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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(三日目)
33/90

「セタさん、ご飯ですよ」

「ん? もうそんな時間か」


 ムツミが部屋に入ってきて、声をかけられた。その声を聞いて俺は昼になっていたことに気づく。

 時間が経つのが早いな。


「昼御飯作りか?」

「もう作りました」

「悪いな、手伝わなくて」

「午後の魔法の練習を見て、晩御飯から手伝ってもらうか判断します」

「了解」


 俺は本を閉じ立ち上がる。ずっと座っていたから体が硬直しているな。背中を反らして大きく伸びをする。


「魔法の本ですか?」

「ああ。昨日は言葉だけで教えてもらっていたから、整理をしたくて」


 本を読んで少しは整理、理解できた思う。

 分類も大きく四つ。これさえ分かっていればいいと思う。

 どの漢字がどの分類に入るのかは、覚えていくしかない。

 幸い基本的な漢字は覚えているし。

 あとは分類作業だ。


「では、食堂に行きましょう」


 ムツミに続いて部屋を出る。


「ナナミは?」


 ナナミの部屋の前を通り過ぎる時、俺は尋ねた。


「シャワーを浴びていると思いますよ」


 またか。

 朝の鍛錬後も浴びていなかったか?


「汗臭いのはセタさんも嫌でしょう」


 首をかしげていると、ムツミがそんな事を言ってきた。


「女性が汗をかいて、そのまま食事に来ても困るでしょう?」

「それは、まぁ……」


 聞きづらいし。

 戸惑っている俺自身が容易に想像できる。


「ですので、ナナミは丹念に丹念を重ねて体を洗って……」

「……ムツミ? からかうのは、もうしないんじゃなかったっけ?」


 扉の開く音、トーンの低い声が背後から聞こえた。見るとナナミが顔を覗かせて俺たちを睨んでいた。

 ムツミを見る。彼女はナナミのほうを見ていなかった。だけどしばらくして大きく息を吐いて振り向く。


「そんなことを言いましたか?」

「……ムツミ?」

「冗談です。加減します」

「はぁ」


 続けることを宣言したムツミにナナミは呆れることしかできなかったようだ。困ったように片手で頭を押さえている。

 朝は険悪な感じで二人は別れたが、この調子なら大丈夫だろう。


「これから食事?」

「はい。ナナミも来ますか?」

「ちょっと待って」


 一度顔を引っ込める。そしてすぐに部屋を出てきた。

 格好は普段着。朝の鍛練鍛練で着ていたブレザーではない。


「午前中は何をしていたんだ?」

「所長の手伝いと……散歩かな」

「散歩?」

「うん。外の空気を吸いたくて、ね」


 そうだろうな。研究ばっかりだと息が詰まるだろうし。

 気分転換も必要だ。

 疲れきった表情をしているナナミを見るとそう思う。


「昼御飯を食べて一息入れて、午後も頑張れ」

「……そうね」

「じゃあ、食べに行こう」


 俺は食堂へと足を進める。遅れてナナミとムツミがついてきた。

 先頭を歩くのもおかしいので、二人に俺は歩調を合わせる。


「っと」

「あ、ごめん」


 俺が急に歩く速度を落としたから、ナナミと手が当たった。

 同時に手を引っ込める。

 今、手が冷たくなかったか?

 散歩をしていたって言っているし、冷えたのだろうか。


「どうしたのです?」


 俺を挟んでナナミとは反対側にいるムツミには何があったのか分からなかったらしい。


「手……いや何でもない」


 手が当たった、とでも言ったらからかわれそうだったので言わなかった。

 加減するとは言っていたけど、実際はどうか分からないからな。

 言わないことが吉だ。


 ジッとムツミに見られたが、無視。ナナミのほうを見る。彼女は壁のほうを見ていて、表情は見えない。

 見る必要もないからまあ、いいか。


「なあ、ムツミ。今日の昼御飯は?」

「麺類にしてみました」

「……それって伸びるんじゃないのか?」


 俺の部屋に来る前に昼御飯を作ったと言っていたはずだ。


「何がです?」

「麺って茹でてそのまま置いておくと、水分を吸って伸びるだろ?」

「そうなんですか?」


 ムツミは俺の言いたいことが理解できていないようだ。

 食い違っている。根本的なところで。


「……もしかして、この世界じゃ伸びないのか?」

「セタさんの世界とは違うのですか?」

「ああ」

「麺は伸びないですよ。そういう食べ物です」

「そういう、ねぇ」


 地味に気になる。

 伸びない麺。水分をしっかりと切っているのかな。

 もしくは麺にしている材料が違うのか。

 実際に見て、食べてみれば分かることか。


 食堂に到着し席に着く。すでに食事は用意されていた。

 これは……うどんか?

 二人分の麺がどんぶりに入っている。

 しかもつゆは冷たい。

 秋になりかけているのに冷たいうどんなのか、という突っ込みはしない。

 ムツミが俺を呼びにきたことから逆算して、十分以上は経過しているはずだ。

 これで伸びないのか。


「伸びていないでしょう?」

「ああ、そうだな」


 不思議な感覚。ナナミを見るとすでに食べ始めていた。

 この中で違和感を持っているのは別の世界から来た俺だけか。

 一口食べてみる。味の濃いうどんだな。麺にも微かに味が付いている気がする。

 薬味もいいアクセントを出している。

 麺の太さは俺の思っているうどんより細い。ラーメンに近いか?

 美食家ではないので、それ以上のことは考えない。一言でまとめて美味しいで十分だ。


「美味しいな」

「ありがとうございます」

「ムツミ、おふぁわり」

「口に物入れて話すな」


 思わずナナミに突っ込みを入れた。

 ムツミも呆れていた。

 にしても、ナナミ。食べるのが早い。


「流し台にある鍋の中に作っているので、自分で取りに行ってください」

「ふぁい」


 どんぶりを片手に持ってナナミは流し台へと向かう。

 ナナミには足りなかったのか。

 人よりは食べているし、ナナミは大食いだと思う。


「さて、私もおかわりしましょう」


 考えていると、いつの間にかムツミも食べ終わっていた。席を立ち上がり、流し台へと行く。

 ……ムツミも大食いだよな。


 俺が少食なのだろうか。

 日本にいたときと変わらない量を俺は食べているはずだ。

 それに麺は二人分はあったはず。

 俺の食べる量が少ないはずがない。


「セタさん、おかわりいりますか?」


 ムツミが流し台越しに俺に尋ねてきた。

 一体何人分の麺を茹でたのだろう。


「いや、二人で全部食べていいぞ」

「分かりました。ではナナミは今どんぶりに入れた分だけ、私は鍋に残った分を食べます」

「ちょっと、それはないでしょ! 鍋の中は二人分あるじゃないの!」

「違います。三人分です」

「なおさら悪いわよ!」


 騒がしい声がする。

 今朝の雰囲気が悪かったのはどこへやら。

 仲睦まじいことはいいことだよな。

 この雰囲気が俺にとってはいつも通りだ。

 喧嘩しても仲直りして、変わらない日常を過ごす。


 大切なことだと、俺は思う。

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