの指をかじらせるように仕向けたのはムツミでしょ? 食べてしまうことは予測できなかったの?」

「それは……」

「私、飲み込んじゃったんだけど」


 ここぞとばかりにナナミは責めているな。

 今朝は力に物を言わせて責めていたけど、今回は言葉で責めている。

 反論させないように立て続けに言っている。

 だけど指を飲み込んだのは言い過ぎじゃないか?

 俺は「指を噛まれて骨にヒビが入った」ぐらいにしようと言ったはずなんだけど。


「飲み込んじゃったから、ムツミの治療魔法でも治らないし、剣も握れないわよ」


 ナナミは炒飯をスプーンで取ると俺に向けた。

 視線が合う。

 彼女の目が笑っていない。

 本気で仕返しをしようとしているようだ。


「セタ、利き手の指がなくなって食べにくいでしょ。食べさせてあげる」

「え、いや、俺は……」

「はい、あーん」


 女子に食べさせてもらえるなんて嬉しいことのはずなのに、全く嬉しくない。

 今はナナミに対して恐怖しか持っていない。

 俺は少し震えながらナナミが突き出しているスプーンを口に入れ、炒飯を食べた。

 味が分からない。


「……ごちそうさまです」


 ムツミは籠った声で言うと立ち上がり、食堂から出ていった。

 食事にはほとんど手をつけていない。

 ナナミはなぜ出ていったのか分からず、目を丸くしている。

 言い過ぎだ。


「……ナナミ、ムツミの部屋はどこだ?」

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